㉑包帯で巻かれた気持ち


「ー廉命っ!」

「………希望さん」

「はぁっはぁっ…!お前、骨折したってどういうことだよっ!」

「生野さん…実は……」

ある日、朝早くにも関わらず俺の携帯に院長から電話が掛かり、すぐさま病院に駆け込んだ。病院に駆け込み、院長から言われた番号の病室のドアを勢いよくガラッ!と開いた。すると病院のベッドで横になっている廉命、廉命の顔を拭いていた如月、俺の姿を見て驚いている夜海がいた。夜海は廉命が骨折した回想について話してきたのだ。

『廉命さん……今日はテニスの授業やね!』

『あぁ。如月さん、スカートの中身…気をつけてよ?この前危なかったんだから』

『もうっ!廉命さんってば………ってあれ』

『……はっ!如月さん、危ないっ!』

『いやっ!いや!』

『…………ん…っ!廉命さんっ!廉命さんっ!』

『脚が……如月…さん』

『廉命さんっ!!』

「ということみたいで……」

夜海は銀色の瞳を俺から如月に反らしながら廉命が骨折した経由について話した。廉命と如月は朝の登校中に走っていた車が、彼らの方へと高速で走っていき、廉命が如月を庇ったため、彼が脚を骨折したらしい。確かに如月の顔にも一部分が応急処置されている。夜海から話を聞いていると、院長も病室へ入ってきた。

「廉命君………残念だが、右腕の前腕も折れてしまっている…君の状態だと最短二ヶ月は掛かると思った方がいい」

「そんな……」

「い、院長……」

「私も手を尽くすよ……暫く希望君の出張は、君だけで行ってもらって、彼の世話は、如月君に任せるとしよう。頼んだよ、如月君」

「あ、はい………」

「お世話ねぇ…あ」

夜海の銀色の瞳が俺の目と合い、彼女の言いたいことが分かった。身の回りの世話…食事や洗濯……入浴とかだろう。入浴……ということは、廉命には悪いが、またまた甘酸っぱい展開があるだろう。

「……飯に風呂……暫く迷惑掛けるね…如月さん。すまない」

「廉命さんは悪ないで?悪いはあの車を運転しとった人や…許さへん」

「夢玖ちゃん…気持ちは分かるけどさ…廉命君の怪我が治るまで、お世話しないと…」

「無理せんように頑張るつもりや……課題も出来へんやろ?私が二人分課題するから、治ったらめいいっぱいお礼してもらうで!」

「はいはい……にしても骨折するなんてな……痛っ!」

この後、盾澤店長にも廉命の怪我の件について、電話で話し、廉命の怪我が治るまで彼は後方で作業することと大学の運動の授業で見学することが決まった。その日は応急処置と手当だけで、すぐ退院出来て俺達は何とか帰宅出来た。

「あ、希望君おかえり…その、廉命君は…?」

「左脚と右の前腕が折れてて、早くて全治二ヶ月らしいんだよね……如月と大学行ってる時に、車が如月達の方に高速で走ってきて、それを廉命が庇ったから…らしいんだ」

「嘘……夢玖ちゃんに怪我はなかったの?」

「廉命が如月を庇ったから、如月は軽い怪我で済んだよ」

「……うう、重い……」

「ごめん如月さん…」

「アカンっ!潰れるっ!」

「いやお前……自分の体格分かってる?エレベーター使えよ…」

「廉命君…夢玖ちゃん……」

幸い、俺達の住んでるマンションにはエレベーターが付いていて、暫く廉命はそれで四階に来るしかなかった。それに、廉命は暫く松葉杖が無いと歩行も不可だ。しかも右の前腕も折れてるので、食事や入浴、大学の課題など全て如月がしないとならない。このことは加堂さんや福吉さんにも共有し、治療生活が始まった……という前に、骨折による発熱が起きてしまった。


「……廉命さん、まだ熱い?」

「うん…すっごい熱いし腫れてる……」

「分かった。氷水持ってくる」

「嫌だよ……俺から一秒も離れないで?」

「離れんよ。ササッと氷水持ってくるから待ってな」

ある日の朝、俺は大学の登校中に車が高速でこちらに向かって走ってきて、俺は如月さんを庇ったことにより、如月さんは重症ではなかったものの、俺は左脚と右の前腕を骨折してしまった。すぐ病院で見てもらったのだが、院長曰く早くて全治二ヶ月掛かるらしい。つまり俺の身の回りの世話は全て、如月さんがすることが自動的に決まる。食事はもちろん、入浴も補助してもらうことになる…。大丈夫だろうか………。でも一秒足りとも、如月さんとは離れたくないあまり、彼女の服の袖を掴んだ。

