㉒広がる想い

「けほっ!けほっ!」

「舞姫……大丈夫?」

「ちょっとしんどいかな……ごめんね希望君、お仕事なのに……」

「いいのいいの。こうやって俺達は助け合ってきてるんだから」

「ありがと……けほっ!」

ある日の前日、舞姫が風邪を引き、その翌日には発熱を出していた。今の時期、某感染症によるマスクの着用義務はなくなったものの、彼女の熱は七度九分……。昨日の朝の時点で具合悪いように見えていたが、舞姫が仕事から帰ってきた時には風邪を引いてぐったりとしていた。もちろんその事を職場に電話で話し、何とか休ませてもらえ、今に至る。幸い、今日は廉命も如月もいるので何とかなるだろう。

「まさか舞姫が熱出すなんてね……」

「だよね………患者さんからうつっちゃったのかも」

「それもあるか………とりあえず、スポドリ置いとくわ」

「ありがとう。希望君……というか、無理して私と同じ部屋にいる必要ないのに…希望君までお熱出ちゃう」

「大丈夫。俺は常に舞姫の傍にいたいの」

「頼もしいなぁ……あ、お姉ちゃんから電話…」

舞姫は、彼女の姉である愛に比べて体が頑丈であるのだが、最近激務が続き、そのせいで体調を崩してしまったらしい。すると舞姫の携帯に愛から着信が来た。恐る恐る出ると………

「もしも<ちょっと舞姫っ!>

「お、お姉ちゃん……」

<大丈夫?あなた最近激務続きとか言ってたじゃないっ!>

「うん……でも私は大丈夫だから」

<大丈夫かの問題じゃないわよ……希望君、舞姫がごめんなさい……>

「いえいえ…大丈夫です」

<私も激務続きで四日も寝れてないわ……とりあえず、今日は生徒の授業終わったらすぐに家来るから、ちゃんと休みなさいよね>

「愛さんもすみません…」

<先生ー!ここの問題何ー?>

<愛先生〜っ今日の放課後、勉強デートしよ>

<愛先生…ふふっ……昼休み…校長室に……>

<それは次の授業で解説するわ。あと私彼氏と同棲してるし、放課後は妹熱出して帰らなきゃなのよ……それに校長先生……セクハラです>

<とりあえず、また後で電話するわね。休んでなさいね>

愛との通話を終えた。どうやら彼女は言葉通り、多くの男子生徒や校長先生に好かれているらしい。愛は舞姫に似て、美人で周りの女子生徒からは妬まれているのだとか……。そして……その日の夕方に愛が部屋に来た。

「……調子はどう?」

「熱は下がってきたんだけど、まだしんどいんだよね……お姉ちゃん、激務なのに来てもらってごめんなさい」

「いいのよ。小さい頃私が熱を出した時に傍にいてくれた時の恩よ。ご飯は食べれてるの?」

「それが……プリンしか食べれてなくて…」

「それはまずいわね…私が何か作ってあげる」

「愛さん……すみません」

愛はゆっくりと立ち、台所へと向かった。二十分ほどすると、愛さんが戻ってきた。出来たのは七草粥と卵と野菜のスープだった。

「お姉ちゃん、料理も勉強も家事も出来るから……雷磨さん毎日幸せだね」

「ふふっ……とにかく舞姫、元気出しなさい」

「あはは…やっぱりお姉ちゃんの料理美味しい……てかそれと気になってたんだけど…」

「あぁ。そのキウイと色んなフルーツ達は…」

「それは……ちょっとお腹空いたし………今ダイエットしてるから!」

「お姉ちゃん細くてスタイル抜群なのに……出るとこ出てるし」

「そういう舞姫もでしょ………」

この煌星姉妹は、”美人で優しい”と中学生の頃から評判であった。中高時代、真面目で学級委員も生徒会長もしていた優秀な指揮官ポジションの愛。中高時代、とにかく優しく優秀ではあるものののどんな時でも俺の傍にいてくれた仲介者ポジションの舞姫。この姉妹は、容姿は似てるものの中身はあまり似ていない………。しばらく談笑してて、夜になり………

