第4話

 やがて、最後の一人が壇上に上がると、神官は手元の羊皮紙を読み上げていく。


「生年月日1072年4月13日、14歳……出身地エルドール領」


 淡々と読み上げられるその声さえ遠く聞こえるようだ。


(ああ……)


 オリヴィエの胸が、絶望で押し潰されそうになる。


「それでは、判定を」


 神官が告げた瞬間、オリヴィエは息を呑み込んだ。


「判定は〝変化なし”。これを以て、第19回の聖女選定式を終了といたします」


 神官の判定は、〝変化なし”――つまり、この場には聖女となる女性はいない。


 オリヴィエは崩れ落ちそうになった。


 しかし、そんなオリヴィエを支える手があった。


 シャルルだ。彼はオリヴィエの視界を聖女像から遮るように抱きしめた。


「お疲れ様、オリヴィエ。何かの間違いかもしれん。先ずは何か、美味いものを食べて帰ろう」


 シャルルはオリヴィエを労わるように、背中を撫でた。


(そうよ……きっと、何かの間違いよ)


 何かの間違いなら、証拠が欲しい。だが、何度目をこすっても景色は変わらない。


 オリヴィエには絶望だけが残された。


 2人は神官の見送りを受けて聖堂を出た。


 広場に出ると、大勢の人が待っていた。皆、聖女選定の儀を見に集まっていた。


「おい、あの子じゃないのか?」


「しかし、衣は変化してないのよ――」


 口々に噂する声を締めだすように耳を塞ぎながら、オリヴィエはシャルルに連れられて馬車に乗り込んだ。


 悪い夢なら、早く覚めて欲しい。





 ◆◆◆◆◆






「オリヴィエ、着いたぞ」


「あ……」


 物思いに沈んでいて、今自分が何処にいるのかも気付かなかった。


 深い眠りから覚めたように、オリヴィエは瞬きをした。


 いつの間にか、馬車は屋敷の前に到着していた。


 シャルルが、オリヴィエの肩を優しく撫でる。


「疲れただろう?さあ、部屋に行こう」


 オリヴィエを労わるように、馬車から降ろすと、手を引いて屋敷に入っていく。


 けれどその手も足も重くて仕方がない。足取りも覚束なかったのだろう。


 オリヴィエは階段を上る途中で、足を滑らせた。


「あ……」


 踏みとどまろうとしたが、そのまま階下へと滑り落ちていった。


「オリヴィエ!?」


「お嬢様!」


 シャルルと侍女のミユが同時に声を上げた。


 だが、咄嗟に手すりを掴んでいたため、大事には至らない。


 だが、つるつると1階まで降りきると、そのまま床に尻餅を搗いた。


(私ったら……何やってるのかしら)


 すぐに立ち上がろうとしたが、身体が動かなかった。


 いや、動きたくなかったのかもしれない。足も手も、鉛のように重かった。


 シャルルはすぐさま階段を駆け下りてきた。


「大丈夫か? 怪我はないか?」


 シャルルが差し出した手を、オリヴィエは掴んだ。


 ゆっくりとオリヴィエを立ち上がらせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る