〔中編〕❹心臓で語る想い出を。


「………はぁ。あの頃は楽しかったなぁ……」

「どうしたんだよ急に……」

「いや………なんか色々思い出しちまってさ……如月と出会ったのが懐かしいなぁとか」

「確かに半年経つけど色々あったよな」

「あぁ……中でもね……こんなのがあったんだよ」

この日は加堂さんが見舞いに来てくれた。本来なら福吉さんも来る筈が、急用が入り、午後から来るらしい。相変わらずダルい体を起こし、話を続けた。余命は半年…。そう、半年で俺はこの世を去るのだから、死ぬまでに思い出を語らせて頂きたい。確かあの日………


『ケロイドできてるね………傷は綺麗な方だから何針か縫うけど、大丈夫?』

『あ………はい……その…お金は……?』

『……実は最近ボーナス出たんだ。このことは内緒ね?』

『はい………』

『如月さん達がすぐに傷口洗ってくれたから、幸い傷の中にも異物はない。止血してから縫うね』加堂さんが来る前、俺は運動不足ということもあり、朝見舞いに来ていた舞姫の協力で廊下を散歩していた。そこで通り掛けた整形外科のある処置室から凄く知ってる声がし、その方向に耳を傾けていた。

『福吉さんと……仁愛ちゃんかな……』

『確か仁愛ちゃん、背中を酷く擦りむいたとか言ってたよね』

『だからか………でもなんか楽しそう』

『ダメだよ。希望君』

すると中にいた福吉さんが道具を取りに処置室を出た瞬間、俺達は彼と目が遭ってしまった。

『『あ』』

『い、生野さん…と、舞姫さん……何してるの?』

『いや福吉さんこそ何してんだよ…?てかなんか、仁愛ちゃんもいる…?』

『あー。なんか背中に酷い擦り傷できてる子いるって如月さんから相談受けてさ……院長も許可してくれたからね』

すると彼は『はやく縫合しないと』と小走りで道具を取りに行き、処置室へ戻っていった。この日の整形外科は休診日で、彼の急用も松寺仁愛の背中の治療だと理解した。ここの院長兼舞姫の父は如月や廉命のことを孫のような存在だと思っており、もちろん福吉さんの元上司でもある。福吉さんは過去にこの病院で医師として働いていたが、当時流行していた感染症による患者や死亡者があまりにも多く、精神的に行き詰まってしまった。彼曰く、当時は四日に一度寝れたら良かった方だという。処置室の窓から服を脱ぐ音がし、また二人の会話が聞こえた。

『……刺青、入れてるんだね……』

『…まぁ』

『過去になんかあったの?刺青は体に悪影響だよ』

『実は、この容姿で周りから毛嫌いされたことがあって……それでピアス開けて、刺青も入れたんです』

『それは辛かったね。でも良かったの?俺に任せて』

『…夢玖ちゃんなりの優しさだと思うんです』

機械で傷口の奥を止血し、縫合を始めた。福吉さんの手際はよく、処置室から『痛い』という声はあまり出なかった。

『そっか。にしても、あまりにも綺麗な背中だ。そりゃあ、こんな酷い擦り傷あったら放っておくのが辛いのも分かる』

『……あはは。元々夢玖ちゃんから、福吉さんのことよく聞いてて、凄い人だって』

『過去の経験を活かしてるだけさ。確かに医師ってだけで当時付き合ってた彼女が金目当てだと知ってさ…』

『えっ』

縫合しながらも、二人の会話は続いた。そして縫合も終わり、二人揃って処置室から出てきた。すると福吉さんは俺にこう言ってきた。『この事は職場の皆には内緒ね?』と。それに彼の後ろを歩いてる仁愛もなんだか嬉しそうだった。そして彼はこちらに軽く会釈をし、仁愛と病院の廊下を歩いた。

