㉓疲労回復に要るもの
「…………」
「……廉命さん、廉命さん……」
「…………」
「廉命さんってば……」
ある日の朝、隣で怪我をしている廉命さんを起こすが、一向に起きない。私の方が寝起きが酷いのだが、今日は珍しく廉命さんが中々起きない。今日はアルバイトや大学はないのだが、最近廉命さんが冷たい……普段は私の前では素直じゃないものの二人きりだと時々甘えてくるのに、最近は全くない……。それでも私は、廉命さんを起こす。
「……廉命さん、起きてっ」
「…如月さん……悪いんだけど、今は一人にして欲しい」
「………らしくあらへん……何があったん?」
「君には関係ないよ……ほっといてくれ」
「もう………廉命さんの馬鹿っ!」
「ちょっ………如月さんっ!」
そう言葉を彼に投げ、私は部屋を後にした。その際に廉命さんが何かを言いたそうにしていたが、私は無視してマンションの外に出た。もう一度言うが、最近の廉命さんは冷たいし何かおかしい。私はそのまま凪優にLINEし、最近の廉命さんに対する愚痴を入力しては送信していた。
「本人に聞いてみればいいんやない…とか………かなり厳しいやろ…」
「はぁ……廉命さん、一体どうしたんやろ…」
「あ、夢玖ちゃん。買い物?」
「仁愛ちゃん………実は最近、廉命さんが冷たくて……どうすればええかな……」
「冷たい………か……夢玖ちゃんが廉命さんに変なことしたわけじゃないもんね………難しいなぁ……夜海ちゃんはどう思う?」
「え」
そのまま道を歩いていると、偶然だが仁愛に会った。彼女に最近の廉命さんのことを話し、相談に乗ってもらうことにしたのだが、中々解決策が出ない……。仁愛に相談すると、彼女の手に握られた携帯から聞こえる声が反応した。
<そうだね………夢玖ちゃん、いつから廉命君変?>
「先週あたりかな………まだ骨折の痛みが引いてへんのかも…」
<それもあるけど、別に理由があるかもしれないよ?>
「………?」
<廉命君が夢玖ちゃんのこと大好きなのは、夢玖ちゃんも分かってるんでしょ?>
夜海に電話越しでそう言われ、私は言葉を詰まらせてしまった。確かに大学進学を機に廉命さんと同じ部屋で住み始めてから、彼からの好意に気付くようになった。いや、出会った当初から廉命さんに想われていたのに気付かなかっただけだと思う……。出会った当初に手を引かれて二人きりで話したこと、夏祭りでのたこ焼きやクレープによる関節キス、人気のないところで二人きりで話したこと、病室で生野さんに言ったあの台詞………私が彼と結婚して、子供を産んで……とか。他にもいろいろなシチュエーションはあるのだが、今思うと各当時の自分は、どれだけ馬鹿だったのだろう。だから今は…廉命さんの想いに応えるように生活している。
「…………うん」
「顔赤いよ〜?いつくっつくんだか……」
<そういう仁愛ちゃんも、早く福吉さんとくっつきなよ〜?二人とも両想いなんだから!>
「も、もう……夜海ちゃんったら……」
この松寺仁愛も、医師の仕事もしている福吉さんとは周りも認めるほどの両想いである。歳の差はあるが、お似合いである。
「………廉命さん、私のこと嫌いになったんやないかな……」
<嫌いになったわけじゃないと思うよ。でも一緒にいすぎて疲れちゃったのかも…>
「………一緒にいすぎて……か。考えたことなかったなぁ……」
<よし!なら今日は皆で私の部屋でお泊まりしよ!>
「賛成っ!行こ、夢玖ちゃん」
「え、いや……ちょっと!!」
夜海との通話が切れ、仁愛に腕を引かれ、そのまま夜海の住むマンションに向かおうとするが、仁愛に家に戻りたいことを話し、付き合ってもらうことにした。十五分ほど歩いて例の部屋の玄関前に着くと、丁度愛が隣の部屋から出てきた。