「すやぁ……すう………この答えは……」

「お姉ちゃん……夢の中でも……授業しちゃ…いや」

「…………寝ちゃった……」

「………んん、はっ!もうこんな時間じゃない……え、二十時っ!嘘でしょ…」

「起こそうか悩んだんですけどね……」

「んん……ふわぁ……何とか熱は下がったよ……お風呂入りたい…」

「なら……久しぶりに一緒に入らない?」

「あっ!いいね…入ろう」

そして数分後、二人は風呂で汗を流し、肌と髪をを艶めかせて戻ってきた。愛は眠そうに欠伸をし、舞姫は下ろしてる髪を纏めていた。俺は気になったことがあり、愛にそれを聞いてみた。

「てか愛さん……大丈夫なんです?」

「ん?何が?」

「雷ちゃん……」

「あっ!電話しないと……」

愛は雷磨に舞姫の見舞いに行ってることを言わずに来て、その事を彼に伝え忘れてたので、彼女は急いで電話を掛けた。

<愛さん……心配してました……何度電話をしたか……>

「ごめんなさい……その、舞姫が熱を出してお見舞いに行ってて……雷磨さんに連絡するのを忘れちゃって……ごめんなさいっ!」

<とりあえず愛さんが無事で何よりです……今生野さんの部屋にいるんですね……一応ご飯は作ってあるんです>

「あら…ごめんなさい……その…お風呂は入ってあるし、もうすぐで帰るね」

<分かりました。お気を付けて帰ってきてくださいね〜>

電話を終え、愛は帰る支度をした。

「雷磨さん怒ってなくて良かった……とりあえず舞姫の熱が下がって良かったわ。明日は休みなのよね?」

「うん。お姉ちゃんも来てくれてありがとう」

「ううん。早く雷磨さんと観たい映画が…」

「相変わらずラブラブっすねー……愛さん、お気を付けて」

「ええ。それじゃ、お邪魔しました」

愛は帰っていき、俺も風呂を済ませた。髪も乾かし終えた俺は寝てる舞姫の隣に横になり、彼女の顔を見た。体温を聞くと、七度四分。息苦しさは先ほどよりマシになっていた。手を伸ばし、舞姫の額に手を当てるとほんのり温かかった。

「まだ暑い………熱冷まシート必要だな…」

「希望君……手冷たいね」

「そうだな………愛さんのお陰で助かったな…今度、なんかお礼しに行こうな……早く元気になっておくれよぉ…ん」

「んむっ………ふふっ」

「……ぷはぁ…そういえばキスしたの…高校以来だよな………俺の病気がなければ、もっといい思い出出来たのにな」

「ううん。私はあなたといるだけでもいい思い出だと思う」

「……今度の出張……四人で行くか」

「そうだね……」

舞姫の艶を帯びている唇に俺の唇を重ねた。久しぶりに舞姫とキスをしたのは高校以来である。初めてデートしたあの日、クリスマスに二人で県外へ遊びに行った思い出、彼女の姉と父と四人で鍋パーティーをしたこと……その他にも、舞姫とは沢山の思い出があった。俺がどんなに死にそうな時でも俺の傍にいてくれた、目の前にいた舞姫が今では俺の彼女でもあり婚約者でもあるとは……運命はこのことを意味するのだろう。結婚して恋人から夫婦という関係が変わっても、助け合って二人と生きていきたい…。

「今度は金沢と福井だぞ……あと最近地震があった能登半島にも行く」

「北陸かぁ……結構寒くて海鮮が美味しいって聞くよね」

「あぁ………震災に遭った小さな子供や大人に………夢と命の大切さってのを教えたいよ」

「希望君の言うその二つって……夢玖ちゃんと廉命君のことだと…思ってるんだよね」

「確かに二人の存在は舞姫の次に大事だよ。あの時俺を止めてくれたんだ……」

確かに、俺の言う「夢と命」は如月と廉命を意味しているのも間違ってはいない…。色んな夢を叶えてくれた如月、ドナーとして俺の命を繋いでくれた廉命……。この二人に出会ってなかったら、もしかしたら俺はこの世にいない可能性が大きい。だから、この二人には感謝しかない。そうだ、今度二人にお礼をしよう。

