第35話

 愛の写真が送信されてから、約一週間が経過した。あれから勤は学校を休んで家と塾を往復する生活を送っている。勤は相変わらず勉強する目的を見失ったままだったが、習慣とは恐ろしいもので他にやることもなければなんとなく参考書に向かっていたのだった。

 そして今日の午後、ついに愛と直接会うことになっている。

 だがその前に、勤は久しぶりに学校の制服に腕を通すと、その上からジャンパーを羽織って家を出た。昼前の眩しい日光に、目を細める。今朝突然、担任の先生から連絡があり森田さんから話があるので学校に来るようにと言われた。

 勤は期待と不安の入り混じった複雑な感情を抱えつつ、来賓用の玄関から校舎に入ってそのまま応接室に向かう。

 ドアを開けると、森田さんは先に来ていて前と同じソファに座っていた。

「スマホの解析結果が出たよ。遅くなってしまってすまないね」

 森田さんは勤が腰を下ろすなり、机の上を置かれた勤のスマホをスライドするように返してきた。

「単刀直入に言うと、君のスマホにはバックドアが仕掛けられていた」

「バックドア?」

 勤は聞きなれない単語に、眉を顰める。

「私も詳しくないのだが、簡単に言うと、第三者が君のスマホに侵入した際、次また簡単に侵入できるよう勝手に裏口を作ってしまったようなんだ。つまり君のスマホはしっかり鍵をかけていても、勝手口が開け放されていたようなものだ。それで犯人はそこから何度も君のスマホに出入りして、写真やらを送り込んだりメッセージを勝手に送信したりしたらしい」

 勤は一言一句聞き逃すまいと、森田さんの話に耳を傾けていた。まさか自分のスマホがそのような状態になっていたなんて信じられない。

「最近、怪しいサイトを開いたり変なURLをクリックしたりした覚えはないかい?」

 勤は首を横に振る。全く心当たりが無かった。

「そうだろうね。勝手に君のプライベートに踏み込んでしまったことを先に謝っておくよ。申し訳ない。でも調査のためと理解して欲しい」

 森田さんはそう前置くと言った。

「LINEに連絡先が登録されていた遥香さんは君の恋人かな?」

 勤は突然の質問に驚いて言葉を失う。すぐに「彼氏ができたの」と報告してきた遥香の声が頭に蘇って来る。しかしそれと同時に冬美の「遥香の事は忘れた方が良い」と言った冬美の表情も脳裏に浮かび上がって来た。

 勤はどう答えようか迷いつつも、ありのままの事実を口にする。

「いえ、幼馴染です」

「そうか。実はだな、彼女から送られて来ていたURLにウイルスが仕組まれていたんだ。それをきっかけに君のスマホは外部からの侵入を受け、バックドアが作られたのだと思われるというのが、今回の事件の経緯らしい」

「えっ」

 勤はただ、困惑するしかなかった。遥香からのメッセージにウイルスが仕組まれていた?どういうなんだ。

「つまり犯人は遥香だと?」

 勤は真っ先に浮かんで来た疑問を、迷わず森田さんに投げかける。どこかに否定して欲しい気持ちがあったのかもしれない。

「まだ確定ではないが、その可能性が非常に高い。今朝、彼女の引っ越し先の警察に連絡して話を聞こうと学校を訪ねて貰ったのだが、今日は登校していなかったらしいんだ。そこで家にも向かったのだが、親御さん曰く今日は普通に制服を来て家を出て行ったらしい。つまり彼女は今どこにいるのか分からないんだ」

 遥香の居場所が分からない。どういうことなんだ。頭の中で様々な情報が錯綜していて、疑問符ばかりが増えていく。さっきから頭の奥で遥香の明るい笑い声が弾けているのだが、それがいつからか勤を嘲笑するかのような響きを持ち始めていた。

「でも待ってください。俺には、遥香にウイルスを仕組んだり他人のスマホを操るような技術があるとは思えません」

 勤の胸にどこからともなく、焦燥感が漂ってくる。

「そう言いたい気持ちは分かる。しかし今時、誰でもネットや書籍でハッキングの手法を学べてしまう時代だ。彼女がこっそりとそういった知識を蓄えていたとしても不思議じゃない」

「まさか、いや、遥香が………?」

「とにかく、これで君が犯人だと言う線は本当に薄くなった。また何かあったら話を聞かせてもらうよ。スマホももう解析が済んだから自由に持って行ってもらって構わない。それじゃあ、私はこれで」

 そう言うと、森田さんは腰を浮かして応接室を出ていった。

 勤は膝に腕を置いた状態で、固まったように机の一点を見つめる。背後の窓から皮肉なほど明るい日光が差し込んできていて、勤の顔に深くて暗い影を作った。

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