第3話

「はい。間違いありません」


 オリヴィエが頷くと、神官は祭壇から降りて、手にしている羊皮紙を読み上げていく。


「生年月日1073年8月16日、13歳……出身地シルバーモント領」


 神官は手元の紙にペンを走らせる。


(いよいよね)


 ドキドキと、胸が鳴る。オリヴィエは緊張を呑み込んで顔を上げた。


「それでは、聖女像の衣に触れてください」


 神官に促され、オリヴィエは頷いた。


 祭壇には等身大の聖女アイリス像が立っている。


 その頭上には臙脂の膜が下がっており、顔は隠されている。


 陶器の性質上、服装は定かではないが、ローブを纏っているようだ。


(ここに触れるだけでいいのよね?)


 オリヴィエは、祭壇に上がると、そろりと手を伸ばしてローブの裾に触れた。


(ん?)


 すると不思議なことに、触れた手から身体全体が眩い光に包まれた。


 それは聖堂全体に広がるほどの大きな光だった。


 まるで聖女アイリスの加護が降り注いでいるようだ――などとオリヴィエは思った。


 やがて、光が収まると、周囲の人々がざわめいた。


「え――……」


 光はしたものの、聖女像の衣には一切の変化がない。


 滑らかな陶器の肌は、照明の光をただ返すのみだ。


 まるで何の変化もない――オリヴィエは、呆然とした。


(まさか……)


 心臓が激しく脈打つ。そんな筈はないとわかっているが、その可能性が脳裏によぎる。


「これは……。今、確かに眩い光が満ちたような気が」


「しかし、この通り、衣の色は変化していませんぞ」


「確かに。では、判定は〝変化なし”ということで。次の方、どうぞ」


 神官は淡々と告げる。「変化なし」の言葉に、周囲から落胆の声が上がる。


「彼女が聖女じゃないのか……」


「じゃあ、残りの内の誰かってことか?」


「今回も、該当者はいないのか~」


(違う、何かの間違いよ)


 オリヴィエは心の中で否定した。


 全身から血の気が引いていくような、寒気がする。


 だが、結論は出ていた。判定は〝変化なし” だ。


「嘘……でしょ?」


 祭壇を降りても、現実を受け入れられない。


 私が聖女でないとしたら、いったい誰が?


 ルーカスと手を携えてこの国を守るのは、誰なの?


 次、また次にと壇上へ上がる少女たちに、茫然と目を向ける。


「オリヴィエ」


 シャルルが歩み寄ってくる。その手には、黄色の紙片がある。


 オリヴィエが取り落としたものを、拾ってくれたのだろう。


 シャルルはオリヴィエの肩を抱いたが、何の言も発さなかった。


 オリヴィエがどれほど聖女になる日を夢見ていたか、シャルルはよく知っている。


 どんな言葉も、慰めにならない。


 だから、ただ寄り添ってくれる。


 オリヴィエは泣き出したい気持ちを堪えた。


 泣くわけにはいかない。涙でシャルルの同情を買うようなことはしたくなかった。


(でも、私は、この国になくてはならない存在なのでしょう?)


 大勢の少女たちが祭壇に立ち、降りる。誰も彼も、緊張した面持ちで、次から次へとふるい落とされた。

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