「あら夢玖ちゃんに仁愛ちゃん……珍しい組み合わせね。元気してた?」
「はい……先生は雷磨さんとは上手くやってます?」
「えぇ。本当にいい人見つけたわ…ありがとう。あら夢玖ちゃん……なんか元気ないわね?」
「実は………廉命さんが最近冷たくて…」
「ええ…?何故かしら………」
「さっき夜海ちゃんに話したら、一緒にいすぎて疲れたのかなって…」
「それもあるわね…。私も、そういう時あったわ……過去に何人もの元彼がいるんだけど、当時は好きだったけど、皆外面がいいだけで一緒にいると疲れちゃうの。だから廉命君の気持ち、分からなくはないわ……でも最終的に元彼全員に裏切られちゃった」
「先生……」
「この後二人で出掛けるの?」
「実は夜海ちゃんの部屋でお泊まり会しようって話になって……今夢玖ちゃんの着替えとかを取りに戻ろうとしたところなんです」
「そっか……迷惑じゃなければ…その………私もちょっとお邪魔していい?」
「「えっ」」
廉命さんが最近冷たいことを、彼女に話してみた。すると愛は自身の過去の恋愛について語ってきた。彼女曰く「どんなに好きな人でも、その人のことを考え過ぎると疲れちゃう」らしい。それが正しければ、廉命さんも私と一緒にいる疲労が溜まっているのだろう。携帯を見ると、珍しく彼からの不在着信やLINEの通知はなかった。私達は夜海にLINEで愛も来ることを伝え、私は着替えを取りに戻るために、一度部屋へ入った。
「下着と部屋着……あとは……ゲーム!へへっ」
「……………はぁ……」
「………置き手紙しとこ……」
リビングのダイニングテーブルに、置き手紙を残し、部屋を後にした。それには「暫く帰りません」と残して……。一日どころじゃ廉命さんの心は休まらないだろう。仁愛も夜海もそのことは理解しているので、三泊ぐらいすることになった。この三泊四日の間は大学もアルバイトもないので助かった……。でも廉命さんは変わらずベッドで横になっていて、彼の紅い瞳は一切私を見ようとはしなかった。
「不思議ねぇ……あれだけ夢玖ちゃんにゾッコンな廉命君が…冷たくしてくるなんて…」
「しかも先週からだから…嫉妬と仮定としても違うよね……」
「うん…あ、生野さんに聞いてみたら?」
「あ………なるほどっ!」
夜海の住む部屋に入り、とりあえず皆でテーブルを囲み、例の話題について話す。もちろん廉命さんが私に冷たくしてる理由についてだ。廉命さんは嫉妬をすると、二人きりの時に怒ってくる…。例えば、俺以外の男に構うな…とか、如月さんは無防備だとか…。その時に顔を赤くしている彼が可愛く見え、それを楽しんでいた。彼にも…好きな人がいる。それが誰かは……言うと……私だ。周りの女性と私に対する態度が明らかに違い、全てを理解してくれる。でも今はそれらは関係なく、廉命さんが私を拒否しているのだ。仁愛の勧めで生野さんに電話をすることにした。丁度彼も休憩中で、廉命さんのことを一番知っているので何かヒントを貰えるかもしれない……そう期待をしていたのだが……
<廉命が冷たい?えぇ……>
「はい……実は先週からずっと冷たくて…」
<あいつ………でも廉命は、お前を嫌いになったわけじゃないと思うよ?お前があいつと結婚して子ども産んで……って言っていたんだぞ?>
「でも希望君…廉命君から、なんか聞いてない?」
<んんー……如月のすっごい大事なもの忘れたとか言ってましたねぇ…あいつは>
「大事なものね……夢玖ちゃん、心当たりは?」
「ないなぁ……なんやったっけ……」
何とか生野さんとの通話を終え、その日は皆でドラマやアニメを見たり、ゲームをしたり、久しぶりかな楽しい時間を過ごした。楽しい時間はあるのだが、それは違う、楽しい時間であった。次第に夕方になり、 夕飯を作る時間になったのだが…