「夢と命……かぁ」

「なんか意図的なのがあるのかな……」

「ふふっ……なんか、こういう深い話したのも久しぶりだよね」

「だな…てか舞姫が髪下ろすと、めちゃくちゃ雰囲気違うよな……」

「毎回髪乾かすの大変だけどねぇ……」

「胸ぐらいまで髪長いからな…そうだ。次のデート、髪下ろしてよぉ……舞姫ぃ」

「わっ!もう……ハイハイ」

窓から差す月明かりが舞姫の髪の栗色を照らす。そして……俺達は眠りについた。夜を明かすと、舞姫の熱は下がっていたが、様子見も含め、後日も休養を取った。


「ふぅ………久々のトレーニングは気持ちいいなぁ…」

「はい……早くトレーニングしたいっすね」

「廉命は成長し過ぎ……手足骨折は…辛いでしょ?全治二ヶ月か…」

「店長…百キロのバーベル持ちながらよく話せますよね…」

「兄貴は筋肉バカなので……」

別の日の仕事終わりのジム。ここには職場の皆で通おうという話になり、週に三度ほど、仕事終わりにここに来ては運動している。俺も少しずつ体力をつけていて、廉命は骨折の為、見学しているのだが………

「痛ぇっ!いててててでっ!」

「おらもっと……お前なら三百六十度いけるぞ……もっと脚開けっ!もっとだっ!」

「ああああああああぁぁぁっ!」

「ちょ…ちょ……加堂さん…やり過ぎ」

「やめなさいっ!希望君……大丈夫か?」

「脚…脚が……脚……うっ」

加堂さんが両足を開脚してる俺の太ももに当て、そのまま体を引っ張った。実はこの俺……誰よりも体が硬いのである。加堂さんがアメフトのコーチの時のスイッチが入ってしまい、俺の股関節が限界を迎えてしまった。

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙……やべぇ……痛えよ…」

「悪ぃ悪ぃ。身長伸びるかなって…」

「骨に成長痛が起きない限り背は伸びないぞ。日出君が一番分かってるはずだ」

「あれ、廉命今身長何センチだっけ?だいぶ背伸びたよね」

「……百九十五ですね……」

「ほぼ二メートルか…というか院長もここに通ってたんですね」

「あぁ。私もアラフィフだからな……娘達に注意されてな……たまには医療から離れて体を動かすのも悪くないなと思ったんだ。意外だろう?」

「「「「「意外……っす」」」」」

何とか、この煌星院長もここのジムに通っていたことが分かった…年齢を理由としているが、実際そうではなく、甘いものの摂り過ぎで舞姫と愛に注意されたかららしい。

「こらこら…予想外の反応じゃないか……」

「だって院長、常に医療と甘いもののことしか頭に……」

「と思ってるだろう……医師を続けるためには、まずは自分が健康でなければと思ってな……」

「アラフィフって……五十代のことか……ってことは、福吉さんも加堂さんもアラサーってわけか」

「兄貴……年齢のこと言わないの」

「実を言うと私は今年で四十六になる……娘達と君らの幸せを見届ける為にも、医師として頑張っていかんとな」

盾澤店長の発言が、福吉さんと加堂さんの胸にグサッと突き刺さったような気がした。こんなにも若々しく見えていた院長が、まさかの四十代だったとは…。

「僕も……医師免許取る為にも頑張らないと…」

「俺も、院長の助手として……」

「頼もしいなぁ。本当なら私の助手は福吉君だけで良かったと思っていたが、雷磨君…君にも私の助手に、いつかはなってもらおう」

「はい……まさか俺の為に、院長の助手をずっと空席にしてたなんて…ありがとうございます」

「いいんだよ。私の助手は、君達だけだ。これからもよろしく頼むよ。ところで福吉君…」

「はい……」

「その……松寺君とは付き合ってるのかね?」

意外な質問だった。煌星院長も福吉さんも建築家ポジションで、索究熱心な完璧主義者であるが、福吉さんに関しては医師をしていた時のうつ病により性格がだいぶ変わったらしいが、院長曰く、

元は明るい性格だったらしい。それに、今の彼は違うと思う……何故なら今は…福吉さんには好きな人が出来たからだという…。その赤く染まった顔が答えを出しているようなものである…。

「いえ別に……だって、あの子からご飯に行こうって……確かに刺青やピアスには驚いているけど、あんなに綺麗なのに……」

「またまた……」

「凄く美人な子が、福吉さんを選ぶなんてねぇ…」

「……仁愛さんね…最近色んなテクニックを使ってドキドキさせてくるんだよね……」

「例えば?」

「わざとチラッと鎖骨の刺青や胸元を見せてきたり、わざと耳元で話してきたり、腕に胸押し付けてきたりしてるの…大人っぽいのに小悪魔だよね……」

まだまだ、福吉さんと仁愛が付き合うに時間が掛かるらしく、ほぼ両想いで、歳の差はあるものの二人ともピッタリな組み合わせである。その夜はそれぞれの恋の話に花を咲かせたのであった……。







……To be continued

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