〔中編〕❶毒な宣告。


ーフラッ、バタンッ………!!

如月の夏休みが明けて数日経過した某日。どうも俺の身体が言うことを聞かず、横に倒れ床に強く打ち付けた。それに気付いた廉命はすぐ俺のところに駆け寄り、俺の身体を揺さぶった。余計なことをするな……と言いたいところだが、上手く口が動かず、当然体も動かない。この間の検診で医師から、病状が悪化してるため、入院した方がいいと言われたが、俺は無理して入院せずに日々を送っていた。でも……やっぱり俺には残された時間がないらしい。

「生野さんっ!生野さんっ!」

「…………廉……命……」

「ちょっとどうしたの!」

「生野さんが……倒れて…!」

その時に丁度俺に用事があった福吉さんが現れ、廉命は彼に俺が倒れたことを話す。視界もボヤけていて、意識が朦朧としている。何よりも全身が痛い。次第に盾澤兄弟、加堂さんも来て、呼ばれた救急車に乗り、俺は運ばれた。


「…………ん」

「………ここは?」

「病院だよ。生野さんのことだから、ずっと無理してたよね?暫く入院だってさ」

「………はぁ?俺…まだ」

「大丈夫。廉命と如月さんは俺達が何とかするから、治療に専念して」

「………」

次に目が覚めると、俺は病院のベッドに横たわっていた。左腕には点滴が繋がれていて、相変わらず全身の痛みにより自分におかれた状況が一瞬で理解出来た。医師の言う通り、俺の余命はそんなに長くないらしい。具体的な期間は言われていないが、彼女が……如月が高校を卒業するまでは生きられるのだろうか……。付き添いで共にいた福吉さんは携帯で誰かに電話を掛けた。

「盾澤さん、生野さん目が覚めました」

<良かった………彼は今喋れそう?>

「動悸に出血も見られるので、難しそうです」

<だよね……明日俺達も来るから。それだけ伝えといて>

「……はい。その…廉命は…」

盾澤店長だった。俺が目を覚ましたことや入院のことを伝え、その電話は終わったと同時に医師が病室に入ってきた。もう何年も世話になっているので、目を見ただけでも自分の病状が分かった。

「……生野君、君の余命は長くない。その……最悪な場合を考えておいてくれ……申し訳ない」

「………はい」

「今娘にも連絡は入れた。もうすぐ来るみたいだ」

その発言によりバタバタと病室近くから走る音が響き、勢いよく病室のドアが開いた。そこから息切れをした舞姫と愛が俺の目の前に現れた。どうやら実習や仕事を無理して抜けてきたらしい。

「希望君っ!どうして…」

「希望君………あなたは本当に…」

「ごめんなさい。その……気持ちの整理がつかなくて…」

「気持ちの、整理……?」

二人は俺の顔を見ては、俺が無理をしていたことを責めてきたが、気持ちの整理がつかなかったのだ。それは倒れた今もそうだが、如月や廉命に今の病状を説明したら、二人は絶対に辛い思いをする。それに何より、周りに迷惑を掛けるのではと思い、一晩考えても正解が見えず、気持ちの整理がついていなかったのだ。その結果が、周りに迷惑を掛けてしまうことになるとは…まぁ、分かり切っていたことだが。

「確かに、特に夢玖ちゃんはあなたのことを話してるわ。心配だって」

「まぁ……如月には大丈夫と言ってるんですけど、流石に分かってますよね…あはは」

「とりあえず、今日は帰って二人に色々話してみる。明日には入院に必要なもの持っていくから」

「分かった」

「夢玖ちゃんと廉命君は……私達に任せて」

「………はい」

その日から入院生活が始まった。暫くして高熱を出し、当然飯も食えやしないが、これは俺が無理してきた罰で、舞姫達に心配を掛けてしまっている罪を償うように生きている。左腕に繋がれた点滴の針が、俺の腕の中で動き、その痛みが如月や廉命に対しての罪悪感を感じてしまう。

「生野希望さん。体調はどうですか?」

「えと……大丈夫です」

「……そうですか」

毎日何度も変わる変わる医師や看護師に体調の確認をされて、その度に俺は大丈夫と申し出ているが、彼らは俺が嘘ついてるようにも見えているはずだ。そりゃそうか。その日は水曜日、本来なら俺も加堂さんも、盾澤兄弟も、如月も廉命も凪優も出勤しているのだが、その日はそうではないらしい。すると病室のドアが勢いよく開き、凄く見覚えのある男女が入ってきた。

「はぁっ………はぁっ!」

「………如月っちと……廉命?」

「二人が…この馬鹿が心配だからって聞かなくて……もちろん店長も許してくれたよ」

「…あぁ」

如月と廉命だった。特に如月の目は真っ赤で少し腫れていた。多分、盾澤店長に俺の現状を教えられ、あまりにもショックだったのだろう。二人の後に加堂さんも病室に入ってきた。彼の言う馬鹿は何処からどう見ても俺のことで、俺もそのことを自覚していた。俺の身勝手な理由で、二人を悲しませてしまったのは事実であるのだから。如月はひたすら泣いてばかりで、廉命も片手で顔を隠しては泣いていた。

