㉔提唱者には惚れ薬を。

「帰ってきちゃった………」

「…………」

あれから夜海の部屋で三泊し、私は例のマンションに帰ってきた。玄関のドアを見るなり、私は緊張していた…最近は廉命さんが私に冷たくしていて、もしかしたら彼には他に好きな女性でも出来たのだろうか。私が部屋を出た時、廉命さんは私に何か言い掛けてたが、私は無視をし、部屋を後にした。そして夜海の部屋でお泊まり会をし、今に至る。いつもなら廉命さんから心配の電話やLINEが来るのだが、この三日間、彼からの連絡は一切無かった。そして今……勇気を出して鍵を開け、中に入った。

「ただいま……………廉命さん?」

「……すう………すう…」

「……寝とる………私もあまり寝てへんなぁ」

「てか、よくソファーはこのデカイ身体を支えられるなぁ…ギシギシしとる…」

「ん……すう……ふぅ……」

「…………」

廊下を渡り、リビングにいると、廉命さんがソファーに横になって眠っていた…当然だがソファーからは彼の長い脚がはみ出てしまっている。私は何を思ったのか、ベッドの傍に膝まづき、この手を彼の頬に添える。顔に派手なケロイドや傷跡があるにも関わらず、体格に見合わない、可愛い寝顔。それで紅い瞳と異常にがっしりしている体格………。素直じゃないのに好きな人には一途な一面、これだけで寄ってくる女性は多い。でもそれを認めたくない、私がいる……。

「廉命さん、嫌や…私も……私も廉命さんが……」

「………すう……」

「…ダメや。ぐっすりしとる……もうっ!」

私は廉命さんの体にまたがり、私が彼を押し倒してるように見える形になった。しかも廉命さんは一向に起きない……手で彼の鍛えられた筋肉をさすってみた。腹筋だけでも異常に硬く、熱を感じた。他の筋肉も触ってみたのだが………

「胸板…腕、背中も硬い…何もせんくても、ムキムキや…廉命さん、本当にガタイええんやね」

「すう……」

「……実際に見ると、どんな感じかな……よいしょ」

廉命さんの着ているシャツを捲り上げ、彼の筋肉をペタペタと触ってみた。触り心地と見た目以上に廉命さんの筋肉には厚みがあった。贅肉や脂肪を感じない、筋肉のみだった。まずは彼の胸元に耳を当ててみる。当然だが生きている。一定に心音が聞こえ、彼の胸は暖かかった。

「ふふっ………生きとる……寝顔可愛い…」

「すう………ん…」

「あ、ちょ……廉命さんっ!」

「……如月さん……俺の事、嫌いにならないで」

「…ならへん……とにかく、離して…」

「どこにも行かないで離れないで嫌いにならないで…死なないでぇ……すう……」

「……廉命さん……ほんまは…起きとるんやろ?」

私が胸板に耳を当てて心音を聞いていると、廉命さんは私を抱き締めてきた。片腕だけでも力が強く、抵抗したいところだが、今も彼は怪我しているので思うように動けない…。廉命さんは更に抱き締める力を強め、彼は私に「行かないで」とその他もろもろ言葉を投げてきた。どうやら彼は起きていたらしい…。

「ん……あ、如月さん…おかえり……そして」

「……もうええよ……その、たまには一人になりたかったんやろ?」

「それもあるけど違うよ……君があまりにも綺麗になってて…俺が君の誕生日をすっかり忘れていたから…気まずくて…」

「そんな……誕生日くらい、どうってことないです」

「いや…それじゃ俺の気がすまない……てかこの体勢何?危ないから降りなさい」

「いや……廉命さんの寝顔が可愛くて…」

「可愛いと言われても嬉しくないよ………一つ大人っぽくなったと思ったら、こんなことするなんて……責任、取ってくれるよね?」

「えっ………ちょ…」

廉命さんが言うには、私が綺麗になっていたと思っていたら私の誕生日を忘れていた自分に、私の彼氏として相応しいかどうか躊躇っていたことと、私が彼から離れるのではと不安だったらしい。でもその日はお互い忙しく、私も自身の誕生日を過ぎていたことを忘れていたのだ…。それにより私達は和解したのだが……

