第27話
愛から写真の件を聞いてから一週間、勤は受験勉強に勤しんでいた。今日も朝から塾へ行き、夜の十時を回って先ほど帰宅したところである。
お風呂を済ませて布団に倒れると、一日の疲れがまとまって押し寄せてきた。柔らかいマットレスの感触に、体が溶けてしまうかのような錯覚を感じる。
そこで、携帯が鳴った。通知を知らせる音ではなく、電話がかかって来ている。勤は体を起こすのが億劫で、寝転がったまま何とか腕を伸ばしスマホを手に取った。
しかしそこに表示されている名前を見た途端、勝手に上半身が飛び起きる。電話は遥香からだった。すぐに通話ボタンを押す。
「もしもし」
遥香の明るい声が、スマホの向こう側で弾けた。
「なんか用か?」
「むぅー」
勤が聞くと、電話越しに怒った声が響いて来る。
「用がないと電話したらいけないわけ?」
「別にそんなことはないが」
どうやら今日はテンションが高いらしい。勤は表情を機敏に変化させながらスマホを握っている遥香の姿を想像した。
「まぁ、一応用事っていうほどのことじゃないけど、聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「そう。あれから愛ちゃんとは、どうなった?何か聞き出せたりしてないの?」
「あぁ、愛が学校に来なくなった理由は分かった」
勤はカフェでの会話を思い出す。
「ほんとっ⁉めっちゃ進展してるじゃん」
「でも悪いが、それを明かすことは出来ない」
そう言った瞬間、遥香の言葉が止まった。
「え?」
勤は大きく息を吸うと、意味もなくスマホを右手から左手に持ちかえる。
「愛から、このことは誰にも言わないで欲しいって言われてるんだ」
「そう………」
遥香の高かったテンションが急速に萎んでいくのが分かる。
「私にも言えない事なの?」
「そうだ。遥香にも秘密だと言っていた」
「私絶対誰にも言わないよ。もちろん愛ちゃんにも言わない。だから勤、私にだけ教えてくれるっていうことは出来ない?」
遥香は悲しそうな声で言った。もし遥香の顔が目前にあったら、きっと瞼の端に涙を浮かべているだろう。その声を聞くと勤は自分がひどく情けなく思えてくる。
しかしこればかりは仕方がない。愛との約束を破る訳にはいかなかった。
勤はスマホを持つ左手に力を籠めると、はっきりとした声で言う。
「出来ない」
「どうしても?」
「どうしてもだ」
「………………。そっかぁ」
溜息をつくかのように、空気量の多い声がスピーカー越しに聞こえてきたけれど、勤は聞こえないふりをした。
「愛はなんというか、今のままで十分幸せそうだ。良い仲間と一緒に働いているし、夢や目標も持っている。無理に学校に連れ戻そうとしたり、悩みを解決してあげようとしたりすることはかえってお節介になるんじゃないか」
「勤がそう思うなら、そうなのかもしれないね………」
遥香は沈んだ声で言う。
「なんか、愛ちゃんとすごい仲良くなってない?」
スピーカーから聞こえてくる声が突然トーンを変えた。
「確かに、最近は距離が縮まった気がすると言えなくもない」
「いいな~、楽しそうで」遥香が心底羨ましいと言いたげな声を口にした。
「ところでさ」
「なんだ?」
「付き合ってるの?愛ちゃんと」
勤は固まってしまう。言われたことが瞬時に理解できなかった。
「どうしてそうなる」
「だって勤ってモテるし、告白でもされたのかなぁと思って」
「別に俺はモテない」
「それは、勤が気付いていないだけだよ」
勤はまた言葉に詰まる。遥香が何を意図して喋っているのか分からなかった。
「とにかく、告白された訳でもなければ付き合ってもいない。むしろまだ嫌われている
くらいなんじゃないか」
「そんなことないでしょ。自分でも距離が縮まったって言ったじゃん」
「もともとマイナススタートだっただけだ」
「ほんとに?」
遥香はどこか拗ねているようだった。もしかしたらスマホの向こう側で頬でも膨らませているのかも知れない。しかし実際に遥香がどうしているのかを勤が知る術はなかった。
「じゃあさ」
遥香の言葉が跳ねる。良いことを思いついたときに遥香が出す声だった。でもどこか無理やり明るくしているような響きも含まれている。
遥香が空気を吸い込む音が聞こえてきた。
「勤は誰のことが好きなの?」
………。
「………」
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