〔上編〕❹白い空に咲く華は。(前編)

「今度夏祭りあるの!皆で行かない?」

「楽しそう!いいね!行こ!」

「……行きたい」

「よし!誰誘う?」

ある日の学校の昼休み、仁愛が携帯の画面を見せてきて、皆で行こうと提案してきた。夜海も私も彼女の提案に乗ったが、ついでに誰を誘うかという議題に移った。私は凪優さえ誘えばいいと思っていた。だが仁愛と夜海は他に別の人を誘いたいらしい。なんとなくその予想は的中している…。

「これを機に廉命君も…!」

「うんうん!絶対二人きりにしないと…!」

「…?」

やっぱり、廉命さんだった。どうして彼と二人きりになる必要性があるというのだ。すると夜海も携帯の画面をこちらに見せてきた。それは生野さんとのLINEのトーク画面で、私と廉命さんに関する内容だった。もちろんリアルタイムで話してて、既読のタイミングも早い。生野さんも同じこと思ってるんだ…。この時間だと彼も昼休憩に入っているのだろう。すると、私の携帯に着信が掛かってきた。私は席を外しつつも電話に出る。

<あ、夢玖?>

<凪優?どしたん?>

<LINE打つのめんどいから電話掛けたんだけど、大丈夫だった?>

<ううん。大丈夫やで。今昼休みやから。どしたん?>

<えとね、実は今度の夏祭り、一緒に行けないかなって>

<それね〜、仁愛ちゃんと夜海ちゃんと行く約束してて、誰か誘わないかって話してん>

<なら、うちも一緒に行っていいかお願いしてもらってもいい?>

<うん。わかった。じゃあね>

凪優だった。彼女も夏祭りの事が気になっていたようで、私に電話を掛けてきたらしい。昼休みが終わり、他の授業も終わって下校となり、アルバイトでは……

「如月ちゃん、夏祭りはどうするの?」

「凪優と高校の友達と行く約束してます」

「あ〜……あいつとは行かないんだ?」

「えぇ…誰の事ですか?」

「廉命。あいつよく如月ちゃんの事話してるよ」

「廉命さん……多分彼も来るので」

凪優が担当している競技コーナーの手伝いをしていると、加堂さんが夏祭りについて話してきた。彼とは凪優と友達になってから話すことが多い。それに彼は学生時代、有名な選手だったものの、大怪我で強制引退され、精神的に行き詰まってしまったのだとか…。すると、凄く見覚えのある男性が近くに来た。

「あぁ。廉太は間違いなく来る。夜海ちゃんからLINEで聞いたもん。即返信来たってよ」

「やっぱり…。廉命のやつ、わかりやすいよなぁ…仕事中も時々如月ちゃんのことも見てるよね」

「加堂さんもいい人見つけろよな〜」

「こんなチビでも彼女いるとか……」

「いやチビって…少なくとも如月よりデカいよ」

「そういうことじゃないよ。身長的に人権無いよ?お前」

「それでも筋肉結構ついてるから!ほら!」

生野さんと加堂さんは顔を合わせる度に、他愛のない会話をしている。確かに生野さんは男性にしてはかなり低身長で、世間では、身長百七十センチない男には人権がないといわれているらしい。まさに生野さんのことだ。でも彼は、重い持病によって食べられるものが制限されているため、食物や調理法を考慮しなくてはならない。すると生野さんはこちらに視線を向けて話してきた。

「…それで、夏祭りは夜の九時から始まるんだ。あと今年は打ち上げ花火もあるんだとよ」

「花火かぁ…チャンスじゃん。如月ちゃん、浴衣は?」

「それが…無くて……」

「大丈夫。俺が選んでやる!」

「よせチビ。如月ちゃん、生野のファッションセンスは酷いぞ…」

やがてその日のアルバイトは終わり、帰宅した際に夜海からLINEが来ていた。そのメッセージを表示するとあるURLが貼られていた。それをタップすると、某ファッションブランドのオンラインストアだった。しかも、浴衣特集もあり、見てみると沢山の可愛い浴衣が載っていた。猫柄、薔薇柄、ストライプ柄…様々な浴衣の写真や詳細等を見てみると、また夜海からLINEが来た。

