ZooZooトレイン

「うるっせぇええ!!」

 私は大声で怒鳴り、赤信号で止まった車の助手席から飛び降りた。義母ママンと夫の3人で動物園に向かう途中だった。何が原因か忘れるほどに些細な事だったが、静かな雪のように降り積もったイライラが爆発した瞬間であった。

 夫は歩道を歩く私の傍をのろのろ運転でついてきて、窓から顔と肘を出してナンパ男よろしく話しかけてくる。

「何怒ってんだよぉ。乗れよ~」

「うるせえ」

「置いてくぞ~」

「勝手にしろ!」

「ママンも楽しみにしてたのになあ」

「……」

「チンピラちゃんのせいで台無しぃ~」

 無視して歩き続けていると、一旦停止した車の後部から義母が降りて来た。呆気に取られる私の腕に、すっと腕を絡め、駅の方角に向かって歩き出す。

「もうね、夫くんは腹が立つ子だから2人で行きましょ」

「そっすね」

 こういう時に味方になってくれる義母は頼もしい。私と義母は、恋人同士のように腕を組んで、予定通り動物園に行くことにした。

 

 電車に揺られ、動物園にやってくると、義母はスキップせんばかりの勢いで真っ先に売店に向かう。

「チンピラちゃん、ソフトクリーム食べましょうよ」

「動物は?」

「後で!こういうとこで食べるソフトクリームって美味しいのよね」

「たしかに」

 キリンの前のベンチに座り、買って来た2種類の味のソフトクリームをシェアして食べる。スプーンでバニラをひと掬いした義母は、その黒目がちな瞳を伏せて、申し訳なさそうに呟く。

「……ごめんなさいね。夫くんのこと」

「すんません、私も大人げなかったっす」

「私が体弱くて入院ばかりしてたから、子供の頃あまり手をかけてあげられなくって寂しい思いをさせたから……」

「そんなん全部が母親のせいな訳じゃねえっしょ。体が弱いのもママンのせいじゃねえし。あと、昔がどうであれ、本人にその気があれば、大人になってからの言動は自分で変えられるもんっすよ」

「そうよねえ。いつもありがとう、えらいわ、チンピラちゃん」

「いえいえ、こちらこそいつもありがとうございます」

 褒められる人生を送って来た訳でもないが、ことあるごとに感謝を伝えてくれる義母に、私も感謝したい。2人で米つきバッタのように頭を下げ合っていると、手にしたソフトクリームが溶けてきた。

 ぬるくなったソフトクリームを、半ば啜るように食べ、コーンを齧ろうとしたら、義母に止められた。

「あら、コーンは食べなくていいのよ」

「え?なんで?むしろこっからが本番では?」

「だって、私のお母様が『コーンは鯉の餌だから食べなくていい』って、お庭の鯉にあげてたもの」

「マジすか!?」

 。お嬢様は全ての生物に「持てる者の義務 (ノブレスオブリージュ)」を発動するのだ。庶民の私には受け止めきれない驚愕の真実である。いや、絶対違うと思うが。

 私は残ったコーンを名残惜しく見つめ、義母と一緒に動物園内の鯉の池を探して歩き始めた。


「でも1人で置いてきてちょっとかわいそうよね」と、帰りに義母が夫に買ったお土産は、『動物園に行ってきました』という商品名のゴリラの糞を模した洋菓子だった。

 エッジが効いてんな、ママン。

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