【第十七足】物理的接近
「廉命君」
「ん?」
「はいこれ!台本!読んでみて!」
─頼んだものをぺろりと平らげた俺は、夜海からある一冊の本を渡してきた。試しにページを捲ると、そこには劇の台詞や台本が書かれていた。
「普通の赤ずきんだと思うじゃない?廉命君が代わりの狼役になったから…ちょっと最後らへん、アレンジしたのよ!」
「ふふっ……廉命さんにとっては最高なシーンですよね〜夜海ちゃん」
「?」
─愛さんがにやけながら最後のページを見るように言ってきたので、試しにそこを捲ってみてみる!するとそこには──一般的な赤ずきんとはまた違う、ストーリーが広がっていたのだ。
「え……狼と赤ずきんが……結婚…?」
「狼って…おばあちゃんと赤ずきん食べちゃうじゃない…?だから、責任取って赤ずきんと結婚っ!どうかしら?」
「(えぇ……)いや…その……」
「めちゃくちゃ尻尾振ってる…素直になれば…まぁ、廉命さんツンデレだし狼役にピッタリかも」
「よし、試しに着替えてみようよっ!」
─世間で一般の赤ずきんは、母に祖母の家にパンとミルクを持っていくように言われ、向かってる時に、祖母を丸呑みした狼と遭遇し赤ずきんも丸呑みされてしまうが、最終的には狩人に仕留められ、赤ずきん達は助けられ、最後─狼の腹は重しと糸で閉じられ、海に沈んでしまう─という物語だ。
─この中で一番辛いのは狼。だが、この劇では─バットエンドではなく、ハッピーエンドで終わるらしい。俺は夜海から狼の衣装を渡され、着替えてみることにした。
─着ていた薄手のパーカーのジッパーを下げ、脱ぐ。するとピチピチの半袖と自身の鍛えられ過ぎた体がくっきりとした。
「胸板にシックスパック…あとの筋肉も…凄いよね」
「毎日暑いからね……でも、鍛え過ぎてこのシャツキツいかも」
「腕ぶっといわね……夢玖ちゃん、いい男に好かれてるわね」
「と、とりあえず…このもふもふのベスト着て、狼の尻尾に狼の付け耳、あとは首輪に黒の手袋に……やっぱり、予想どおりっ!」
「わぁ……っ!お手」
「わんっ!いや…俺犬じゃないからっ!狼だからっ!」
─狼の毛皮やら耳やら尻尾やら、あまりにももふもふ過ぎて暑苦しかった。
─暫くして劇が始まり───俺はそこで狼となった。
「赤ずきん、おばあちゃんにパンとミルクを届けてちょうだい」
「はいっ!お母様」
「赤ずきんは、家を出て、おばあさんの家へと歩いてましたが……」
「愛先生…可愛すぎ…」
「編みおろしか……こりゃまたビジュが爆発してるな」
「愛……お前は…っ」
「まあまあ。お姉ちゃんも楽しそうだしいいじゃん」
─母役の愛先生が、赤ずきん役の如月さんにパンとミルクを入れたカゴを渡し、如月さんは家を出た。そしてそのタイミングで、俺の出番がきた。
「おばあちゃ〜ん?来たで〜?」
「あらあら…可愛い赤ずきん……」
「パンとミルク、持ってきたで!」
「赤ずきんって…こんな関西弁話すっけ?」
「いや…あの子、大阪出身らしいよ」
「ふふっ……がおーっ!喰っちまうぞ」
─一度祖母の仁愛は後で登場するとして、狼役の俺が彼女の前に現れる。すると周りの観客席は、盛大な声で溢れていた。
「さっきのイケメン……なんでっ?」
「狼役…かっこいい……!」
「赤ずきんと狼、体格差凄いよなぁ……」
「耳と尻尾もふもふ…可愛い」
「あ、ええと……ふしゃーっ?あ」
─が、如月さんの台詞のミスにより、騒がしかった雰囲気は一瞬で凍ってしまった。本来ならそこの台詞は、狼に驚いた赤ずきんは悲鳴を上げるシーンなのだが、彼女は猫と同じ鳴き声を発してしまったのだ。
─が、俺は迷わず─赤ずきんを喰った。
「ふふっ……次は誰を…」
「あっ!そこのわんちゃんっ!お手っ!」
「わんっ!俺は犬じゃ…ねぇっ!うっ!」
「赤ずきんとおばあちゃんを返せっ!」
─それと同時に、狩人役の夜海が登場し、おもちゃのライフルで俺を撃ちあげた。そして俺は、彼女に引き摺られながら一度ステージを抜けた。
「ん……あ、赤ずきん…大丈夫?」
「あれ……おばあちゃんこそ、大丈夫?」
「私は大丈夫よ…無事で良かった」