「……浴衣持ってるか分からないけど、これおすすめだよって……」

そのメッセージに対し、浴衣持ってないこととありがとうと返信すると、また彼女からのLINEが来た。

「…えっ、こんな大人っぽいのが…いいんか?」

「あ、その浴衣可愛い!いいじゃん買いなよ!」

「ま、舞姫さん?他にも可愛い浴衣沢山あるので迷ってるんですよ……」

「なるほどねぇ……ふふっ。ちょっと携帯貸して?」

「あ、はい」

夜海から送られたスクショは、紺色で全体に猫と桜の柄が散りばめられた浴衣だった。帯は白で、下に着るインナーは舞姫さんが貸してくれるらしい。舞姫さんは私の携帯を手に取り、すぐに返した。が、その画面を見て私は目を丸くした。

「…ご注文ありがとうございましたって……えぇ?」

「絶対夢玖ちゃんに似合うよ!その浴衣。希望君も言ってたし」

「あぁ。着付けと化粧は舞姫に任せて、髪は俺に任せとけ!」

「えぇ………?」

「希望君、ヘアアレンジ上手いの!ほら見て!」

そう言って舞姫さんは携帯の画面を見せる。その画面は綺麗に編み込まれた髪型の写真で、それに感動していると、生野さんがポンッと私の肩に手を置いた。

「な?俺に任せとけ!」

「ね〜!楽しみ!」

そして夏祭り当日、期末テストが終わってすぐに集まり、生野さんの部屋に集まり、荷物を置いて、私と凪優はアルバイトへ向かった。私がシューズコーナーに向かうと、廉命さんが硬直していた。

「あ、あ………き、如月さん……あはは」

「…廉命さん、もしかして……」

「夏祭りなんて興味ねぇからなっ!」

「そうムキになるな。廉命は夏祭りじゃなくて、お前の浴衣姿にずっと興味あるんだから」

「えぇ……怖い」

「怖っ……うっ」

私の一言が廉命さんの心を突き刺すような気がした。化粧やお洒落にまだまだ興味が湧かない、こんな私の浴衣姿に興味があるのはどうしてなんだろうか。こちらと顔を合わせる度に、廉命さんは顔を赤くして目を逸らしてくる。その風景に生野さんは呆れているらしい。確かに彼らと出会って四ヶ月は経過しようとしているが、廉命さんが徐々に私に対して過保護になっている。今日のアルバイトが終わったら、夜海と仁愛、凪優と舞姫さんと皆で浴衣の着付けや化粧をして、皆で夏祭りに出掛けようという話にはなっている。閉店作業で夏祭りについて凪優と話してると、仁愛からLINEがきた。

「仁愛ちゃんから………今日楽しみだねって…」

「今年は珍しく花火も上がるってさ」

「聞いた聞いた。初めての夏祭りやなぁ…」

「…きっと夢玖も楽しいよ。終礼行こ」

「うん」

簡単に終礼も終わり、その日のアルバイトは終わった。私達は一度生野さんの部屋で着付けをし、三十分くらいで準備を終えた。

「……仁愛ちゃ、まだ?」

「もう少しだよ……こういう赤みのアイシャドウも……」

「可愛いよね!凪優ちゃんも準備出来たところだし、行こうか!」

「待て。俺の仕上げがまだだ」

家を出ようとした直前に、生野さんが部屋に入ってきて、せっせと私と凪優の髪を弄り、器用に編み込み、結い上げていった。私の場合は髪の長さが足りず、ツインのお団子になり、凪優は編みおろしの髪型へとなった。最後にコテやヘアアイロンで顔周りや前髪を巻き、生野さんによるヘアアレンジは終わった。

「めっちゃ可愛い…!夢玖ちゃん似合ってる!凪優ちゃんも!」

「あぁ……廉命も喜ぶな!」

「そろそろ行かないとですね」

私達が家を出ると、玄関の前には廉命さんがいた。やっぱり私の予感は的中していた。廉命さんは私を見るなり顔を紅く染めて、逸らしてきた。

「あはは、やっぱり男の子だねぇ…?」

「もっと見てあげなよ〜廉命君」

「ほら、花火行くぞ」

並列になり、夏祭り会場へと向かうと大勢の人が集まっていた。道を歩くにつれ、沢山の屋台や人が続き、色々と目移りしてしまう。最も惹かれたのがたこ焼きとお好み焼きの屋台で、私はすぐに突っ走ってしまった。

