〔下編〕❷なりたいもの。なれるもの。
「このどこが大丈夫なんだよ……」
「…えっ?」
「こんなに痩せて!こんなに弱って!心配しない方が異常だろうがっ!」
「廉命……?」
「ほんっとに危ないんだから……舞姫さんも如月さんも辛いのに……でもあんたは周りを思って、ずっと一人で耐えてた」
「………」
廉命の言ってることは、何一つ間違っていない。それも全て、俺だけで抱えてきた一つの大きな壁でもあるのだから。話していくうちに目つきが鋭くなる紅い瞳が、瞳の奥で震えているようにも見えた。彼のその紅には俺の少し先の未来が見えるよだろう。時刻はとっくに夜。今の空気を察した仁愛は如月と凪優と一緒に病室から出た。
「……あんたがいなくなって、如月さんが悲しんだらどう責任取るつもりなんだよっ!」
「……廉命君」
「あんたは何考えてシューズコーナーに立ってた!何考えて如月さんや俺を拾ったんだ!今日まで何考えてたんだよっ!」
「…………やめろ廉命……最期ぐらい楽にさせてくれよ。未来は……その、お前らに託す」
それと同時に俺の右の頬に平手打ちをしてきた。その力強さに頬の内側から出血してしまったが、続けて彼の顔を見上げる。が、その紅い瞳からは涙が零れていた。
「……誰だよ……俺が死ぬ前に……好きな人に告白しろと言ったの……あんただろうがっ!」
「…………廉……「もう一人で抱えるのはっ!」
「お願いだからもう一人で抱えるのはやめてくれっ!せめて……如月さんが俺と結婚してっ!俺との子どもを産んで、幸せな未来を見届けてから死んでくれっ!」
はぁはぁっ、と犬のように荒い呼吸をし、回れ右をしてから、紅い瞳でこちらを睨み、病室を出ていった。丁度そのタイミングで仁愛と如月、凪優が戻ってきて、提げていたレジ袋には食べるものが色々入っていた。仁愛は夜海の視線で先程の事を把握し、如月に廉命を見つけるように言い、如月は缶飲料二本を手に持ち、病室を後にした。
「……はぁはぁ……廉命さんっ」
「……………如月さん、もしかしてさっきの事、聞いてた?」
「………何か言ってましたね?結婚とか子どもとか……」
「まぁいいや……で、なんで来たの?」
「それは………」
病室の上の階にあるコンビニから戻ったものの、病室を飛び出し、廉命さんを見つけるため、病棟内を走った。彼の性格を見て、辿り着いたのは屋上。長い階段を上り切ると、案の定彼は月を見るようにこちらに背を向けていた。病室近くで彼が大声を上げるのが見え、途切れ途切れだがその台詞は聞こえた。いつも通りの廉命さんだったが、何故ここが分かったのかを聞かれたが、それは…
「……廉命さんが遠くに行っちゃいそうで…」
「行かねぇって。むしろ逝くのは希望さんの方だろ」
「………良かった。廉命さんも意外と危なかっしいですよね」
「希望さんよりはマシだよ……でも、決められた余命で、俺達に出来ることは何だろうな」
「さぁ……」
確かに廉命さんはどこか遠くに行ってしまいそうだ。まさに今、闇堕ちした漫画キャラクターのようだ。いや、闇堕ちする寸前だろう。缶飲料を彼に手渡し、彼はそれを開封し、口にした。
「……苦っ!ってこれコーヒーじゃねぇかっ!しかもブラックかよ!」
「あ………ミルクティーの方が……」
「……意外といけるな……でもまだ苦い……そっちくれよ」
「もう…………」
どうやら間違って缶コーヒーの方を渡してしまったらしい。廉命さんはコーヒーを一口だけ含み、私の持ってたミルクティーと交換を求めた。私は彼が口つけた缶コーヒーを見つめていた。それを見て廉命さんは顔を真っ赤にした。
「は、早く飲めよっ!」
「………ミルクティー、生野さんよく飲んでましたよね」
「そうだな。暑い夏でもミルクティーばかりだもんな……」
「廉命さん、やっぱ食わず嫌い………(いつもよりなんか苦い……)」
「〜!」
私は彼に見せつけるようにその缶コーヒーに口をつけた。それはいつもより苦かった。ひたすら彼は顔を赤く染め、「戻るぞ」と廉命さんは私に着ていたカーディガンを着せ、病棟の廊下を歩いた。彼は一切顔を合わせようとせず、顔が赤かった。
「………希望さん、生きててくれないかな」
「……そうですね」
「…………実はね、アレ見つかったんだよ」
「…そういえば、生野さんの入院と一緒に話したやつですよね?」
「ああ。あれは……」
そう。あれは……生野さんの入院が決まった時の夜。翌日のスポーツ用具店で、私は一人シューズコーナーに立ち、廉命さんや盾澤兄弟、加堂さんや福吉さんは事務所で会議をしていた。その内容はと言うと………
「………希望君の状態を見て、彼は長く生きられないことは皆分かってると思う」
「……先生」