「てかなんで俺の服……如月さん、肌見るの苦手だったのに……」

「いやぁ……そ、それは……廉命さん、綺麗な筋肉やなぁって。凄い鍛えられてんやなぁって」

「そういう如月さんもだいぶ成長したよね……特にここが」

「………んっ」

廉命さんは何か企んだ顔をし、骨折していない方の手で私の胸を掴んできた。しかも最悪なことにいつもの癖で下着を着けていなかった。そのせいで、乳房が服越しに廉命さんの体温で温められる。それだけで胸の中心の突起が疼く。じわじわと……彼とは私が二十歳になってから、そういうことをしようと決めている。まだ子どもを産むのにはまだ早い…。

「下着着けてないの?お仕置きしないとね」

「ヤンデ……廉命さん……あっ♡」

「ほら、先っぽが硬くなってる。それだけ俺にいじられたいんだ?」

「ん…ひゃああっ♡」

廉命さんは一度私の頭を撫で、手は胸へと移動し、ピンッと主張している胸の先っぽを弾いてきた。法律上、性行為をしていいのは男女とも十六歳以上となっているのに、私が二十歳になってから恋人として付き合い、そういうこともしようと廉命さんとは決めている……。お互いほぼ二十代なのに、何故なのだろう…。思い切って彼に聞いてみた。

「ねぇ廉命さん……あっ♡」

「どうして……私が…二十歳に……にゃってから……なん……?」

「うっ……それは……如月さんが世界で一番、大切な人だから、だよ」

「ええ…?」

先程まで私の胸を弄っていた手を離し、再び私の頭を撫でては彼自身の胸に抱き寄せる。それにより私の顔は廉命さんの胸に埋まる。こんな身近に私を想ってくれる異性がいる……もしかしたら、生野さんに拾われる前から、この恋は始まっていたのかもしれない。あの時大阪という遠い距離から南東北の市街地まで、何を思って歩き続けたか……生野さんに拾われる希望と、私を好きになってくれて想ってくれる廉命さんと出会う運命…。両親は大阪の西成区にあるドヤ街で、売春や覚せい剤の違法販売に巻き込まれたため、私を捨てた。だが今、こんなにも恵まれた仲間が沢山いる。

「俺はこんなに傷とケロイドだらけだけど、もしもの時に…如月さんには傷付いて欲しくないんだよ……」

「………廉命さん」

「だから二十歳になってからなんだよ……あの時の発言…」

「……はっ!やめて…恥ずかし……」

ひたすら私に傷付いて欲しくない…そう主張する廉命さんは過去に、ある発言をしていたのだ…。その当時の記憶が頭をよぎった。

『廉命頼むよ……最期くらい、楽にさせてくれよぉ……如月と未来は…お前に託す』

『一人で抱え込むのはっ!お願いだから一人で抱え込むのはやめてくれっ!せめて!如月さんが俺と結婚して、子どもを産んで!幸せな未来を見届けてから死んでくれっ!』

「………思い出した?」

「…はい………後で生野さんから聞いて恥ずかしかったんやから…」

「…………だから君を傷付けるなんて出来ない。出会った当初から運命を感じたよ…」

「は、はぁ……」

「……でも俺が気付かないうちに如月さんが凄く綺麗になってたから、他の男のとこに行くのかなぁって思ってさ……嫉妬してた…辛かったけど、わざと冷たくするしかなかった」

「………廉命さん」

「…こんな俺、如月さんは好き?」

そう質問を投げ掛けられる。最初は彼との壁を感じた。でも、こんなに想ってくれていて、しかも今では一緒の部屋で暮らすようにもなった。これで先輩後輩の関係ではなく、男女の仲に見えてしまう…。先程まで私の体に触れていた手は力強かったが、優しくて暖かかった。廉命さんは顔を赤く染めていて、たまらなくその姿が可愛くて、愛おしく見えて。私は彼に口付けをしてみた。

「ん………」

「…赤い顔…似合ってへん……でも愛し」

「……あのさ、こんなのどこで覚えたの?」

「ふふっ…確かに、私には廉命さんしかおらんかもしれんね。もっかいキスしよ」

この日出廉命は、元は盾澤店長に次ぐほど整った顔立ちをしていたが、実の両親による過酷な教育により、顔や首、腕や背中、腹や胸に、二度と消えやしない傷跡やケロイド、傷を縫合した跡が残っている。