「ちょ…如月さんっ!」

大勢の人がいるにも関わらず、私は屋台でたこ焼きやお好み焼きを買い、生野さんのところに戻った。パックに詰められたお好み焼きやたこ焼きの出来たてさ、温かさにうっとりしていると、廉命さんが紅い瞳でこちらを睨んできた。

「全く………危なかったな……はぁ」

「えぇ……?」

「さすが大阪人。粉物美味しいからね〜」

「夢玖ちゃん、一口頂戴」

「ええよ。ほら」

「……わぁ……って熱っ!」

それに対し、仁愛は何を思ったのか、たこ焼きを一口頂戴と言ってきて、口つけてないたこ焼きに楊枝を指し、彼女に差し出すと、仁愛はすぐに口を入れた。仁愛が熱そうに悶えてると、市民の新聞記者がこちらに寄ってきた。

「お姉ちゃん可愛いねぇ?良かったら僕達と……」

「えぇ?これ写っても大丈夫なら……ほら」

「ひっ!ご、ごめんなさい〜!」

「………仁愛ちゃん、今のって…?」

「実は私……鎖骨に刺青入れてて…」

見た感じ中年のエロ親父といったところで、仁愛をいやらしい視線で見ながら彼女に話し掛けていた。だが仁愛は浴衣の襟を少し引き出し、鎖骨の刺青を見せると、その新聞記者は逃げるように去っていった。そして彼女は、生野さんや廉命さん、舞姫さんにも自分の秘密を明かした。大勢の人がいるにも関わらず、美しさで目立つほど容姿端麗であり、執拗いスカウトには慣れているらしい。すると、生野さんがこう話してきた。

「如月、廉命も腹減ってるってよ」

「へぇ……?んぐんぐ…」

「希望君、クレープとチョコバナナ、りんご飴に唐揚げ買ってきたよ!」

「お、舞姫。ありがとう」

「生野さん……糖尿病にならないんですか?」

「確かに食べれるものは限られてるけど、考えてるよ」

いつの間にかいなかった舞姫さんと夜海、凪優が戻ってきて、白いレジ袋からはりんご飴、チョコバナナ、両手にはクレープを持っていた。生野さんはもちろん生クリームが入っていないやつで、舞姫さんはりんごカスタード、夜海はチョコバナナ、凪優はミックスベリーのクレープを買ってきたようだ。すると夜海は私にクレープを手渡してきた。

「はい、夢玖ちゃん」

「……ええと?」

「二人で食べてね。廉命君と」

「ちょっ!夜海!」

夜海の行動に対し、廉命さんが赤面する。というか、どうして一つのクレープを彼と半分こしないといけないのか。しかも夜海は私が甘いもの得意ではないことを計算して、生クリームの量が倍に盛られていた。私は一口だけ食べてあとは廉命さんに渡した。生クリーム一口だけでもボリュームが凄いし、何よりも自分には甘味が強くとても食べ切れない。

「良かったですねぇ、廉命さん」

「はぁっ!夜海…」

「素直じゃないんだから、ほら食べなよ」

「えぇ……」

夜海と仁愛に促され、廉命さんは大きい一口でクレープを頬張った。生クリームの甘さとボリュームで生クリーム倍増しのクレープを一人で食べるのはほぼ不可能だろう。でも、彼の大柄な体格を考えると、それは可能に近い。しばらくたこ焼きを食べながら道を歩いていると、ある女性がこちらに近付いてきた。

