桜の、その……

 白いワンピース姿の義母ママンが土手を降りようとすると、1人の壮年男性が手を差し伸べた。2人はそのまま腕を組んで、遊歩道をのんびり歩いている。

「チンピラちゃん、天気が良いからお花見に行きましょうよ」と誘われたのは、麗らかな春の朝だった。

 私は自分で詰めた重箱を持って、義母と男性の背中を追うようにゆっくりと歩いていた。


「そうだわ、パパリンも誘いましょう」

 実は義母は再婚で、パパリンとは夫の実父のことだ。私にとっては、義父・舅にあたる人で、何度かお会いしたことがある。

 見た目はその筋の人に見えないこともないが、紳士でお茶目で優しい人だ。私の派手な為りも「斬新やな」とすぐに受け入れてくれた。「俺もええとこのボンやで」と、彼は言っていたが、夫の遺伝子はそちらから受け継いだ部分が大きいのではないかと思っている。

 和やかに笑いながら歩いている2人を見ていると、なぜ別れてしまったのかと思う程仲が良い。義母は再婚相手とは死別で、義父も現在再婚しているが、浮気でも復縁でもない感覚なのだ。私も違和感なく受け入れているが、この状況はかなり不思議なのではないかとたまに思う。

 

 桜の木の下で持ってきた三段重ねの重箱を広げていると、急に義母が楽しそうに言った。

「そういえばこの間、パパリンの現妻ちゃんとお茶したの」

「グッ、ガハッ、な、なにしとんねん」

「え?久しぶりに会いたいなあと思って」

 お茶を口に含んでいた義父は盛大に咳込み、義母はキョトンとしている。若い頃いろいろあったのは聞いている。義父の現在の妻は義母の共通の知り合いで、いわば「略奪婚」というやつなのだ。昔はモテモテだったらしい義父の数々の武勇伝は、義母がいない時に聞いて知っていた。

 おにぎりを小さく一口齧った義母は、落ちてくる桜の花びらを嬉しそうに見上げた。

「色々昔話して楽しかったわ」

「……なに話したんや」

「ひみつ。女同士の話よぉ。今度は3人でお茶しましょ」

 義父は何か言いたそうに口を開いたが、結局何も言葉を発しないまま、猛然とおにぎりを食べ始めた。義母も食べながらしばらく他愛のない話を続けていたが、そのうち「お花を摘んでくるわ」と、トイレに行ってしまった。

 残された私と義父は、少々気まずい思いで視線を交わす。

「……なんか聞いてないか」

「初耳っす」

「そうか。ママンは人誑しやでな。タラタラとよう人たらすんや」

「そんなお漏らしみたいに」

「がははは。チンピラちゃんおもろいな」

 大きな肉厚の手で背中をバンバン叩かれて、食べていた唐揚げが口から飛び出そうになった。


 本当は義母と現妻ちゃんのやり取りは聞かされていた。私も現妻ちゃんと飲みに行ったことがある。だが義母が彼に秘密にしておきたいなら、それは私の口から言うことではないのだ。義父の女関係をどれだけ把握していたか答え合わせで盛り上がったとか、本人が知ったら身の置き所が無いに違いない。それは女同士の永遠の秘密だ。

 しかし全部バレてまっせ、パパリン。

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