「だが、ドナーを見つければあの子は助かる」
希望さんの入院が決まった翌日のスポーツ用具店で、彼の今後について会議をしていた。丁度その時に煌星院長も同席していて、希望さんが助かる方法について話していた。長年の治療からするに、ドナーとなる人物が必要だと言う。ドナーとは移植用の臓器・骨髄や、輸血用の血液などを提供する人の事を言うのだが、白血病の場合は末梢血幹細胞提供か骨髄提供の二択に限られてるとの事である。
「………結論から言うと、この中からドナーとなる人物を探す」
「っ!」
煌星院長がその台詞を出すと、彼以外の人達は顔を真っ青にした。煌星院長曰く、骨髄移植による後遺症や死亡例はあるが、鈍い痛みが数日続くだけでそれらは殆どないらしい。それと血縁関係のない他人でHLA型が一致する確率は数百〜数万分の一ともいわれている。兄弟なら四分の一になるが、希望さんは一人っ子である。
「ドナー登録をして……この中から決めるんですか?」
「それ以外何がある………今からでも行くぞ。献血に」
そして、献血ルームの登録窓口で受付を済ませ、極小量の採血とHLA型の登録を終え、小一時間で戻ってきた。
「……あの子とHLA型が一致したと分かれば、携帯に通知が来て、コーディネーターから説明を受けることになる」
「…………僕らには、彼を救うことが出来るんでしょうか?」
「出来るよ。あの馬鹿ガキのことだ。寝てれば元気で帰ってくるよ」
「………れが……」
「「「え?」」」
「例えドナーが見つからなくても………俺が、希望さんの生命になるっ!なってやるっ!」
俺の名前は日出廉命。たった今、自分に名付けられた名前の由来が分かった。希望さんを生かす為だと分かった。あの時俺を救ってくれた彼を、普通の死に方で死なせてあげたい。正直彼の為なら心臓でも腎臓でも眼球でも提供したい。でもその前に、好きな人に想いを伝えさせて頂きたい。
「…廉命。気持ちは分かるけど、一致すればいい話だから……」
「………」
「……今の俺達には一致するのを願うことと、生野さんの傍にいることしか出来ないんだ」
「はい………」
しかし、俺達の大学受験が終わっても、ドナー適合の通知は来なかった。だがしかし………転機が訪れた。
「福吉さん…ドナー適合の通知来てました…」
「ほんと…?良かった………」
「後遺症ないといいですね……ただ、生野さんが同意するかどうか、ですよね」
「それは廉命がドナーになることは言わないでおけばいいさ……」
「……廉命君、どうか僕らの分まで……頼みます」
「はい……」
大学合格が分かった日の翌日に、ドナー適合の通知が来たのだ。これから検査や医師、コーディネーターからの説明や採取前の健康診断、骨髄移植と何かと忙しくなる。希望さんという部門主任がいないため負担は大きいが、盾澤店長や加堂さんも手伝ってくれてるので仕事には支障がない。
ここまで連れてきてくれた、彼にやっと恩返しが出来ると感じた時は凄く嬉しかったのを覚えている…。そして………
「へぇ……ドナーか…どんな人なんやろ……」
「さぁね。骨髄移植は、急性C型肝炎や血腫のリスクがあるんだ。でも死亡例はないからその人の命は安心だよ」
「詳しいですね」
「福吉さんや雷磨さんが言ってたからね…俺も色々調べたけど、難しいことだらけ」
「痛そう……あ、病室着いた」
「………」
気付けば病室に着いて、静かに中に入った。すると皆が待っていた。特に夜海や希望さんは俺の顔を見てはニヤついていた。多分、先程の発言のことだろう…。こんな時までどこまで面倒なのだろう。だが俺は迷わず、希望さんのアメジストのように澄んだ紫の瞳を真っ直ぐ見て話した。
「その、希望さん……さっきは言い過ぎた……ごめんなさい」
「……俺も悪かったよ。誰かに叱られたの、久しぶりだなあ……」
「もう……一人で抱えるのはやめてくださいね?」
「俺もごめん………中々相談しずらくてな…」
「最終的に決めるのも希望さんだけど、ちゃんと俺らにも相談くらいしてくださいよ……」
「あはは。確かにあと十年くらい生きれたらね」
俺達は和解し、握手を交わした。この前見舞いに来た時よりも髪は抜けてて、痩せ細っていた。それでも、一分一秒でも長く彼の傍にいたい。彼のお陰で、大切な人も出来た。だから余計一緒にいたくなる。でも先程の発言は…彼女には聞こえてないだろうか……。
「……廉命君、夢玖ちゃんと結婚して子どもを産むってのは……」
「ばっ、お……夜海っ!」
「その頃には夢玖ちゃんは二十八歳…それまでに結婚して赤ちゃん産まれてるかな…?」
「如月っちの子どもかぁ………絶対可愛いだろ。な?廉命」
「〜!」
「顔赤すぎなんだよ……さっさとくっつけ!」
