⑳紅い瞳の先には。

ブー、ブー、ブー。携帯のアラームが鳴り、体を起こす。目を擦りながら右側を見ると、廉命と如月がくっついて寝ていた。如月は廉命の胸板に顔を埋めて、廉命は如月の身体を抱き締めていたが、こんなにぐっすりと眠っている彼らを容赦なく叩き起こす。

「廉命……如月ぃ……起きろ」

「んむっ……ゆ、希望さん……?」

「朝風呂行くぞ……」

「ふわぁ……私も行きます」

如月も起き上がり、寝相により乱れた浴衣を直す。特に襟元が開いていて、胸元が見えていたものの、廉命がまだ目を覚ましていなかったので、ギリギリセーフだった。時刻は朝の四時半…。俺と廉命は男湯に行き、朝風呂へと移った。本来ならこの朝風呂は省略出来るものの、昨夜に廉命が俺目掛けて茶を吹き出したので、この朝風呂が必要である。掛け湯をし大浴場で浸かってると、俺はふと質問したくなった。

「ねぇ廉命……思ったんだけどさ……」

「はい…??」

「昨晩寝静まった後、何があったんだ?布団は離れていたし、いつもみたいにくっついて寝れないでしょ」

「……それなんですけど……」

それからは、彼が語る回想があった。

『廉命さん……』

『…如月さん、どうしたの?』

『………怖い夢見てもうたんよ……いつもみたいに寝よ?』

『希望さんが隣で寝てるんだぞ?って…こらっ!離れなさい』

『嫌やっ!廉命さんとがええのっ!』

『子供か……はぁ…今回だけだよ?』

『怖い夢見た……強く……ね?』

『仕方ねぇなぁ……ほら』

「という訳です」

「いや……納得いかねぇなあ…」

廉命が言うには、昨晩如月は怖い夢を見てしまい、いつものように廉命とくっついて寝るように頼んだらしい。二人は五十センチほどの体格差があり、廉命が如月の体を抱き潰すのでは、と心配である。でも廉命なら…如月を任せても大丈夫だろうと思った。

「どおりでコソコソしてんなと思ったわ」

「ごめんなさい……」

「大丈夫。てかさ……今朝部屋見たら、避妊具なくなってたけど…もしかしてっ!」

「やってないからっ!それは…如月さんが二十歳になってからって決めてるから……」

「廉命らしいなぁ……」

廉命の上半身を見る度に、ケロイドや派手な傷跡に目線が行き、話どころじゃなくなってしまう。百九十五センチ、九十八キロといった体型はこの通り……想像以上に逞しい。厚さが増した胸板、くっきりと六つに割れた腹筋、如月の三周りほど太い腕、バキバキに割れた背筋……そしてこの、紅い瞳。

「すっごいよなぁ……てか何もしなくても血管とか力こぶが…ビキビキだよね」

「まぁ々…大学でジムもあるから、如月さんとよく行ってるの」

「へぇ……如月は重たいもの持つの無理だろ……」

「そりゃ、如月さんは……女の子ですから」

如月のことを話すと顔を赤く染める。朝風呂を済ませ、髪を乾かそうとしている時だった。髭も剃り終わり、廉命が俺の髪を乾かしてくれた。

「希望さんの髪って……なんか、猫っ毛ですよね……ふわふわしてる」

「そう?舞姫にもよく言われるんだよ」

「逆にストレートだったら違和感しかないっすね」

「おいおい……あ、俺も廉命の髪乾かしてやるよ」

廉命が椅子に腰掛け、俺はドライヤーの電源を入れ、温風で彼の髪を乾かすと、焦げ茶色の髪が靡く。廉命の髪も、俺とほぼ同じ髪質である。だからあの時、ドナーに選ばれたのも納得する。眠そうにあくびしながら、スキンケアをしている。その仕草が犬っぽく見え、まるで大型犬のシャンプーをしているようだ。いや、廉命の場合は超大型犬といった方が正しいのだろうか……。やがて彼の髪も乾かし終わり、部屋へと戻った。

