〔中編〕❸物理的接近。
「ここが私達の志望してる大学……」
「思った以上に偉大だね……」
「迷子にならないかな〜?夢玖ちゃん」
「ならへんて……廉命さんもおるし。受付行こ」
夏休みのある日の土日。俺達は大学のオープンキャンパスに来ていた。夜海に仁愛、凪優に如月さん、そして俺。最近やっとこのメンツには慣れてきたが、どうしても目のやり場に困る……。何故なら………如月さんが日に日に綺麗になっているからである。出会った当初は純粋でお洒落に興味がなかったものの、今では化粧もするようになり、私服だって可愛い。というか彼女自体が可愛いことには変わりないが…。
「まぁ夢玖ちゃんには廉命君いるし、ね?」
「夜海……はぁ……まぁ行こうか」
大学の正門を一歩一歩踏み、受付を済ませ、オープンキャンパスが始まった。初めて見た大学の教室や構造、サークルなど如月さんや凪優、仁愛は目を輝かせている。俺と如月さんは体育学部で、夜海と仁愛が社会学部、凪優が福祉学部を志望しているので、俺達は入口付近で解散し、昼食に食堂で集合することになった。
「如月さんオッドアイなんだ!いいじゃんLINE交換でも……」
「えぇっ「如月さん、ちょっと……行くよ」
「ちょっ……廉命さん…?」
授業の体験中、近くにいた男子学生達が如月さんに話し掛けてきた。しかも初対面にも関わらず、連絡先を交換しようとしていたので、俺は彼女の首根っこを掴み、人気のないところまで引き摺る。片腕だけで引き摺れるほど、思った以上に小さくて軽い…。如月さんを解放すると、俺は怯えてる彼女を睨みつけた。分かってる。嫉妬してるくらい……。
「……他の男を引き寄せるなんて……如月さん、気をつけてよ」
「……いや………えぇっ?」
「……とにかく、俺から離れないこと。分かった?」
「………はい…」
俺に注意された後も如月さんは他の男子学生に声を掛けられていたが、自前の紅い瞳で彼女の背後で彼らを睨みつけたので、如月さんは悪い虫に絡まれずに済んだ。彼女は生野さんのものでもあるのに、俺のものでもある。そんな物みたいな扱いをしてるわけではないが、彼女は俺の大事な人だ。生野さんから言われてるとおり、俺は如月さんの傍にいるだけ…。午前の部が終わり、俺達は食堂付近で集合し、そのまま学食の試食となった。
「そっちどうだった?」
「中でもスポーツ科学科は魅力的やったなー……ジムもあるし、運動の授業もあるみたい」
「へぇ……保健体育の方じゃないんだ……?」
「ぶふっ!」
何てことを言ってくれるんだ。仁愛がぼそっと口にし、俺は"保健体育"というワードに過剰反応してしまった。一瞬想像してしまいそうになった……。合流次第、午前の部で体験した内容を報告し合いつつも昼食を食べていた。体育学部では体育教員を目指す学科もスポーツ関係の職を目指す学科もあるそうで、俺達は中でもスポーツ科学科に興味が湧いていた。夜海や仁愛の社会学部では授業体験、凪優の福祉学部では介護体験をしたそうだ。
「保健体育……?そんなのなかったかな…?ね、廉命さん?」
「……あ、…あぁ……その…違う」
「へぇ?てか廉命君すっごい食べるね」
「いや……」
あまりにもいかがわしい想像してしまい、どうしても頭が回らない。これには如月さんに対して過保護な俺にも非はあるのだが、一番の原因は………
「大体、如月さんは無防備だよ……」
「えぇっ?急にどうしたんですか?」
「如月さん、俺以外の男に声掛けられてたの。許せねぇ……」
「その…廉命さん……あの……ねぇ?」
「夢玖……廉命さんから離れないでね?危ないから」
「う……うん」
それに彼女の昼食の量が少な過ぎる…。何なんだこの量は。如月さんは食事が面倒と感じることが多く夜ご飯は食べないことも多いと生野さんから電話で聞いた。そりゃ小柄なのも納得は出来る。
「…それと食べる量少な過ぎ…。これも食べなさい」
「いや……えぇです……」
「はぁ…。食べないから低血糖にもなりやすい!あと食べないから身体が成長しねぇんだっっ!」
「「「………」」」
嗚呼、やらかしてしまった。食堂で他の学生やオープンキャンパスに来ている人々がいるにも関わらず、俺は大声を上げてしまった。如月さんに小鉢をあげるだけだったのに、あまりにも彼女が食べないから……。てか身体が成長しないとか…俺はどれだけ彼女に対して変態なのだろう…。消えたいと思ったが、夜海が「それだけ夢玖ちゃんが大事なんだね…」とフォローした。余計な一言過ぎて、むしろ俺には逆効果だった。
「………その、ごめん……」
「………いえ」
やっと我に返っては顔が真っ赤になり、両手でその顔を覆った。それに対し如月さんは、あまりにも純粋過ぎて、俺の言ってる意味が分からないのだろう。次第に午後の部で説明会も終わり、一通りオープンキャンパスは終了となった。それぞれ解散した。この出来事を機に如月さんとは少し気まずくなったが、粉物パーティを開いたら彼女の機嫌は異常に良くなった。そして今は少しづつ、彼女との距離を縮めているに至る……。
「……いやいや、廉命って意外と……」
