〔上編〕❺白い空に咲く華は。(後編)

「はぁっ……はぁっ……!」

「れ、廉命……さん?」

「如月……さん……」

…何を思って自分は今この状況を受け入れているのだろう。事は数十分前、俺は如月さんの好きなたこ焼きを食べてしまい、彼女が怒って俺の体を揺すると同時につまづいて、俺の胸にもたれ掛かろうとした時に、勢い余って彼女の体を抱き締めてしまった。思った以上に彼女は小さく華奢で、何よりも落ち着く、凄い甘い香りがした。それに初めてのおめかしでとても綺麗になった彼女を、それだけ彼女を独り占めしたかったのか、強く抱き締めてしまった。我に返ると、自分はとんでもないことをしていて、夜海や生野さんは特に驚いていた。恥ずかしさのあまり、彼女と一緒に頭を冷やそうと彼女を姫抱きにして、人気のない場所へ移り、大樹に彼女の背中を押し付けた。彼女を独占したい。これが俺の行動の理由が大半だが、それよりもう一つ重要なことがあった。

「廉命さんっ!」

「痛っ!」

「………たこ焼きのこと、まだ怒ってはいますけど……その、どうして……?」

「………その、ごめん。実はね、生野さんが……」

彼女のビンタで再び我に返った。俺に肩を押さえつけられてるにも関わらず、小柄な体型を活かしたようだった。その頃には俺の頭は冷静になっていて、彼女に俺の行動の理由について語った。彼女とは以前話した内容で「周りに見えないものが自分たちには見える気がする」という話だ。確かに如月さんも毎日のように悪い夢や予知夢を見ている。もちろん俺も、生野さんの余命がなんとなく分かる。彼は重度の先天性白血病だが、最近は医療の発達と薬のお陰で最近までは元気だった。何故なら先ほど生野さんの口から少し出血していたからだった。彼女に先ほどのことを言うと、彼女は例の予知夢について話した。

「………そんな……確かに、私も夢で見たんですけど…」

「……生野さんに関する内容?」

「はい。私達が二十代半ばになってる頃には……生野さんは……」

「…っ!実は俺も…生野さん、そんな長くないんじゃないかって思ってる……奇跡的に今日まで生きれてるけど、長くて六年とか…」

つい最近分かったことがある。生野さんは最近、無理をしている。しかも如月さんや俺に心配掛けたくないあまりに。それと、如月さんと俺の話してる期間はほぼ一致している。期間というのは、生野さんの余命で、俺達が二十代半ばになっている頃には彼はもう……お天国にいる可能性が高い。舞姫さんからLINEで、彼が無理をしていないか聞いてくることも最近はよくある事で、如月さんを悲しませたくないあまりに、無理をしている。

「………なんで生野さんは……私達なんかを拾ってくれたんでしょうか……」

「………生野さん、持病が原因で両親が蒸発してから色々大変だったみたいだよ。それがきっかけだったはずだ」

「……でも、わざわざ私を連れ去る必要はなかったと思いますけどね…?」

「っ!そ、それは……その……」

オッドアイがこちらと目が合い、全身が熱を発する。彼女を独占したかったからなんて言えない。でも俺自身には生野さんの命が見えること、最近の生野さんが無理をしていることを伝えるタイミングが無くて、一分一秒でも早く彼女に伝えるため…と言っておけば如月さんは納得してくれるだろうか。すると、少し遠くの方から花火が打ち上がる音がし、人々の歓声もこちらまで響いた。それと同時に俺の腹の虫が鳴り、如月さんの手を引き、生野さんの元へ戻ろうとした。

「……その、ごめんね?」

「…たこ焼き、買ってくれたら許します。あ、お好み焼きも冷めとる……もうっ!」

「……仕方ねぇな……買ってあげるから」

そう言うと彼女は瞳の輝きを戻し、俺に飛びついた。それほど粉物が好きなのだろう。近くの屋台でたこ焼き屋 やお好み焼き、焼きそば、ポテト等を買い、生野さんの元へ戻ろうとした。その時に一通のLINEが送信された。携帯を見ると、こういうメッセージが書いてあった。