「……生野さんの……嘘つき……あほっ!」

「……如月……」

「…やって……やってぇっ!生野さん、いつもうちらの前では元気な振りをしとった!見えないように!よく血を吐いとった!なんで……ヒック!」

「…………なぁ、なんでアンタは俺達のことを優先して無理をした!なんで如月さんに黙って元気な振りをしてた!なぁっ!」

「…廉命」

この二人を悲しませてしまった罪は死んでも償い切れない…というか、余命の関係で償えない。でも、地獄でその罪は償ってやろう。高熱により視界が時々ボヤけて、如月と廉命の顔がボヤけて見える。

「……とにかく、お前が生きてて良かったわ。ほら二人とも、戻るよ」

「…わざわざ俺の為に来たのか…ありがと」

「………ずっとリハビリ通ってるのもあって、過去の俺と重ねてさ…まぁ、言いたいことは分かるよ」

「…………そっか」

加堂さんと他愛ない会話を交わし、彼らは病室を後にして、店に戻っていった。加堂さんは学生時代、有名なラグビー選手だった。しかし大怪我をしたことにより、生涯リハビリしないといけない状態になり、骨がくっついても心は折れたままになっているのだとか……。わけは違うが俺の言いたいことが分かるそうだ。俺にとっての加堂さんは先輩で、アルバイトとして働いてた時には特に可愛がってくれた記憶がある。それに今思うと、俺の職場にはそれぞれ違う地獄を見てきた人が集まっているようにも見える。そういう意味では心強いのだが、凄く申し訳ないようにも思える。

「…………俺、あとどれくらい生きれるのかな」

毎分毎秒、そう思いながらその日は明け、また違う日の診察で、ついに言い渡されてしまった。

「……生野君、君の余命は…一年も持たない」

「……そう、ですか…」

ついに、医師から俺の余命が言い渡された。俗に言う余命宣告ってやつだ。その事実だけは意外とすんなり受け入れられたが、内心では皆には俺の何を遺そうか、考えてばかりだった。その事で頭がいっぱいになり、窓の外を見ている時だった。

「……生野さん、来ましたよ」

「おう雷ちゃん……その、店長は?」

「…兄貴は今……医師と話してます」

「そっか………」

「……シューズは、廉命君と如月さん、加堂さんや兄貴で埋め合わせをしてます」

「…やっぱりな…」

病室に雷磨が入って、俺のベッド付近の椅子に腰掛けた。盾澤店長は今、医師と話しているらしい。雷磨は俺の一つ歳上だが、盾澤店長と比べてかなり内向的で、管理者ポジションである。失明しそうになった事故に巻き込まれ、医師に助けられたことにより、今はスポーツ眼科医を目指しつつ日々勉強している。二人で話していると、次第に店長も病室に入ってきた。

「……ふぅ、生野さん、体調どう?って聞きたいけどそれどころじゃないか…」

「…まぁ………」

「…兄貴、生野さんに話すことあるんでしょ?」

「そうだったそうだった。医師から話は聞いたよ……時間、そんなにないんでしょ?」

「……はい。その、これ…」

「ん…」

俺は枕元に隠してた、ある書類を盾澤店長に渡した…。多分、というか俺にとっては…退職届という遺書といった方が正しいのだろう。彼は医師から俺の病状や余命を説明されたようで、本題について話してきた。基本、退職は業務の引き継ぎやロッカーの中身の持ち帰り、手続き等を終えなければいけない。

「……生野さんさ、如月さんや廉命に対してどう思ってるの?」

「…二人には、申し訳なく思ってます。その…二人を悲しませてしまった罪は大きいです」

「……そっか。二人には、出来るだけ君の傍にいるよう伝えてあるんだ」

如月の青春の一部を俺の見舞いで壊してしまうことになるとは…俺はまた罪悪感を抱いてしまった。すると凄く知っている医師が病室に入ってきた。

「……生野君…じゃなくて希望君だな。その…舞姫達には、君のことは私から話しておいたよ」

「わざわざすみません……」

「……私達も、最善を尽くす。一緒に闘病しよう」

舞姫や愛の父親で、俺の担当医である煌星癒…。彼は過去に妻の不倫と怠惰な態度が原因で離婚し、二人の娘を持つシングルファーザー兼医者である。彼は俺に、「一緒に闘おう」とこちらに手を差し伸べ、俺は頑張って手を伸ばし、その手を取った。その時の心臓の動きは正常で、遺された時間をどう使うか、必死に考える日でもあった。





……To be continued

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