「違うんすよ………だって如月さんが…」
「出た。夢玖ちゃんのことがそれだけ好きなんだよね〜……どうしてそんなに好きなの?」
「あ!それ俺も知りたかった」
俺ら以外誰もいない喫茶室に響く興味津々な声。どうして如月さんを好きになったのか…。意外な質問だった。それは俺にもよく分からないが、強いて言うなら、 同じ両親に捨てられた彼女と幸せになりたいと強く思ったからだろう。両親に捨てられる前は、いつになればあの地獄から解放されるのか、弟達はいつになれば解放されるのか、そんなことばかり考えつつも、家庭環境が悪化する日々を送っていた。それに対し彼女は、澄んだ瞳の色で周りから毛嫌いされ、生まれた時から両親に捨てられていた。だからこの酷く傷付いた体で彼女と幸せになりたい。そう思ったから、如月さんに恋をしている。それをそのまま話すと、二人はニヤニヤしながら色々質問してきた。
「あいつ、恋には鈍感だけど告るのいつなんだよ?」
「本当に、夢玖ちゃん鈍いよね……」
「………本当に、鈍いですね……でも」
「でも…?」
彼女が選んだ相手が俺以外の男なら、俺は諦める。ひたすら如月さんの幸せを願う…。そう二人に伝えた。すると生野さんがこう返してきた。
「そんなの俺が許さない。だって如月は、いつも廉命のこと話してるぞ?勉強教えてくれたこと、夜海ちゃんのこととかも」
「……まぁ夢玖ちゃんも……ねぇ?」
「えぇ………」
「とにかく廉命……俺が死ぬ前には…その、告れよ?それで結果を教えてくれ……」
「………仕方ないっすね」
「それに俺には見えるぞ!お前らが結婚する未来がよぉ」
「〜!」
この人まで何を言ってるんだ…。しかも結婚って。俺と如月さんは、まだそういう関係ではない。まぁ彼の言うことが、俺の願いでもあるのだが…。また別の日のアルバイトで更なる接近が起きた。
「廉命さん、私このシューズ達積み上げますね」
「おう……落ちんなよ?」
「落ちまへんって………」
ある日のアルバイト、その日の見舞いは加堂さんと福吉さんが行っていて、盾澤店長の指示で俺達は在庫を上に積み上げていた。生野さんが倒れるまでは、代わりに生野さんや俺がしていたが、今では如月さんも高所に慣れてよく脚立に登る。脚立の最上に登る彼女を見上げてると、何故かぼーっとしていた。
「……命さん……廉命さんっ!」
「あ………悪い」
「……さっき加堂さんからLINE来てましたけど、生野さんうるさいみたいです」
「……へ、へぇ?」
小さな背中に女性らしいボディライン。出会った当初は壁のように真っ平らだったのに、今は違うらしい。生野さんと共に過ごすようになってからは、鎖骨や腰の下の膨らみが日に日に成長してきたようだ。彼女は俺の二つ下…つまり十八歳…。もうそういう歳頃なのだろうか……。二箇所に視線を送りつつも作業を続けていたが、途中で如月さんが足を踏み外し、彼女の体が宙へと舞った。
「ふぅ……っしょ!終わっ………あれ?えっ?」
「っ!危ないっ……!」
「っ!…………廉、命さん……?」
「大丈夫?全く、気をつけてよ………はぁ…」
咄嗟に俺は、その宙に舞った体を両腕で受け止めた。それにしても彼女は思った以上に軽い…というか顔が近い。それと同時にサラサラの黒髪から甘い香りがした。顔が近いこともあり、クラクラしそうになった。一度冷静になった俺は軽く彼女を叱り、彼女を地へ降ろした。それと同時に来ていけない人物が来てしまった。
「なんか……大きな音がしたけど大丈夫?」
「いえ…大丈夫です」
「へぇ〜?廉命、なんか顔赤いよ?」
「違ッ!これは如月さんが、脚立で足を踏み外すから!」
「かーっ!甘酸っぱい!如月さん鈍いよね。今まで彼氏は出来たことないの?」
「ないです…」
「へ〜?廉命、チャンスだよっ?ハハッ」
「〜!」
盾澤店長だった。丁度サッカースパイクの接客が終わり、シューズコーナーから聞こえた俺達の声により駆け付けてきたようだった。先ほどのことは少女漫画に出てきそうな場面でもあり、俺も如月さんと物理的に急接近してボンッ!と顔が赤くなった。そして彼は「生野さんもいたら面白かったのにな〜」と余計な一言を言ってきた。確かに生野さんもこの場にいたらと思うと……想像以上に大変なことになるだろう。
「えぇ……鬼すか……」
多分というか……確定で如月さんは、この時の俺の気持ちが分かっていないと思う。そういうハプニングがありつつも受験勉強に励み、バイトの休憩中には凪優と如月さんに勉強を教えている。凪優は英語、彼女は歴史や現代社会、地理が苦手なので、学歴主義の親の言いなりで培った頭脳を用いて、短い時間だが二人に勉強を教えている。もちろん生野さんの見舞いもかかさず、霜月の今に至る…。来月、ついに俺達は受験本番である。俺達や生野さんの未来はこの手に………あるのだと思い、盾澤店長が桃色の瞳でこちらにそう訴えてきたような気がした。
……To be continued
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