『………なんだか、二人ともいい感じだったね』

『…恋のキューピットか………如月は』

『あっ!そういえば夜海ちゃんもなんか…』

『待って、それ多分俺も知ってる………』


また別の日のこと……。俺が入院する前に、職場で二つの新しい関係が出来てることに気付いた。ある平日の夕方に、夜海と仁愛が遊びに来た。

『夢玖ちゃん〜!遊びに来たよ』

『あ、待ってた』

『………最近君達よく来るね?友達?』

『はい。えっと……影食夜海と、松寺仁愛っていうんです』

『へぇ〜……話はよく聞いてるよ。俺は加堂』

『よ、よろしく……です?』

この時の俺や廉命は、他の客の接客をしていて、手が空いてた如月は彼女達と加堂さんと話していた。ほぼ毎日見てる景色なのに、この一つの出会いが他の出会いを結びつけてるのは凄い。後に福吉さんと仁愛がいい感じになるとは知らずに、俺はその景色を想像していた。すると如月に声が掛かり、彼女はメガネコーナーへと客を案内した。すると十分後に彼女は帰ってきた。

『…………愛先生やった……』

『『へっ!?』』

『愛先生…?え?担任…?』

『はい……変装してたから、よう分からんかったけど………何とか雷磨さんに代わってもろた』

『確かあいつ彼女いなかったなぁ……その、愛先生って独身…なの?』

『あ…………あの、加堂さん…後ろ』

『え………?』

加堂さんが後ろを向くと、彼の背後から二人の人物による物凄い形相が彼を見ていた。すると愛先生は彼の元に寄り、こう言った。

『あなた…失礼過ぎない?独身って言ったでしょ?』

『………い、いえ……なんでも……ひぃっ!』

『加堂さん…?確かに僕には彼女はいません……せっかく墓場まで持ってこうとしてたことをよくも……』

『は、墓場は…大袈裟だろ……(怖ぇ…)』

ここの店長の弟である彼は、滅多に怒ることはないのか怒ると非常に怖い。地獄と変わらないくらいに。過去に俺が彼の眼鏡の先セルを誤って壊してしまった時には、誰もがこの世の終わりだと思っただろう。その後は福吉さんの修理によって直ったが、俺は雷磨に高価な飯を奢る羽目となり、今じゃ俺達は仲良いものの、一つ問題が……

『お義姉さん!どうしました…?』

『希望君聞いて…?この人、私が独身だと言ってきたの』

『何してんだよ加堂さん……すみませんお義姉さん…』

『全く………』

『………愛先生……すぐ近くにいい人いるんやない…?』

この時、如月はいけない発言をしてしまった。俺は愛に土下座する覚悟をしていて、空気は一瞬だけ凍った。そう、愛にとって"独身"は禁句ワードである。彼女は俺達の一つ上で、酒癖と男運以外は完璧な女性だ。しかし、妹である舞姫には俺という恋人がいるので、余計焦っているらしい。それに過去の男は皆遊び人ばかりで、まともに付き合ったことがない。すると愛は顔を赤らめて、目は横に泳がせながらこう言ったが、あまりにも予想外の答えだった。

『た、確かに………顔は…悪くない……かしら』

『え……ぇぇ…?』

『まぁ……さっきの接客も凄く丁寧だったし?』

『あ〜あ、先生もしかして……』

『とにかく、あなた達は危ないから早く帰宅しなさい?それと夢玖ちゃん、働きなさいよね!』

愛先生は『ありがとう』と言葉を零し、店を後にした。彼女とは週に三度、電話しているが、最近コンタクトを買うのが面倒になり、メガネが欲しいと言っていた。

『確かに美人だけどなぁ……如月ちゃん、羨ましいよ』

『あはは……他の生徒からも人気なんです』

『へぇ?最高じゃん……な、雷……』

『…。確かに、一緒に選んだ眼鏡、凄く似合ってました…よ?』

『後で詳しく……な?それにしても加堂さんはデリカシー無さすぎだろ…俺が殺される寸前だってのに…』

愛は俗に言う指揮官ポジションで、酒癖と男運以外は全て完璧である。それに雷磨も頬を赤らめてボソボソと言葉を吐いた。いつもの倍に増して声が小さく、聞き取るのも難しいくらいだった。歳も同じで、お互いフリーというのもあり、何かと共通点は多いのだろう。二人の表情を見て、彼らの恋を確信した俺達だった。するとある怒号の声が上がり、その方向に目をやると、接客していた廉命が客に殴られていた。