「夢玖ちゃん………今日、何食べたい?」
「………私も…食欲無いです」
「駄目だよ…倒れちゃう………廉命さんも心配してるよ?」
「…廉命さんには、別に好きな人でも出来たんよ……私はどうでもええんや」
「元教え子として教えるわ………夢玖ちゃん、この一年で色々成長しちゃったでしょ?年相応の色気も増して、廉命君が我慢するのに疲れちゃったのよ…きっと」
「へ……何を我慢するって……」
「…………理性よ。あなたに対する理性を抑えるのに疲れちゃったのよ……こんなにも綺麗になっちゃったから…私の教えが良かったのかもね」
確かに一緒に住み始めてから、同じベッドで一緒に眠るだけで、それ以外は恋人らしいスキンシップはしていない…。キスもハグも……その他もろもろは私が二十歳になって恋人関係になったら、しようと廉命さんと話し合って決めている。今からでも構わないはずなのに、私が二十歳になってからということは……そういうことなのかもしれない。それに、高校の時、担任であった愛に美容のあれこれを教えてもらった記憶もある。
「確かに、夢玖ちゃんかなり垢抜けたよね………」
「うん…出会った当初が嘘みたい…」
「……ありがと。仁愛ちゃんに比べれば全然やけど…」
「ほんとよ………こんなにも綺麗な子ってだけで、理不尽に扱われるなんてね……鎖骨の刺青やピアスの件は、何度生徒指導の先生と喧嘩したことか……」
「すみません……でも夜海ちゃんも愛先生もすっごい綺麗!」
「ありがとう。とりあえず夜海ちゃんが色々食材買ってきてくれたみたいだから、皆でご飯、作りましょう!」
そして、皆で夕飯を作ることになり、廉命さんはというと………。
「………如月さん…本当にいなくなっちゃった…」
「…………今日電話来たんだけどよ、お前のこと心配してたぞ?」
「……如月さん、あんなに綺麗になってさ…」
「なんだそういうことだったのかよ……心配させやがって…」
「……は?てか誰だ……え、希望さん…?」
如月さんが部屋を出て数時間が経過した。俺は骨折により動くのが難しく、ひたすらベッドで横になっていた。気付けば夜になっていて、誰かが傍にいて、俺と話していた。誰かが気になり、目を覚ますと希望さんが俺の顔を覗き込んでいた。
「……そうだよ。昼に如月から電話あったんだよ……最近廉命が冷たいって」
「…………もう…」
「あれだろ?如月が綺麗になって、どういう風に接すればいいか分からなくなっちまったんだろ?」
「………まあ、間違ってはないけど…如月さん、凄く綺麗になったから、他に好きな男でもできたのかなって……」
「もしそうだとしたら……俺に電話はしてないぞ……というか電話してお前のこと心配してる時点で、廉命のことが嫌いになったわけじゃないと思う」
その言葉を聞いて、俺の心は更に複雑になった。あれだけ如月さんは綺麗になってしまったんだ…将来の俺の、嫁として……一人の女性として綺麗になったんだ。そして今日一日如月さんが俺から離れて気付いた。俺には…如月夢玖が必要だということに…。希望さんがリビングに置いてあった置き手紙を持ってきてくれたが、それには四日ほど帰らないことが書かれていた。
「四日ねぇ……これだけ辛いだろ……如月から離れて」
「当たり前じゃん………」
「少なくとも、如月はお前のこと嫌いにはなってないぞ……とりあえず、舞姫も呼んで、飲みながら話そうぜ」
疲労にはやはり、大切な人が必要なのだと思う。如月さんが帰ってきたら、最近冷たくしてたことを謝ろう。彼女は今、何処で何をしているのか…。
……To be continued
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