第21話

 裕介から送られてきた住所はアモーと同じ市内にある住宅街を示していた。勤と冬美はバスで近くまで移動してから、徒歩で目的地を目指す。

 やがて住宅街の中の階段を上り右に折れると、突き当りに小洒落たアパートが見えてきた。LINEを確認すると、どうやらここが木村先生の住んでいるアパートのようだ。

 先生の家は一階の一番端だった。

 二人は部屋番号を確認すると、勤がインターフォンを鳴らす。

 数秒間の沈黙があった。勤は胃の中がキリキリしたように痛むのを感じながらも、先生が出てくれることを願う。

「はい」

 木村先生の声が機械越しに聞こえてきた。

 勤は大きく息を吸うと、口を開く。

「二年二組の田中勤です。先生に質問があって来ました?」

「おぉ田中か。どうした質問って?」

「実はどうしても理解できない英文が出てきたので、先生に読んで欲しいなと思いまして」

「分かった。今行く」

 そう言うと、通話が切れて家の中から足音が聞こえてきた。

 勤はひとまず先生が応じてくれたことに胸を撫でおろす。冬美は勤の斜め後ろで、心配そうな顔を向けてきていた。

 やがて玄関の扉が開く。

「おぉ、どうした?」

 Tシャツ姿の木村先生が、玄関の内側から顔を現す。その視線が、勤の後ろにいる冬美へと注がれた。

 勤はその視線を見て答える。

「いとこです。一緒に勉強していて彼女にも聞いたんですけど分からなかったので、先生の家を訪ねさせてもらいました。彼女は一人だと心細かったので付き添いで」

 冬美がぺこりと頭を下げたのが肩越しに伺えた。

「どうして俺の家が分かったんだ?」

「裕介の先輩に先生の家を知っている方がいたので、その方に教えていただきました」

「ああ、そうか」

 木村先生は眉を顰めた。どうしてそこまでして俺の家を訪ねてくるのかと不審に思っているのかも知れない。

「あの、長くなるかもしれないので、家に上がらせてもらっても構いませんか?」

 そう言って勤は先生の背後に視線を向けた。しかし摺りガラスの埋め込まれた扉があって、部屋の中の様子を覗くことは出来ない。

「すまんが、ここでいいか?今、部屋の中が散らかってるんだ」

「でも、結構長文なのでかなり時間が掛かると思うんですけど………」

「私は構わんよ。それで、分からない文章とやらはどれかな」

 勤は斜め後ろを振り返り、冬美と視線を合わせた。冬美も勤と同じようなことを感じていたらしく、小さく頷き返してくる。

 その時だった。部屋の奥から、ドンっという鈍い音が響いて来たのである。まるで全身が床に叩きつけられたかのような響き方だった。

「すみません。失礼します」

 考えるよりも先に体が動いた。勤は素早い動きで先生の脇をすり抜けると、靴も脱がずに玄関を上がりこむ。

「おいっ、何してるんだ」

 いきなりのことに虚を突かれた木村先生が慌てて腕を伸ばすが、その手は空を掴んだだけだった。

 勤はそのまま摺りガラスのはめ込まれた扉を開け、部屋の中へと侵入する。

 すると、そこには床にうつぶせの状態で倒れている愛の姿があった。後ろから先生がドタバタと部屋の中へと入って来る。

「どういうことですか」

 勤は鋭い視線を木村先生に投げかけた。

「あぁ、それは………」

 先生は頭の中が真っ白になったように、体をもじもじさせていた。体の前で手首を掴み、視線を四方八方に散らしている。

 テレビにはハリーポッターがニワトコの杖を折るシーンが一時停止の状態で映し出されていた。

 そのとき、外で電話をかけていた冬美が部屋の中に入りこんで来る。倒れている愛を見つけるとすぐさま駆け寄って、何やら語り掛けていた。

「大丈夫、寝てるだけみたい」

 勤が胸を撫でおろしたのと、木村先生が膝から崩れ落ちたのが同時だった。

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