「あれ……あ、先生!おーい」

「わ〜先生!」

「夢玖ちゃんに仁愛ちゃん、夜海ちゃんまで…あとお友達?」

「はい。夢玖の友達の凪優です」

「あらいつもお世話になってるわ。それと……」

「お姉ちゃん楽しそう……」

「違うわよっ!私は妹と教え子が心配で…!」

なんと、私達の担任である煌星愛もこの夏祭りに来ていたのだ。妹の舞姫さんと私達が心配で来たというが、実際はそうでないらしい。生徒の補導という理由で、浴衣姿で片手に缶ビール、屋台で買ったものであろう食べ物が沢山入ったレジ袋が腕に提げられていた。顔も少し赤く染まり、ひゃっくりもしていた。その酔いの勢いで買ったであろうお面も付けていた。愛先生は二十二歳の新米教師で、「生徒指導」が口癖であるため、普段は厳しいものの、美人で生徒思いの教師だ。酔いのせいで浴衣もやや乱れつつあり、普段の真面目な顔や怒った顔からは想像出来ない程、面も蕩けている。

「いや……お姉ちゃん楽しんでるじゃん」

「いやぁ?違うわよ…ヒック…私は生徒の補導で…」

「お義姉さんも来てたんですね」

「ちょっと待って?妹とか、お姉ちゃんって……先生と舞姫さんは姉妹なんですか?」

「あぁ!確かに、顔そっくり!」

「あら、言ってなかったっけ?……そう、私と舞姫は姉妹なの!」

いや初耳だ。確かに舞姫さんは出会った当初に、自身の姉が高校の教師をしていると言ってたが、今酔っている愛先生がそうだったとは…。てか、この中で一番夏祭りを満喫してるのは愛先生だろう、と誰もがそう思っているだろう。すると愛先生は私の左手にアイコンタクトを送ってきたので、それに目をやると、楊枝に刺さっていたたこ焼きがなくなっていた。自分で食べた記憶はなく、食べる直前に愛先生を見掛けた嬉しさで、たこ焼きを刺した楊枝を持ってるにも関わらず、左手をピシッと挙げていた。移動も難しいなか、カラスや鳥に取られたことは十分に可能性を感じにくい…。それに、私の隣には廉命さんと凪優がいて、少なくとも凪優は人のものを無断で盗るようなことはしない……。生野さんが声を出した時だった。

「全く。廉命……最初から食いたいならちゃんと言えよ……」

「違うんすよっ!別に腹減ってねぇし…」

「…………夢玖?」

「嘘……わ、私……の………推しが……」

「夢玖ちゃん……?ちょっと怖いよ?」

私のたこ焼きがなくなっていたのは、廉命さんが犯人らしい。しかも最後の一個だった。彼はそれを強く否定するが、口元に小ネギが付いてるので言い逃れは出来ない。彼に食べられたショックにより私は少し意気消沈していた。

「如月さんごめん……わざとじゃないんだ」

「フシャーーっ!」

「あーぁ。夢玖ちゃん怒っちゃった……廉命君のせいで」

「違うんだ……その……無防備なこと、やめて欲しくて…」

「がルルル……フシャーっ!」

いや何を言っているんだ。私の大事な大事なたこ焼きがなくなったんだけど。廉命さんを酷く睨むが全く無効で両手で廉命さんの両腕を掴み、彼の大きい体を揺するが彼の身体はビクともしない。次第に私はつまづき、前に倒れようとした時に廉命さんが私の体を抱き締めた。突然のことに驚き、彼の胸を押すがやっぱりビクともしない。夜海や仁愛、凪優や生野さんがその時を見て驚いた時、ある一つの放送が鳴った。あと十分程で花火の打ち上げが始まるらしい。すると廉命さんは何を思ったのか、そのまま私を姫抱きにし、人混みを避けながら何処かへ走っていった。

「ちょ、廉命さん!」

「………アイツも中々やるな、なぁ夜海ちゃん」

「はい。こんなに本気な廉命君は初めてです」

「まぁ!夢玖ちゃん青春してる!ヒック…」

「後でお姉ちゃん介抱すると私だから、お姉ちゃんも花火見に行くよ……」

ザッザッザッザッ……私の身体を軽々しく姫抱きし、人気のないところへ走っていく。果たして、廉命さんの目的はなんだろうか。というか私はこのまま生きて生野さんの所へ帰ってこれるのだろうか……。






……To be continued


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