「(………夜海のやつ……てか、仁愛ちゃんまで)」

「廉命さんっ!次、かき氷っ!」

「子供か!まぁ…行こうか」

LINEは仁愛と夜海からで、『二人でごゆっくり』と書いてあった。俺達の近くにはいるらしいが、わざと俺達を二人きりにしているらしい。子供のように袖を引っ張る如月さんにつられ、かき氷の屋台の周りまで引っ張られた。こんなに小柄な割には力が強い……というか怪力だ。まあそんなことを言ったらまた彼女が怒鳴るのであえて言わないが。すると屋台に立っている店主が俺達を見て話し掛けてきた。

「旦那ー、困るぜぇ?ワシらの前でイチャつくとは…」

「イチャついてなんか…!」

「廉命さ〜んっ!私ティラミスのかき氷がええです」

「旦那…アンタも大変だなぁ。この流れによると、付き合っては「いませんっ!!」

咄嗟に否定の言葉が出た。そりゃそうだ。俺達はまだそういう関係では…いや、如月さんがあまりにも鈍感で進展してないだけで、俺達は決してそういう関係ではない。もちろん、先程の夜海チョイスのクレープによる関節キスやたこ焼きによる姫抱きは、反射的に起こったものだ。屋台の店主にからかわれ、俺の顔はひたすら赤く熱を発していく。それに対し如月さんは、店主の話の意味がよく分からずに澄んだオッドアイを丸くしながら「かき氷〜!」と子供のように求めている。

「嬢ちゃん、ほれサービスだ。旦那、嬢ちゃんと幸せにな」

「えぇ……」

「わぁ〜!」

彼女の目の前に差し出されたのは、店主ご自慢のティラミスかき氷で値段も相応で会計を済ませ、かき氷が溶けないうちに花火のよく見えるところに彼女を連れた。かき氷と打ち上がる花火に夢中で我を忘れている如月さんは、俺と顔を合わせ、かき氷を一口救って俺の目の前に差し出した。

「廉命さん、あーん」

「あーー……んぐぅっ!けホッけホッ!」

「ごめんなさい…大丈夫ですか?」

「いや、大丈夫……掛かってるココアでむせったわ……」

言えない。彼女の不意打ちで驚いたなんて……。それに、上に掛かってるココアパウダーでむせり掛けたのも事実で、なんとか事を大きくせずに済んだが、をしても……平気な顔をしているとは……。そういえば生野さんが言っていた。日付けが変わる瞬間に、ハート型の花火が打ち上がると同時に、好きな人に告白すると結ばれることを…。如月さんの鈍感さを考えるとまだ告白は早い……だが、ここで想いを伝えないと後悔してしまう自分もいる。でも、彼女に俺以外の男がいることを想像すると非常に不愉快だ………。これは掛けてみるしかない。ひたすら高鳴る心臓の音に耐えながら、打ち上げ花火も終盤に掛かり、ついにその時が来た。

「あの……如月さん」

「んぐぅ…?」

「……………あのね……俺と……」

そこからは、花火の音で何も聞こえず、打ち上げ花火は終わった。すると後ろの方から物凄く知ってる話し声が聞こえた。後ろを振り返ると、生野さんと舞姫さん、如月さんの担任、夜海、凪優、仁愛が立っていた。生野さんはその足でこちらに近付いてニヤニヤしながら俺に話し掛けてきた。

「へ〜?で、どうだったの?」

「………記憶ないです…」

「まさかこのタイミングで告白とは……青春ね」

「うん………想定外……」

「廉命君、どうだった?」

「廉命さんっ!」

「えぇ…?…えっ」

次第に夜海達も駆け付け、次々と聞いてくる。先程の………告白の結果を……果たして如月さんは同意してくれるだろうか…。両親の望む東大受験に失敗して、両親から弟達を守り続けて出来た、二度と消えやしない顔の傷…。こんな俺との交際は同意してくれるのか…如月さんの方を見ると彼女と目が合い、彼女のビリジアンとトパーズのように澄んだ瞳を見つめる。すると彼女も俺の方に近づき……更に心臓がバクバクとうるさくなった。

「廉命さん………」

「(うわぁついに二人とも付き合うんだ…!)」

「(もしかしたらプロポーズもしてたかもっ!)」

「(夢玖ちゃん……どう答えるのかしら…)」

「……如月さん……「是非…」

「うぉぉ!廉命っ!」

「粉物パーティ!是非やりましょうっ!」

「……………え?」

如月さんの台詞に周りの雰囲気が崩壊してしまった。俺はハート型の花火と同時に、如月さんへの告白の言葉を彼女に発した。でも彼女は花火の音で聞こえなく、何故か俺が粉物パーティに誘ったように聞こえたらしい。確かに彼女と一緒にいたいのは事実で、少なくとも今日を機に進展するといいのだが…。ていうか何だよ粉物パーティって…。