『ちょっと!靴磨けって言ったわよね!それに展示品ならなんでお安くならないのよっ!』

『申し訳ございません……それは、特に目立つ汚れもなく……お安くはなりません』

『客に口答えする普通っ!えっ!!お客様は神様でしょうがっ!』

『お客様、落ち着いて』

ある子供の母親に怒鳴られ、その父親に廉命は殴られていた。母親はヒステリックを起こし、ひたすら彼を罵倒しては父親は廉命の顔や頭を殴っていた。代わりに俺が対応しようとしたものの、既に店長が対応していた。

『うちの子が履くのよっ!汚い靴と思われたらどう責任取るのよこの餓鬼っ!』

『申し訳…あり、ま……せん……ぐふっ!』

『お客様っ!一度事務所でお話し聞きますから』

『………ごめんね夢玖ちゃん。私、帰るね』

『夜海ちゃん……っ!』

その光景を見ていた夜海が、帰ろうとしていた。恐らく、辛い過去を思い出してしまったのだろう。彼女は幼い頃に父親が病死し、母親と暮らすことになったものの、その新しい彼氏も一緒に暮らすようになり、二年ほど自宅で監禁されていたのだという。彼女に出来た心の傷は予想以上に癒えるのが遅く、今もフラッシュバックしてしまうのだとか…。加堂さんが彼女を呼び止め、競技コーナーへ連れた。たまたまシューズコーナーへ来ていた福吉さんも止めに入り、その二人は事務所へと連れていかれ、数分後に警察が到着し、そのまま連行された。

『仁愛ちゃん……申し訳ない…来てくれたんに』

『ううん……でも夜海ちゃんが心配だよ。大丈夫かな……』

『あぁ見えて加堂さんも、家庭で辛いことあったんだ…分かってくれるはずだよ。ごめんねこういうの見せちゃって』

『……ほら廉命、立てる?血も出てる。ほら、如月さん手当てしてあげて』

『はい……痛い……』

その頃はあまり客もいなく、いい時間になり、仁愛や夜海は帰る頃には加堂さんも戻ってきた。

『おかえり。何話してたの?』

『まぁ……色々ね。夜海ちゃん、家庭環境酷かったみたい』

『加堂さんも、家庭環境酷かった時あったもんね』

『まあね……俺の場合は兄弟差別だけどね。でも、あの子はいい子ってのはよく分かった』

『あ、加堂さんも……ひょっとしたら…』

『うるせぇチビ。いいじゃねぇか俺だって…』

………俺と如月との出会いが、三つの恋を結びつけるとは…思いもしなかった。もちろん、廉命の如月に対する恋心は変わらず、如月が彼の好意に気付くまでまだまだ時間が掛かるだろう。でも、俺が倒れる前に、三つの恋を結びつけることが出来て良かった……と思えた。



「ごめん生野さん〜」

「あ、仁愛ちゃんの治療終わったんだ?お帰り」

「だから皆には内緒って言ったじゃん…まぁいいや」

「で、仁愛ちゃんとご飯も食べてきたんだ?」

「まぁね……でも可愛かったなぁ……」

午後、福吉さんが病室に入ってきた。やはり、彼女の治療し、一緒に食事してきたらしい。彼の幸せそうな表情がその証拠とも言える。

「まぁ俺も雷磨も、連絡取り合ってるからな?」

「ついに二人にも春か……如月は凄いよ」

「……だから、一秒でも長く生きてくれよ?」

「はいはい。それはどうだか……あはは」

その日は夕方まで、色んな思い出話に花を咲かせた。口だけでなく、心で語った想い出だった。もし如月と出会えてなかったらこの展開はなく、多分俺も死んでいたはずだ。余命はあと五ヶ月程。だから、彼らの為にも、如月や廉命、舞姫の為にも一分一秒でも長く生きたい…。そう思えた…。





……To be continued

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