先程の発言について夜海が話してきた。予想以上に体温が急上昇し、冬なのに暑くなる。その頃には如月さんも結婚や出産が落ち着いているはずだ。でも彼女は……最終的に誰を選ぶのだろう。
「あっ!夜海ちゃん聞いて!廉命さん、コーヒー飲んだんやで?凄ない?」
「えっ!アレだけコーヒー拒否してた廉命君が……?」
「やっぱ食わず嫌いやったみたい……まぁ確かにいつもよりなんか苦かった気するなぁ…」
「それってつまり……」
関節キス、ということになる。これを機にコーヒーを克服出来るのではと思う……。が、夏祭りのクレープの時よりも直接的で、唇が熱を持っていた。
「甘酸っぱ過ぎ………もう夫婦かよ……」
「………希望さんまで……てか、ドナー見つかったんですよね?」
「あぁ。更に強い抗がん剤打つらしいけど、ありがたいよ。こんな俺の為にドナーになってくれるなんて……」
彼や如月さんの前では、俺自身がドナーになることが決まったなんて言えない。もしそれを知った二人はどんな顔をするのか、幸い死に至ることは無いとのことなので、生命に支障はない。非血縁者の場合だとHLA型が適合する確率は数万から数百万分の一なのにも関わらず、奇跡的に俺のそれが彼の命を繋ぐものになった。その日から俺と如月さん、舞姫さんは彼のいる病室での寝泊まりを許可され、その翌日には私物を移動することが出来た。
「希望君ごめんなさい……あなたが危ないのに、国試対策や実習とかで中々来れなくて……」
「いいんだよ。てか、こうして皆で集まれたのはいつ振りだろうな……」
「……あんたが倒れる前までは、こうして皆でいたもんですね……」
「………舞姫さん…目の下にクマ出来とる…それになんか痩せました?」
「……国試対策や実習で忙しくて中々ご飯食べる時間もなくて……」
その二週間後。廉命と如月のアルバイトが終わり、舞姫も少しだけ時間が出来たことで俺達は久々にこのメンバーで集まった。特に舞姫の目の下にはクマが出来てて、目で見て分かるほど痩せていた。彼女曰く、国試対策や実習、更には俺の看護で食事する時間が取れないという。
「なら……さっきパン買ってきたんです……その、食べれます?」
「ありがとう。いただくね」
「………懐かしいなぁ……」
「……………」
「んぐんぐ………なんか良いね……」
家族みたいで。舞姫がそっと言った。家族……その言葉により、俺達の心に憎しみが取り戻された。瞳の色で大阪の眠らない街に捨てられた如月、望んでもない東大受験に失敗して捨てられた廉命、そして………両親に裏切られ、蒸発して人身取引や保険金に変えようとされた俺…………。嗚呼、憎い。憎い憎い憎いっ!
「ゆ……希望君…?大丈夫………?」
「……あ、あぁ。大丈夫だよ……」
「…希望さん………なんか」
「……っはぁ……」
「…………何が分かるんだよ?俺は……」
人間そのものが憎い。そう言い、彼らに出ていくように言った。いや、言ってしまった。すぐに謝りに来たが、俺は何故か彼らを許さなかった。軽々しく、「家族」を口に出すなんて。俺には家族はいない。というか、最初からいなかった。あれだけ優しかった両親が俺を裏切るなんて……当時の記憶がフラッシュバックする。あの日から…このメンバーでいて、まるで皆、家族のような存在だった。でも、俺を捨てた実の両親に対する恨みはまだ消えていない。心臓に黒い渦が巻き、それが大きくなっていく感じがした。少なくとも、如月と廉命には今の俺の、本当の姿が見えるのだろう。そう、俺は……両手には鋭い爪が、全身には紅い瞳が、腰には長い尾が……あった。
「……………獣……」
「………ごめん。今の俺は……お前らが憎くて仕方ない。出てってくれ。そして二度と顔を見せるな…」
「…………希望君……」
その後は何も覚えていない。ただ、人間そのものが憎いことは覚えている。もう俺のことで、誰にも辛い思いをさせたくない。泣いて欲しくない。そう思うのに、舞姫や如月、廉命……その他全人類を拒否してしまう。たかが「家族」という一つの言葉で、俺の精神は壊れてしまった。親が子を捨てても一応家族でもあるのだから……。鋭い爪は鋭度を増し、瞳からなる憎しみは大きくなる。
この二週間後が過ぎたことで年が明け、俺の余命はあと二ヶ月を切った。痣も出来て高熱で常に息苦しい。そして何より抗がん剤の副作用が効かなくなってしまい、強い抗がん剤の副作用が酷い。持っ誰にも辛い思いをさせたくない……。だから、最期くらい……一人で逝かせて頂きたい…。
……To be continued
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