〔中編〕❷打ち明けの時間
「希望君、体調はどう?」
「元気とは言えないねぇ……うっ!」
「あ、大丈夫?!」
「………いつもごめん。ありがとう」
「ううん……でも希望君、本当にいいの?」
俺が倒れた一週間後、舞姫が見舞いに来てくれた。本来なら彼女の姉兼如月の担任である愛も来る予定だったが、急遽出張が入ってしまい、来れなくなった。たまたま舞姫が来れる日が今日で良かったと思い、舞姫もその質問をしてきた。
「いいんだよ。舞姫にも、アイツらにも…幸せになって欲しいからさ…」
「まぁ、希望君が決めたことだから止めないけど……」
「店長もお義父さんから話聞いてるからね…」
「……そっか…」
余命宣告もされ、それは一年も持たない可能性大とのことで、如月が高校卒業するまで生きれる可能性も低いらしい。今も吐血して、口の中は常に血の味で、何日も続く高熱により俺の体は日に日に弱っている。すると舞姫がこんなことを話してきた。
「ねぇ希望君……なんか、入院してる希望君見ると、七年前のことを思い出すな……」
「…そう、だな……てか、もうそんな経つんだな。俺ら」
「そうだよ。お父さんも、あなたを拾って良かったって言ってる」
「……そっか…」
確かにかれこれ舞姫と付き合って七年は経つ。中学生の時から今日まで恋人として付き合っているわけだが、これにはエピソードというものがあった。きっかけは舞姫が周りの女子から金銭を要求されていたことだった。
『舞姫、お金貸して!お願い!』
『それはちょっと……』
『はぁ?お金持ちのクセに!お父さんが医者のクセに!』
『何よ一万くらいいいじゃない!地方で有名な医師の父親がアンタなんて!』
『嫌っ!やめて!』
持病で中々学校に行けてなかった俺は、ある日何を思ってたのか、放課後は屋上にいた。屋上から見える景色、青い空を見ては俺はあと何年生きられるのか、なんなら近いうちに倒れて死んでしまうのは…と考えてばかりだった。もちろんその日も同じことを考えつつ、屋上に行くと、舞姫がいた。
『やめて!』
『お金渡すまで帰さないからっ!早く!』
『ダメ!これは…お姉ちゃんの誕生日に使うの!』
『はぁ……生意気!ムカつく!』
『痛いっ!』
複数人の同じクラスの女子に囲まれ、金銭を要求されていた。しかもその額は少なくて一万円以上で、しかも彼女たちは校内で有名な問題児達だ。
『大体、こんなに地味でブスなアンタが!有名な医者の父親で、お金持ちで優等生ってのが気に入らないの!』
『………酷い』
『…ほんっとにムカつく!』
『いやっ!やめて!』
中での一番の問題児であるクラスの女子が舞姫に拳を振ろうとした。その瞬間、走って俺はその拳を受け止めた。波動が全身に響き、手のひらが内出血を起こした。
『……やめろよ……お前らがムカつくわ』
『何このチビ!病気のクセに!』
『うぐっ!』
舞姫を庇ったそれから俺は周りの女子から殴られた。色白かつ女子より低身長な俺が舞姫を守り切れるわけがないと、痛いほど分かってるはずなのに、俺は持病ながら舞姫を必死に庇った。飽きて女子達が屋上から去ると、俺は意識を失い、気付けば保健室のベッドで寝ていた。
『………ん、ここは?』
『保健室だよ。その……生野君、大丈夫?』
『……あぁ……』
『その…さっきありがとう』
『いいんだよ…………うぐっ!』
『血?!しっかりして!!』
『いいのいいの。慣れてるから………』
目が覚めると、俺は起き上がり、近くで舞姫が声を掛けてくれた。どうやら付き添ってくれたらしい。
『本当にありがとう……生野君……下の名前、なんて読むの?』
『分かりにくいよね……ゆめって読むんだ』
『へ〜!これから希望君って呼ぶね!』
その日から俺達は移動教室や体育などで行動を共にするようになり、気付けば俺達は男女の仲になり、恋人として交際するようになった。ある日、舞姫からこんなことを言われた。
『実は希望君のこと………ずっと前から知ってたの』
『……まじ?』
『うん……お父さんが希望君の担当医でね、よくあなたのことは聞いてたの』
『まじか……なんか申し訳ねぇな……』
『色々話聞いててね……希望君のことが気になるようになったの』
『やめてよ…恥ずかしい……』
『ふふっ顔真っ赤。可愛い』
いつもの屋上で二人きりで話していた放課後に言われた。こんなにも前から俺のことを想ってくれる人がいるなんて思いもしなかった。それからまた入院したが、舞姫が毎日のように見舞いに来てくれた。
『希望君、大丈夫?』
『まぁ元気だよ………』
『お父さんも、何とか熱下がってるって』
『そっか……良かった』
『そういえば希望君のご両親、来ないね』
