選定式

第1話

 聖女とは、神の声を聴き、邪を祓う。


 聖騎士団の要であり、盾であると同時に、帝国の守護神として存在する存在であった。

 

 王国の聖伝によると、聖女の誕生は国家の設立と共に在った。


 およそ1000年の昔、アルディア帝国を建国した初代皇帝は、守護神たる聖女の力を借りて、魔物の襲撃から国を守った。


 以降、聖伝に従い聖女が生まれ落ちる度に、王自ら臣民に告げてきた。


 聖女は崩御の度に、魂の器を移し――転生する。


 しかしその力を誰が受け継ぐのかを、事前に知ることはできない。


 唯一の標は聖堂に祀られたアイリスの像。


 聖女の素養がある者が触れる時だけ、その身に纏う衣の色彩が変化する。


 しかし、それも本当に僅かな変化で、遠くから見る分には気づかない。


 聖女の選定は、生誕祭で行われる行事の一つだった。


 王国は13歳を迎えた子女を集めて、選定の儀を受けさせる。


 その中でもオリヴィエは、歴代で最も多くの聖女を輩出しているシルバーモント家の出自だ。


 だから、誰もがオリヴィエが選ばれると信じて疑わなかった。


 当然、自分も選ばれれば聖女に……と希望を抱く民衆もいただろう。


 だが、オリヴィエには自信があった。何故なら彼女は誰よりもルーカスを愛していたからだ。


 だから、彼の愛するこの国を、共に守りたい。


 この気持ちは誰にも劣らないつもりだ。


 だから、私は聖女になる――! オリヴィエは聖堂のアイリス像に向かって、決意を新たにした。


(……でも、それは私の独りよがりな思いかもしれない)


 ふと湧き上がった不安に、頭を振った。


 あの日以来、オリヴィエはルーカスに会っていない。


 気持ちを確かめた訳でもない。


(もし、そうだったら)


 私って、痛い女かしら??


 と、今更になって、恥ずかしくなる。


(いや、でもまだわからないわ! 絶対に違うはずだし)


 と、自分を鼓舞した。


「どうした、オリヴィエ? 今朝の元気はどこに行った?」


 シャルルが心配そうに声を掛けてきた。白いマントを翻して歩み寄ってくる姿は堂々たる風格だ。


 50歳に近い年齢ながら、その若々しい姿は、誰からも一目置かれる。


「なんでもないわ」


「何でもなくはないだろう? ずっと今日を楽しみにしていたのに。何があったんだ」


 シャルルはオリヴィエの父だ。


 銀と見まごうブロンドと、翡翠色の瞳。見事な美貌を持つオリヴィエとシャルルは、誰が見ても一目で親子だとわかる。


「その、ふと、ね。……私って、痛い女かも、と思い始めて」


「どういう意味だ」


 オリヴィエが呟くと、シャルルは怪訝そうに眉を寄せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る