再の瓦
だから、義母が「崩れかけた石垣を修復してほしい」と言った時も、なんら違和感を覚えなかった。マコリンが遺した青い作業用ツナギは私が受け継いだ形になっている。
庭の手入れをした時に出た石が大量にある。私はまず、コンクリで補修した後に石を埋め込めばいいかと考え、義母に声をかけた。
「近くのホムセン行くんでチャリ貸してください」
「ごめんなさいね、パンクしてるのよ」
「後で直す。しかし車は夫が乗って行っちまったしなあ」
「そうだわ、これ使って」
義母は花柄の買い物カートを引っ張り出してきた。これでコンクリを買ってこいと?まあ、ないよりはマシか。
私は黒の革ジャンを着てブーツを履き、花柄のファンシーな買い物カートを引いてホームセンターに出かけた。意外と広範囲に崩れているので、20㎏ほどのコンクリの袋を買って、来た道を引き返す。
『砂・砂利不要!水だけお手軽コンクリート』が690円とは有り難い。半額値引きシールの刺身を見つけた時の喜びに等しい。歩きながら、この辺りの思考が既におかしいことに気付いたが、後の祭りである。
ペンキの一斗缶を再利用し、コンクリと水を混ぜ合わせる。灰色のドロドロしたコンクリをぐるぐると掻き混ぜなら、
左官用のコテを使って、地道に穴を埋める。傍らに積み上げた石を、当てはまる形に組んでいく。パズルのようで楽しい。時々通る近所の人に挨拶すると、お茶やお菓子などを差し入れてくれる。みんないい人だ。渡る世間に鬼はなし。賽の河原で石を蹴散らす鬼はここにはいないのだ。
ようやく作業を終えた私は、片付けをして家の中に戻った。ツナギを脱いでいる私を、ピンクのフリルエプロンを着けた義母がニコニコしながら労ってくれた。
「ありがとう、チンピラちゃん、すごいわ!冷やし中華作ったから一緒に食べましょ」
「あざーす」
私は食卓につき、箸を手に取った。多少麺が伸びているが、今回はレシピ通りに作ったらしい冷やし中華は、ちゃんと冷やし中華の味がした。
「美味いっすね」
「うふふ、ありがと。今日は失敗しなかったわ」
どこか誇らしげな義母に微笑み返すと、彼女は箸を置き、両手の指を組んで握り締めた。その上目遣い。イヤな予感しかしない。
「それでね、さっき屋根の瓦が落ちてきたの。なんとかならない?」
私はしばし目を瞑り、トッピングの錦糸卵に混じった殻を噛みしめていた。
ママン、知ってるか?それは嫁の仕事じゃねえんだよ?
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