「ふぅ……お、如月……もう化粧したのか」

「あ……生野さんに廉命さん…おかえりなさい」

「おう………あのね如月さん。そんな派手な口紅で大丈夫なの?なんかキラキラしてる…てかそれ新しいリップじゃない?」

俺達が部屋に戻った頃には、如月は化粧を終えていた。廉命と暮らすようになってから、使う化粧品も変わっていた。オッドアイに馴染む赤みのあるアイシャドウに、美しいルージュを描く口紅。廉命は化粧をした如月の両肩を掴み、彼女に問い詰めた。

「これはラメ。うるうるしてるように見えるやろ?」

「そういう問題じゃないの。他の男が…」

「大丈夫やでって……私は廉命さん一筋なの……はっ!」

「〜っ!」

「あわわわ……廉命さん、忘れてーっ!」

「ははっ…朝から甘酸っぱいねぇ……」

如月と廉命の顔が赤くなり、朝から甘酸っぱい雰囲気が部屋内…いや、旅館内に漂った。何とか俺達も着替えや荷物の整理を終え、一度旅館を後にした。新幹線に乗る時……廉命の体格により座席の位置が変更された。俺達の座っている席は三人席で、全員座れるはずだが、廉命の体格を考えるとそれは難しいらしい。

「行きの時……私潰されそうになった……廉命さん、縮んでもまだまだデカいからな…」

「確かに如月苦しそうだったよなぁ………あ」

その瞬間、俺は閃いた。行きの時、如月と俺が両端で廉命は真ん中だった。だがしかし、廉命の体格により、如月の体が潰れそうになっていて、彼女は苦しそうにしていた。それを解決すべく、俺が考えたものはというと………。

「これなら、座りやすいだろ?」

「希望さん……馬鹿なの?俺持たないんだけど」

「廉命さん重いし……暑苦しい……」

「慣れてると思ってたんだけどなぁ……あ、新幹線動いた」

そう、廉命の足の間に如月が座り、その隣に俺が座るスタイルとなった。つまり、廉命は如月に抱き着きながら座っていることになる。それに、如月には廉命の九十八キロを背負ってもらうようになるのだが、こればかりは仕方ない。新幹線も動き出し、三十分ほどで名古屋駅に着いた。

「ここが名古屋か……」

「金の時計台……ナナちゃん人形は……」

「後で味噌カツ行くぞ…とりあえず、金山に行くからな……名鉄名古屋本線か…」

その日は金山のコンサートホールで、ドナー講演会をした。この感覚にはすっかり慣れたため、緊張する必要はない。講演会も大好評で幕を閉じ、一度昼飯へと味噌カツの店に入った。

「味噌カツかぁ……合うのかな」

「ご飯は大盛りだな……」

「相変わらず食うよなぁ…お前は。そりゃあ鍛えてるし、お前の体格からしたら足りねぇのは当然か…」

それぞれの食べたいものを注文し、それが来るのを待っていた。俺は味噌カツは持病の関係で食べれず、焼豚とサラダ、ご飯を注文し、廉命と如月は味噌カツ定食を注文し、十分ぐらいすると、テーブル席に注文したものが来た。

「お待たせ致しました……味噌カツ定食二つと焼豚、サラダ…ご飯になりま………」

「お、ありがとうございます」

「あの……生野希望さんですよね?お写真撮らせて頂いても…?」

「ごめんなさい。写真撮られるの、あまり得意ではなくて……」

「あぁ……なら、そこのお兄さん、連絡先交換でも…」

「…あの申し訳ないけど、興味本位で廉命さんに近づくのはやめてください」

俺達の注文したものを運んだのは、如月と同い歳であろう女性で、俺の写真を撮ろうとしたり、廉命に惚れて連絡先を交換しようとしたら如月が彼女を警戒した。如月がオレンジの瞳で睨むと、彼女は泣きそうになりながらテーブル席を後にした。

「如月さん………」

「……廉命さんはデカくて傷だらけやから、何もせんくても目立つのに………」

「ごめん…」

「………廉命一筋かぁ…ふふっ」

如月は廉命に嫉妬していた。廉命と如月が出張の付き添いをするようになってから、俺だけでなく

廉命も女性から声を掛けられることが増えた。異常に背が高く、筋肉でがっしりし過ぎている体型、元は整っていた顔立ち、綺麗に澄んだ紅い瞳。だがその紅い瞳には、如月が映っている。