「あー、もう……。袖引っ張らんで?」

「やだよぉ……如月さん」

「うっ……!眩し……」

今の俺は、体格と紅い瞳、全身に残ってる傷跡やケロイドに見合わない、犬のように甘えている。希望さんや夜海、他の誰かには見せれない、如月さんだからこそ見せられる、本当の俺…。そのまま如月さんの服を引っ張り、如月さんが俺の膝に乗るような感じで彼女を後ろから抱き締めた。

「廉命さん……ええ加減に…」

「……なんか、寂しくて………」

「体大きいのに甘えたさんは似合ってないですよ?てか私が膝に乗って大丈夫なんです?」

「大丈夫。ちょっと失礼………」

「ちょ………っ!」

「(………この甘い香り…骨折の痛み和らぐ)」

背が伸びたせいか、如月さんは思った以上に小さく、予想以上に甘い香りがした。髪を掻き分けると白いうなじが姿を現し、噛み付きたくなる…。如月さんが二十歳になったら、恋人として一緒に生きようと、彼女と約束をしている。以前、俺が希望さんの前であんなことを言ってしまった以上、俺は如月さんを守り、愛することを誓うつもりだ。それに、あの台詞は俺の本望でもあった。

「痛っ……ちょ、廉命さん」

「………俺から離れちゃダメ」

「廉命さんの傍にいなあかん事は分かる……わざわざ首に噛み付く必要なかったのに……」

「こうでもしないと落ち着かない…」

「ヤンデ廉命さんの……馬鹿」

気付けば如月さんの白いうなじに噛み付いていた。歯を離すと歯型が出来ていて、少し血が滲んでいた。消毒して絆創膏を貼ったものの、如月さんは少し怒っていた。それから二人でテレビで動画を見たりして、気付けば夜になっていて、料理も如月さんがすることになったのだが………

「悪いね…如月さん」

「いえ……食べれます?」

「いやぁ、今体ダルいし、そんな食べれないや…」

「五人分食べても足りないって言っとる廉命さんが……一人分も食べれへんなんて……らしくない……」

「希望さんと同じ量しか食えないな……でも如月さんの料理も好きだよ」

大学生活を気に、如月さんとの共同生活が始まってから、如月さんから俺に対する好意も漂うようになった。彼女は舞姫さんの教えにより、料理も掃除や洗濯も人並み以上に出来るようになっている。もちろん大学の座学の授業でも、栄養について学んでいるので、俺や如月さんはそれを活かして日々の食卓を彩っている。幸い右手は折れてないが、食べるのは少ししんどい。俺はゆっくり食べていた。彼女の手料理はとても美味しく、妻としても相応し………いやいや、俺はまだ………。

「廉命さん……意外と食べましたね?」

「如月さんの手料理が美味しいからだよ…」

「いやぁ、喜んでもらえておおきにやで〜!」

「あはは……恋人…いや、妻…嫁としても……」

「私まだ……十八歳やで…?」

「……ごめん。忘れてくれ」

飯も食い終わり、一番問題である……入浴の時が迫っていた。脱衣は何とか出来るものの、髪や体を洗ったり、ドライヤーを掛けたりは難しいだろう。でも入浴でも如月さんが補助をしなくてはならないのだ…。何とか脱衣して、腰にタオルを巻いてバスチェアに座った。緊張している時に、如月さんも入ってきた。恐る恐る後ろを振り向くとTシャツに下着という組み合わせをしていた如月さんが立っていた。髪はクリップで一つに留め、早速入浴の補助をしてくれた。まずは軽くシャワーを浴びた。

「…………如月さん、洗い方丁寧だね…」

「そう?廉命さん……髪硬そうなイメージあったんですけど、思ってた以上に髪は柔らかいですね」

「意外なんだ………ってやめなさい。俺は犬じゃない」

「ふふっ……廉命さん、可愛い」

「わんっ!………て……」

院長からは骨折してる場合、二日ほど湯船に浸かるのを辞めるように言われている。院長が言うには、腫れが酷くなるからであり、今日と明日はシャワーのみになる。髪を濡らし、シャンプーを手に取り、髪を洗ってくれた。犬を洗うように丁寧な洗い方で、気持ち良かった。だが、体を洗うのは……より一層危なかった。

「次は体やね……よいしょ…っ!」

「ぶふっ!」

突然如月さんが俺の前に体を持っていき、肩や胸に泡立てたボディソープを塗っていた時、如月さんは前屈みになったことで……見てはいけないものを見てしまった。如月さんの着ていたTシャツは生地が薄いのはもちろん、首元が緩いものだったため、如月さんの胸元が……空いている首元から見える、世界が見えてしまったのだ。

「(谷間も………膨らみも……あ)」

「廉命さん、痒いところある?」

「いやぁ、大丈夫だよ……」

いけないことに気付いてしまった。如月さんは、いつもの癖で……ブラをしていなかった。そのせいで……胸の先っぽが見えてしまった。それは、何も知らないように、薄い桜色よりもほんのり赤く染まっていた。しかも如月さんが揺れる度に、彼女の胸も揺れるので、俺は我慢が出来ずにいた。それだけに視線がいき、如月さんは不信感を覚えた。