「んん………如月さんってば……はぁ」

「廉命さん……暖かい」

「ふふっ……如月さんがいいならいいか………全く、どこで覚えたのか……」

気付けば彼の心音を聞きながら二人して眠っていた。


「……ん、如月さん」

俺を嫌いにならないで、遠くに行かないで。ひたすら目の前にいる如月さんにそう言葉を投げ掛ける。俺が目を覚ますと如月さんは俺の体に乗っかっていて、彼女が俺を押し倒してる形になっていた。三日間如月さんが俺から離れてから気付いた…。やっぱり俺には如月さんが必要だ……。希望さんと三人で、希望さんの出張で泊まった岐阜の温泉。如月さんの色っぽい浴衣姿……普段意識してない白い首筋や頬、手首や鎖骨……普段はきっちりと纏められているのに、湯上がりにより少し紅く染まった肌…緩く結われた黒髪…。他にも沢山あるが、間違いなく如月さんは化粧やお洒落をしなくても魅力的だ。いつもとは違う、彼女の姿にすぐ魅力され、理性を抑えるのも辛かった。

『如月ー?ちゃんとブラしてるかよ?』

『い、生野さん……ちょ…』

『珍しい……今日はちゃんと着けてるんだな』

『やめてください?廉命さん顔真っ赤やって』

『童貞だから仕方ないよ……まあお前も座れよ』

『はぁ……』

『ちゃんと避妊具もあるから、廉命は安心しな』

『ぶふっ〜!』

『何すんだきったねぇなあ……』

全国で知名度が高い旅館の部屋で希望さんが避妊具を見つけたのがいけなかった。それさえあれば、如月さんとヤレる……彼女が孕まずに済むのだ。その避妊具はちゃぶ台に置きっぱなしにし、俺達は就寝したのだが、如月さんが怖い夢を見たのか俺を起こしてきて、いつものように一緒に寝ることになった。浴衣越しに肌の密着度が高く、俺の心臓はバクバクした。如月さんは俺の胸に顔を埋めて眠り、俺は彼女のいい匂いで眠れそうになかった。羊を数えればと思い、天井を見ようとしたら間違って、ちゃぶ台に置きっぱなしにしていた避妊具が視界に入ってしまった。

『ん……んん……』

『(腰細い…柔らかい……いい匂い…)』

俺の気も知らずに如月さんは熟睡していて、俺は我慢出来ずにいた。人間らしさというよりは獣らしさが出ていて、この娘を喰いたいと思った。でも……

『(如月さんとは……彼女が二十歳になってからって決めてるんだよなあ…)』

『(………そういえば俺と寝るようになってから、悪い夢見なくなったよね)』

『すう……すう……』

『(相変わらず無防備なんだよね……この娘は)』

如月さんが俺の胸の上ですっかり夢の世界に入っていたので俺はあまり動けずにはいた。気付けば肩から胸まで伸びた黒髪をこの傷だらけの指で通すとサラサラで、それからはとても甘くいい匂いがした。俺は彼女の背を優しく抱き締めて眠った。

「……ん、はっ!もう夕方!廉命さん起きて!」

「ん……如月さん……嘘だろもう五時か…」

「…お互い、色々誤解してたみたいやね……その、ごめんなさい」

「……君が謝ることじゃないよ……俺の方こそごめん。如月さんがその……俺から離れないか心配で……」

「離れへんよ……私は廉命さん一筋なので……」

「如月さんが二十歳になれば済む話なのに…はぁ……ほんとに如月さん可愛いね?」

俺の体が揺すられ、いやいや起きると時刻は夕方の五時に迫っていた。如月さんが起こしてきて、俺達は和解した。どうやら…俺達は想いが食い違っていたらしい。スッキリと和解でき、俺は如月さんを抱き締めた。

「……大型犬……?」

「俺は犬じゃないよ………あれ……」

「……お、お前ら……もしかして…………う……嘘だ……ちょ……」

「希望さん……本当にもう…」

「悪いな…あれから心配でさ……夜海ちゃんや愛さんから話聞いてさ…様子見に来たんだけど、大丈夫だったみたいだね」

「……あかん…今からご飯作らんと……あ、生野さん!舞姫さんも呼んで下さい!」

「はいはい……呼んでくるから待ちな」

やっとの思いで、如月さんにも俺からの好意に気付いてもらえたようだ。恋愛に異常に鈍感だったので予想以上に時間は掛かったが、こうして今は一緒に暮らすことも出来ている。如月さんが二十歳になって、例え関係が変わっても喧嘩や意見の食い違いはあるかもしれないが、如月さんとなら大丈夫だろう…と思った。

「廉命君と夢玖ちゃん……和解したんだって?」

「はい……意見食い違ってたみたいで」

「良かった……さ、夢玖ちゃん…料理手伝って!今日は鍋にしましょう!と言いたいところだけど、お父さんもお姉ちゃんも呼んでいい?」

「もちろんだ」

「院長か………また鍋とかに大福とかチョコ入れたりしないかな……」




……To be continued

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