「あ、次はシューズの講習会だった……まだ時間はあるけど、なるべく早く食べて移動しよう」

「まだ小倉トースト食べてへんかった……」

「それは…講習会終わったら休憩がてら食いに行こうよ」

「もう如月さん………」

「てか廉命は…よく四、五人前も味噌カツ定食食えたな…」

「もう三人分じゃ足りなくて…」

「いや、そういう話じゃねぇよ……」

廉命は味噌カツ定食を四、五人前ほどペロリと平らげてしまった……もちろん、白飯も大盛りで、少なくとも十杯は食べただろう。だが廉命の体格を見ると、一人でその量を食べても足りないのは当然だと思う。しかも彼のその食欲のせいで、今朝旅館で出された朝食だけでは足りず、旅館内の白米を彼一人で平らげてしまったらしい。

「お陰で後で俺が旅館の料理長に軽く怒られたんだからよぉ……」

「すみません……全然足りないだけ…」

「五人分ぐらい食べないと中々腹いっぱいにならなくて……」

「加堂さんや盾澤店長でも二人分で限界やのに……後で吐いても知らんよっ!」

「吐かねぇよ……確かに五人分定食食ったけど、腹六分目なんだよね」

かれこれ廉命は五人分の味噌カツをペロリと平らげ、俺達は会計を済ませ、店を出た。退店する時に店の従業員達が米がなくなり、焦っていたそうだ。廉命は……少なくともご飯大盛りを十杯は余裕で平らげていた。元々廉命の食欲は旺盛な方ではあったものの、背が伸びてから更に食欲がグレードアップしてしまった。

「シューズの講習会終わったら、小倉トースト食いに行こうな……如月、お前は相変わらず食わな過ぎ。味噌カツだって何切れか廉命にあげてたじゃん」

「いや…あれは廉命さんが足りないって言うから……」

「十枚分の味噌カツと十杯の大盛りご飯食っといて、それでも足りないのか…」

「違うよ希望さん…如月さん苦しそうだったもん」

「どっちもどっちだな……とりあえず、着いたから行くぞ」

そしてシューズの講習会も終え、その後は未来タワーやオアシス二一を周ると丁度いい時間になったので、ある飲食店へと入った。そこはレトロな喫茶店でもあり、大人っぽい雰囲気もあった。俺達は空いてる席に座り、メニューを決めていた。

「何食おうかなぁ………餡掛けパスタ、台湾ラーメン、手羽先定食、名古屋コーチンの親子丼、ひつまぶし………あと小倉トースト。これで足りるか…?」

「待て。さっき五人前食ってただろうが……」

「希望さん……俺今すっごい空腹…」

「もう………」

俺と如月は、廉命の凄まじい食欲に呆れ、それぞれ食べたいものを注文した。俺と如月は名古屋コーチンのヨダレ鶏のサラダセット、廉命は餡掛けパスタと手羽先定食と名古屋コーチンの親子丼にひつまぶし…々あと小倉トーストも注文した。この日を通して、廉命の凄まじい食欲を完全に理解出来た。確かに身長が高ければ高いほど代謝がいいのは間違いないが……十分ぐらいすると注文したものが運ばれた。

「いや逆に二人食べなさ過ぎ……特に如月さん」

「いやお前が食い過ぎなんだよ……」

「あはは……でも体が大き過ぎる割にはハムスターみたいにもぐもぐしてるの……可愛いですよね……ずっと見ても飽きへん」

「ハムスター…?俺ハムスターなの?」

「ほぼ炭水化物だけどお前の筋肉になるだけだからなあ…羨ましい」

次々と皿が空になっていくなか、廉命が注文した料理は皆炭水化物なのに全て筋肉に変わってしまう。今着ている服だってキツそうである。しかも異常にがっしりしている身体に見合わず、ハムスターみたいにもぐもぐしている。如月はそれを見ては可愛いというが、廉命の紅い瞳に映っているのはやはり……如月だろう。





……To be continued

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