「夢玖ちゃん…?その……聞こえなかったの?」

「…えっ?粉物パーティの事?」

「いや……廉命さんが言いたかったこと」

「うーん……俺と………としか聞きとれへんかったわ」

「……廉命、ちょっと…」

如月さんは仁愛に先程のことを聞かれても、俺の言いたかったことが聞こえなかったと主張している。すると生野さんがこちらに手招きし、彼の元に寄ると、先程のことを聞いてきた。

「……廉五郎さ、お前何言ったの?」

「…俺と家族になって下さいって……」

「…………待て。出会って四ヶ月だろ?普通に考えてそれは重くね?」

「……それは、如月さんが俺以外の男に取られるのが嫌で……」

「なるほどね……如月っち、意外と耳遠いんだよな…」

確かに如月さんは意外と耳が遠いことは承知していたつもりだったのに、いきなり家族になって下さいと伝えたら気持ち悪がられると思い、怖くて声が小さくなってしまった。でも、彼女は恋愛には異常に鈍感なため、思いっきり伝えても良かったのかもしれない……。

「でも、これからだぞ。廉命」

「……はい……(あれ…?)」

「ん?どうした?」

「……いや、何でもないです」

「?」

生野さんが俺の背中をバシバシと叩きながら俺に「どんまい」とひたすら言ってくるが、彼の様子がなんかおかしかった。夏の暑さとはいえ、息が荒く、顔が赤い。生野さんは男性にしてはかなりの色白で、頬の赤さが余計引き立っていて、またくちから少し血が出ていた。

「希望君、私お姉ちゃん介抱してくるから、夢玖ちゃん達連れて先に帰っててくれる?」

「わかった。お義姉さんによろしく伝えといて」

「うん…。その、希望君大丈夫?」

「………ああ。大丈夫」

「ならいいんだけど……夢玖ちゃん達を頼んだよ」

この頃には、如月さんの担任こと愛先生は絵に描いたように酔っ払っていて、舞姫さんに介抱されつつ帰路に着くことになった。皆で駐車場へ向かい、愛先生の車に彼女を乗せ、舞姫さんが運転して、俺達はいったん別れることとなった。愛先生の車が見えなくなった時に生野さんも「行くぞ」と俺達の前に出ようとしたが、俺はあえて止めた。

「いや生野さん……たまには俺に任せてくださいよ……」

「なぁに。お前はまだ二十歳だろ?いいよ」

「一つしか変わらないじゃないすか……とりあえず、帰りは俺に任せてっ!」

俺達も何とか帰路に着き、次第に舞姫さんも帰ってきた。如月さんは眠そうにコクコク、と俯いていて、俺はただ、生野さんが心配で彼を見ていた。今の彼は……絶対大丈夫ではない。

「花火……凄かったな……」

「そうだね〜……廉命君、夢玖ちゃんになんて伝えたの?」

「……家族になって下さいって」

「……流石に重いよな…多分、廉命は如月の鈍感さを計算したんだろ」

「はい……そうじゃないと伝わらないかなって…」

「伝わらない、ねぇ」

如月さんがお風呂に入っている間に、俺と生野さん、舞姫さんは先ほどのことについて話していた。生野さんの言う通り、如月さんの鈍感さを計算して告白したのは事実だ。彼女の鈍感さと俺の台詞が中和し、更には彼女の意外と難聴な一面と花火による爆音と人々の歓声により、何故か粉物パーティの勧誘ということになった。確かに帰り際、如月さんは粉物に何を入れるかについて熱く語っていた。浴衣姿で好きな物について熱く語っている彼女が倍に増して愛しく見えて、うなじや首筋につたる汗が彼女の色っぽさを引き立たせた。こんな彼女を、俺だけのものにしたい。それに……俺達には何かすべきことがあるのではと思い、俺は彼女を無理やり連れて、二人きりにし、生野さんのことを伝えた。そこで、なるべく生野さんの傍にいることを努めようと二人で誓った。やがて如月さん達は夏休みに入り、夏休みを終えてからなお熱く、ジメジメとした日々が続いた。俺達は毎日生野さんについてLINEや電話にて報連相し合う日々を送っていた。でも………残酷なことに彼は……………。





……To be continued

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る