おねえさんがいっぱい
その日は天気が良かったので虫干しをしていた。あまりに物が多い
手描きの花々の上から刺繡や箔押しなどを加えた華やかな絹の振袖について、義母がなんちゃら禅とか言ってたけど、私は全く興味がないので聞き流していた。くれると言ったがもちろん断った。極妻の二の舞はご免である。
「私、体が弱かったの」
「今もあんま丈夫じゃないっすね」
唐突な彼女の呟きを拾った私は、去年の冬に肺炎を拗らせていた義母のことを思い出す。陽気でぶっ飛んだ性格だが、見た目は華奢で色白で時々消えてしまいそうに儚い風情なのだ。
「生まれた時も子供の頃も何度も死にかけて、お父様は『生きてるだけでいい』ってなんでも好きにさせてくれたの」
「そうなんすか。大変でしたね」
「朝起きてボーッと立ってると、おねえさんが全部着替えさせてくれたわ」
義母の姉には会ったことがあるが、彼女とは似ても似つかない容姿で、性格もかなり豪快な人だった記憶がある。そんなに妹想いだったとは……。
「ずいぶん面倒見のいいお姉さんっすね」
「そうね、それが仕事だし?」
「仕事?」
「子守の人を『おねえさん』と呼んでたの」
「なる」
御付きの侍女がいたということか、と納得する。さもありなん。もう何を聞いても驚かない。
「この着物はお父様が20歳のお祝いにくださったの。当時100万はしたって言ってたかしら」
「ほーん」
現在の価格に換算などするまい。しても無駄なことだ。私も遠い目をして庭のサクランボの実を見つめる。
「これを着てお見合いもしたわ。知人の会合で見かけたパパリンに一目惚れしたから、お父様にお願いして席を設けて貰ったの」
「ほうほう」
「でも何故かお父様は結婚に反対だったのよね。おねえさんがいたからかしら」
「お姉さんがいると駄目なんすか?」
「家族ぐるみで仲良くて、一緒に住んでる20歳年上の内縁の妻だったのよ。私もおねえさんて呼んでたわ」
「おい、パパリン……」
これは源氏物語か何かか?つまり籍を入れたママンが北の方、おねえさんは側室だったということだ。庶民の私にはお金持ちの結婚事情は分からない。現妻ちゃんはまた別の人だし、パパリンに突っ込まずにいられない。
「結婚させてくれなきゃシヌって大騒ぎして、やっとゆるしてもらったわ」
「マジすか。おねえさんとは揉めなかったんすか?」
「さあ……虐められてたかもしれないけど、私よく分かってなかったみたいね。パパリンが大好きだったし。うふふ」
義母は微笑みながら振袖を羽織り、その鮮やかな色合いを纏う。少女の面影を残したまま、清も濁も吞み込んで、「生きてるだけで満点」と無邪気に笑うしなやかな強さに、私はいつも心打たれるのだ。
ロックだな、ママン。
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