続・チンピラちゃんが通る

鳥尾巻

因果鉄道666

前作【チンピラちゃんが通る】

https://kakuyomu.jp/works/16818093077265903109


 義母ママンの部屋の前を通ったら、半分開けたドアからちょこんと顔を覗かせた彼女が小さく手招きしていた。

「チンピラちゃん、チンピラちゃん、ちょっと来て」

「なんすか」

 チンピラちゃんとは、年中派手な格好をしているガラの悪いわたしのあだ名である。

 悪気なくそんなあだ名をつける人を私は他に知らない。今日の私はツーブロックのオレンジ髪に、緑の心臓ハート柄シャツと革パンツ。黒いピアスが両耳の軟骨にバチバチにキマっている。

 義母の部屋に入ると、そこには大量の衣類が散乱していた。お嬢様だった義母は着道楽だ。とんでもないお金持ちの家に生まれたので、若い時分は侍女がついていたらしい。夫を亡くした今はつましい生活をしているが、高級品というのは長持ちするらしく、庶民の私には値段も分らない上質な着物や洋服がクローゼットに眠っている。

 義母は手にしていた黒いカシミアのロングコートを私に見せた。襟元が本物の毛皮ファーになっていて、銀河を走る列車のアニメの女性キャラが着ていたような美しいシルエットのコートだった。

「ねえ、このコート見て。可愛いでしょう?」

「そうすね」

「私が若い頃にお父様に買っていただいたの。チンピラちゃん細いから似合うわ。あげる」

「いやいやそんなお高そうなもの……第一趣味じゃねえすよ。要りません」

 義母は物惜しみする性格ではなく、ことあるごとにそれを私に与えようとする。確かに綺麗なコートだが、痩せていても骨格の太い私に似合うとは思えない。華奢で色白な義母が着てこそ映えるものだ。きっとオーダーメイドだったりするのだろう。

 私がキッパリ断ると、義母はシュンとして、コートを抱き締めた。黒目がちなうるうるした上目遣いで、彼女より背の高い私を見上げる。

「ちょっと腕を通すだけでもダメかしら。うちは男の子しかいなかったから、娘に可愛いお洋服着せるのが夢だったの」

「くっ……」

 私はその上目遣いと可愛らしいお願いに弱い。自分の母親と同じ年なのに、どうしてこんな年下の少女を相手にしているような気持ちになるのだろう。「ちょっとだけなら」と渋々頷くと、彼女は子供のように瞳を輝かせた。

 上質なカシミアは肌に馴染みが良く、しっかりした造りなのに妖精の衣類のように軽い。いや、妖精の服は着たことがないが、多分そんな感じだ。

「まああ、似合うわぁ!可愛い!素敵よ!チンピラちゃん!鏡見てごらんなさい!」

 義母のはしゃいだ声に、大きな姿見を覗くと、そこにはオレンジの髪をした極妻が仁王立ちしていた。

 覚悟しいや、ママン。

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