確かに俺の両親は毎日のように見舞いに来てくれていたが、中学生になってから見舞いに来なくなっていた。というか中学入学以来、ほぼ毎日祖母の家で日々を送っていた。両親が見舞いに来なくなった理由を知ったあの日、俺は壊れそうになった。
『父ちゃん……今日も来ないのかな…』
『………流石に今日は来て欲しいな〜……せめて母ちゃんだけでも来てくれよ……』
『邪魔する……おい、生野希望ってのはてめぇか?』
『…誰だよおっさん……俺今具合悪いんだけど』
ある日、病室に柄の悪い男性が入ってきた。そこにいた看護師や医師、患者は怯えていた。俺が対抗しようとすると、その男性は俺に睨みつけてきた。
『お?生意気なガキだな………まぁいい。これ見な』
『…………借用書?……って』
『……本当は俺がこうして現れちゃいけねぇのは分かってる。その、アンタも大変だな…』
彼はヤクザで、俗に言う反社会的勢力というもので、大柄な体格に黒褐色の肌。サングラスに腕や顔の刺青や傷跡。それらが闇社会を物語っているようにも見える。ヤクザが俺の目の前にある一枚の紙を見せてきた。
『……そんな……父ちゃん…母ちゃん……ヒック』
『可哀想で仕方ねぇが……死んでも払ってもらうぞ』
『っ!そんな……あんまりだよ……』
『アンタの両親は………アンタを裏切った。今は行方不明で、アンタの内蔵も好きにしろって言ってたよ……』
どういうことだ。借用書の連帯保証人のところに俺のフルネームが書かれていた。俺に隠れて多額の借金を抱えて、しかも返せやしないのに連帯保証人を俺にした。つまり俺は両親に裏切られていた。どおりで見舞いに来なくなったのも納得出来る。しかも両親は最後に産まなきゃ良かっただの、近いうちに死ぬだろうから俺の内蔵は好きにしていい、と言ったそうだ……。それならこの希望って名前の意味がなくなってしまう…。
『それって……』
『残念ながら、ドナーじゃなくて…人身取引としてだ。肝臓は高く売れるのは事実だからな……』
これ以上言葉が出なかった。その後のことはよく覚えていない。ただ、舞姫の父親が俺のことを強く抱き締めてたのは鮮明に覚えている。今思うと舞姫やその父親がいなかったら、俺の心はとっくに壊れていた。二人には正直感謝しかない。でも両親から「産まなきゃ良かった」と言われたことは二十一歳の今でも傷付いている。
「希望君…?希望君?」
「…悪い。過去のこと思い出してさ……」
「……そっか…。それに……余命、半年なんだって……?」
「……うん……舞姫、廉命を今夜ここに来るよう伝えて」
「分かった…」
気付けば夜になり、病院食を食べ、夜の九時になった時に廉命が病室に来た。表情からするに、俺が彼を呼んだ理由が分かってるのだろう。
「はぁはぁっ……遅くなりました…」
「来てくれてありがとう。ここじゃアレだし、場所変えようか」
「はい……。生野さん、立てます?」
「大丈夫だっての……でも久しぶりに歩くな」
「俺がおぶります……」
本当なら廉命の肩を借りるべきなのだが、彼との身長差が大きく、久しぶりに歩くので彼に背負ってもらい、喫茶室に辿り着いた席に座り、俺は重い口を開いた。
「………何となく言いたいことが分かるだろ?」
「………余命、宣告されたんですよね?」
「そうだね………実は俺の余命、半年なんだってさ……あはは」
「笑うどころじゃないですよ……約束したじゃないすか…」
最期まで傍にいるって。廉命がぼそっと口に出した。高校で初めて廉命と話した時、俺達は死ぬまで傍にいる、と約束を交わした。そのことを俺も廉命も一度も忘れたことはない。歳や訳は違うが両親に捨てられて俺達は出会えた。舞姫ともその約束を交わしている。すると二人は涙を流していた。
「……ぐすっ……こんなにも短いのね…ひっく」
「…早すぎるよ…如月さん…ひっく」
「あ!そういえばこの前大学のオープンキャンパス行ってきたとか言ってたよな?」
「………ぐすっ………はい」
大粒の涙が、舞姫のエメラルドのように澄んだ瞳と、廉命の紅い瞳を潤ませて、窓から差す月明かりが栗色の髪と赤茶の髪を照らした。如月で思い出し、俺は一瞬空気読めない話題を振ってしまった。
「へぇ……で、如月とはどうなの?」
「……いや、それは……」
「なんか廉命君……ふふっ色々やらかしたみたい……」
「………へぇ?詳しく聞こうじゃねぇの」
「えぇっ?二人とも鬼…?はぁ……」
あと何分何秒生きれるのかとか過去とか、脳裏にはそのことばかり浮かんでいたが、この間廉命が、皆と大学のオープンキャンパスに行ってきたというので俺と舞姫は自販機で買った水を片手に廉命から話を聞いた。大体の予想はできてるが……。
……To be continued
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