「…………いない」
「えっ?」
「狼さん……おらへん」
「それは仕方ない……よ」
「あら赤ずきん…におばあちゃん…何があったの?」
「それが……って」
「がおっ!この前はごめんなさい……その、責任取って……俺と、結婚して下さい」
─そしてそこで仁愛と如月さんが登場し、狼は一度ステージから姿を消したが、また登場する。花束と─花嫁のヴェールを持って。
─赤ずきんの前にまた登場し、花束を目の前に差し出し、プロポーズの言葉を言う。それにより、周りの観客席は先程以上に騒ぎ出した。
「…………赤ずきんいいなぁ…イケメンにプロポーズされて」
「おばあちゃん……めちゃくちゃ美人だよなぁ」
「しかも胸のとこ、シャツのボタン弾け飛びそうだよなぁ…」
「(………ヤバいっ!俺…如月さんにプロポーズしてる…!劇じゃなくて…実際のデートで…プロポーズしたいのにっ!)」
「あのイケメン……凄い尻尾振ってる」
「ガタイの良さに対し犬系……」
─面と向かって如月さんに言うと、顔に青い炎が付くように熱かった。それに加え心臓の心拍数も上がっていて苦しかった。
─劇ではなく、"恋人の関係"になったら、真剣にプロポーズしたいのに─。
「………はい。よろこんで」
「…ふ、ふふっ……それじゃ挙式の準備だ」
「ん……お嫁さんのヴェール…?」
「ほら、俺の奥さんになるんだから……行くぞ」
─如月さんの返事と共に、彼女のフードを外し、花嫁のヴェールを着け、姫抱きをし、一度劇の幕を閉じた。予想以上ではあったが、周りからは、盛大な拍手や歓声が聞こえた。
─まさか自分が代役を務めるなんて思ってもいなかったが─如月さんと物理的に接近出来て良かった─と思えた。あの時の彼女は─桜や杏のような香りが漂っていた。
「廉命君、今日は本当にありがとう!」
「いえ…成功して良かったっす」
「そやっ!今度打ち上げせぇへん?」
「いいねっ!とりあえずお酒飲み放題でっ!」
「「「「「それは却下」」」」」
「え…」
─文化祭が終わり、俺は如月さん達と階段を上っていた。
─すると如月さんは打ち上げをしないか、と提案をしてきた。夜海はそれに乗り、アルコール飲み放題をリクエストしたが、高校生という肩書きによりそれは却下された。
「あ、とりあえず私学年主任に呼ばれてるんだったわ。皆、また後でね」
「はーい」
「私、トイレ行ってくるね」
「仁愛もトイレ行ってくる!」
「お、俺も………ちょっと」
─しかしそのタイミングで愛さんは学年主任との用事を思い出し、先に別れた。それと同時に、夜海も仁愛も御手洗に行くと階段を上ってトイレに向かった。
─如月さんと二人きりになり、あまりにも距離が近過ぎて─俺もその場を抜けたのだが─それがいけなかった。
「ふわぁ……打ち上げ、何がええかなぁ…」
「ねぇ…ちょっと」
「ん?」
「痛い目見てくれない?アンタみたいなブスが、あのイケメンと物理的に距離近いなんて許せないからっ!」
「どうせ色目使ったんでしょ?男好きだよね」
「え……?」
「赤ずきん役…男好きで立候補したんでしょ?」
「いや…その……ちゃうでっ!痛っ!」
「ふぅ……っ!き、如月さんっ!何があったの!」
「いや…その……そんな痛ないんで……」
「嘘つけっ!足首腫れてるだろっ!何があった…?」
「この子達に押されました……階段上ってる途中やったのに…それで、足挫いちゃって…痛っ!」
「いや…その……この子がドジだから、一人で転んだだけですよっ!それより先輩…連絡先交換しま「本当に一人で転んだのか…?」
─なんと、俺達が席を外している間に一人になった如月さんは、夜海と仁愛がいるトイレに行こうと階段を上ろうとしたが、目を付けられている複数の女子生徒達に見つかり、気に入らないことがあって、如月さんを突き飛ばしたのだ。幸い、骨折や脳震盪はないようで、足首を挫いてしまったらしい。
「い、院長……?」
「私は一部始終見てたがな…娘と合流しようと思って来てみたら……最近の若者は変わったな…十七八になって意地悪が許されるとでも思ったか?」
「痛っ……!」