「廉命さん………変なとこ見とる……」

「いや……だって………こんなの見られたら……」

「……あほっ!廉命さんの馬鹿っ!」

如月さんは顔を赤く染め、胸を隠した。だがその仕草も可愛く、更に俺の理性の崩壊はエスカレートしていくしかなかった。体を洗っている時だった……。

「廉命さん……思ってた以上に手、大きいですね…」

「如月さんの手の三倍ぐらいだよね……如月さんの手はちっちゃくて可愛いよ」

「凄いっ!手のひら合わせると…廉命さん、手のひらも大きいし指も太くて大きい…ゴツゴツしとる」

如月さんが手のひらを合わせてくる。思った以上に彼女の手は俺の三倍ほど小さく、白くて細かった。次々と体を洗い……

「あとは……」

「それは自分で洗うから……大丈夫…本当に大丈夫だから」

危なかった。腰に巻いているタオルの下を洗われるところだった。如月さんは背後に回り、背中を洗ってくれた。

「痒いところはないですか〜……なんてな」

「ないよ。相変わらず犬をシャンプーする感じで洗うよね」

「へへっ………この前仁愛ちゃんとわんちゃんシャンプーしたんやでっ!抜け毛凄かったけど、さっぱりして更に可愛くなってた!」

「仁愛ちゃんの犬……小型犬でしょ…チワワだっけ?」

「そや?廉命さんは……大型犬?かなっ…髪もふもふしとる……って、わっ!」

「ぶふっ!」

背中を洗っている時、如月さんは足を滑らせてしまい、彼女の上半身が俺の背中と密着してしまった………。つまり、如月さんの胸が俺の背中に当たってしまったのだ。

「廉命さん……ごめん」

「如月さん…………だ、大丈夫?」

「大丈夫や…」

むに、と如月さんの胸が背中に密着してはぽよぽよと移動し続けた。手で触れた時よりも柔らかく、二つの突起が存在を主張している気がした。体も顔も洗い終わり、何とか入浴を終えた。

「髪乾かすで……ところで、痛くなかった?」

「いや、大丈夫……」

「なら良かったです………って犬みたいにブルブルせんで…風邪引くで…図体の割には犬っぽいところあるんやから…」

「本当に何から何まで、申し訳ないよ…」

「廉命さんは何も悪ないで……大丈夫」

「でも少し腫れてるかも……」

如月さんがあまりにも無防備過ぎて、自分が骨折していたことを忘れていた。再び骨折の腫れが復活し、俺の体を蝕んだ。如月さんは即座に保冷剤を持ってきたことで、何とか痛みは引きつつもある。俺が保冷剤で患部を冷やしている間に彼女は髪を乾かしてくれた。

「ふぅ……何とか落ち着いたよ。ありがとう如月さん」

「いえ………寝れそうですか?」

「……分かんない…どうやって寝よう…福吉さん福吉さん……っと」

怪我が治るまでの寝る体勢が分からず、俺は思わず福吉さんに電話をしてみた。

「あ、福吉さん?お疲れ様です」

<お疲れ様。院長から聞いたけど、骨折したらしいじゃん>

「あー、何とか大丈夫っす」

<全治二ヶ月でしょ?色々大変じゃない?>

「大学やバ先には事情説明したので大丈夫です。あの……骨折してる時ってどんな体勢で寝ればいいすか?左脚と右腕を骨折してるんです」

<仰向けはもちろんだけど、患部は心臓より高い位置にすれば楽にはなるよ。クッションとかに脚や腕置いて、位置を上げればいいさ>

「成程…。ありがとうございますっ!」

<ううん。さっき院長からLINE来たけど、手術も視野に入れてるみたいなんだよね……暫く辛いだろうけど、出来る限り俺も雷磨もサポート出来るから!>

暫く談笑して電話を終え、クッションを脚や腕の下に置き、試したみたが、確かに痛みは和らぎ、少し楽になった。いつもなら如月さんとはくっついて寝てるのに、それが出来なくて辛いが、彼女が隣であることは変わらないので、まだいい…。俺が眠りにつく頃には如月さんはとっくに寝ていた。よほど俺の世話で疲れたのだろう……。俺の怪我が治るまで、暫くは彼女に負担を掛けてばかりになる…。でもたまには、休んで欲しいものだ。

「んん……廉命さん」

「…ん……如月さん……おやすみ」

包帯を巻かれたのは、実家で母に熱湯を掛けられ、二度と消えやしない火傷を負って以来だった。あの時は絶望でしかなかったが、今はどうだろう。この包帯に、俺の如月さんに対する想いが巻かれている。それぞれ過去は違うけど、出会ってかれこれ一年が経過している。この先も彼女といたい…。そう思い、眠っている如月さんの頬にキスをし、彼女の艶々とした黒髪を撫でた。





……To be continued

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