「夢玖ちゃん大変っ!とりあえず、保健室から救護道具借りてくるねっ!お父さん、この子をお願い」
「分かった。何があって、こんなことをしたんだ?答えなさい」
「そ、それは……この子が…このイケメンと距離が近過ぎるから…っ!」
「男好きなのに、赤ずきん役立候補しやがって」
「しかもこのイケメン、このブスにメロメロだし……凄い腹立つっ!」
「そうか。よく分かった。つまり自分は悪くないと」
「当たり前じゃんっ!てかおじさん誰っ!」
「ジジイ帰れっ!」
「私のお父さんになんて酷い事言うのよっ!」
─なんと、如月さんを突き飛ばした女子生徒達は、自分に非がないことを主張している。いくら話しても気が変わらず、ひたすら如月さんに罵声を浴びせている─。
─すると少し上から、怒りの声が聞こえた。顔を上げてみると─愛さんと舞姫さん、夜海と仁愛が立っていた。
「何があったのよ……一体」
「愛…彼女らが、如月君を突き飛ばして、足首を挫いてしまったんだ。幸い骨折や脳震盪はないがな」
「はっ!夢玖ちゃんすぐに手当するねっ!」
「日出君に舞姫、影食君に松寺君は如月君を保健室に連れて彼女の手当を頼む。後で私と愛も来る」
「うちの教え子に怪我させて……お父さんのことをバカにして……あなた達の進路は…全部白紙にするわっ!」
「はぁっ!うちら悪くないしっ!あのイケメンが、このブスにメロメロなのがダメなのっ!」
「………そう。よく分かったわ。大学進学は無くなると思いなさい…。当然就職先も内定取り消しよ……」
─愛さんは彼女達にある罰を下した。大学推薦や就職先の内定を取り消すことを─。そりゃあ、如月さんを傷付けた事実と比べれば、軽い方だろう。
─が、女子生徒達は懲りずにいた。ひたすら自分たちは悪くない、と主張をしてきたのだ。
─すると、院長は愛さんの生徒指導っぷりに関心していたのか、女子生徒達の視線は如月さんや愛さんから、院長に向いた。
「はぁ……娘が制裁を下してるなんて…」
「院長、関心してる場合じゃないっすよ!」
「はぁ……?院長?」
「あら、私のお父さん……南北北病院の理事長兼院長なのよね……優秀な医師よ」
「え……?医師……?しかも病院の理事長…?」
「私を怒らせたということは……愛、分かるな?」
「当たり前よ……時間はたっぷりあるわ…さぁ」
─その後、如月さんは手当をされ、院長に診てもらったら、彼女は一週間安静にすればいいらしい。
「それで捻挫かぁ…如月さん、辛かったべ」
「はい……まぁ。あの人達の進路は白紙に戻ったんで、結果オーライですけど」
「ふぅ……あ、なんか廉命…狼役やったらしいね」
「煙草吸いながら喋んないの……あ、写真見してよ」
─後日のアルバイトにて。俺は相変わらず売り場にはいるものの、足首の捻挫が良くなるまで如月さんは後方での作業になった。
─結局、如月さんを突き飛ばした女子生徒達の進路は無くなり、愛さんに反抗したことにより、退学処分をしたことを、夜海から聞いた。
─そのことを、バイト先の店長に話し、携帯で撮った写真を見せた。それには、アリス喫茶の写真や劇の写真を見せた。
「へぇ……あ、廉命…犬役じゃないんだ」
「わんっ!その……狼役っす」
「どれどれ…?わあ……刺青の子は白ウサギとおばあちゃん役の衣装か……胸の部分キツそうだな……でもめちゃくちゃ可愛い」
「福吉さんって…何気に仁愛ちゃんのこと好きだよね」
「けほっ!けほ……いや、あの子が特に印象に残ってるだけだよ………すう……ふぅ…」
「福吉さん…今日も煙草決まってるっすね……廉命、なんか如月ちゃんから聞いたけどよ、狼役やったんだってな?」
「なんか狼役の人が家の都合で休んだみたいで…」
「それで……進展はしたのか?」
「いや……でも、物理的には接近……しました」
─高校の第二の思い出ともいえる文化祭で、俺と如月さんの距離は縮まったはずだった──。
─第三者から見れば、俺達の物理的な距離は─どれくらいだろうか。
……To be continued
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます