第8話

マサルは刑事を見送った。

あれは目黒警察署のうでさとし刑事だ。

サトさんと言えば目黒の人は大体あの刑事の顔を浮かべる。

たまにパトロールでこのあたりの店に顔をだすから、目を付けられると面倒だ。


しかし目黒警察が動いていることが分かった。

マサルとしては芳しくない。

鎌倉のほうの病院だったから、てっきりそちらで動くかと思っていた。

あるいは鎌倉と目黒の両方で捜索しているのだろうか。


警察は二人の足取りが目黒周辺で途絶えたことを感知している。

人の目もあるだろうが電車等の利用記録でも追いかけられるだろう。

だからここらの刑事がやってきた。

しばらくは大人しくしなくては。


マサルは明日の分の仕込みを終わらせた。

明日も予約客だけで席が埋まる予定だ。

残りの時間でホウヤについて考えるつもりだったがどうするか。

刑事が嗅ぎまわっている中で事を起こすのは難しい。

その対象が病院関係者ならなおさらだ。

やるかどうかは置いておいて、考えるだけなら別に良いだろうか。


ひとまずマサルは考えるだけ考えてみることにした。

作戦を立てておくのはいずれ必要だから今から考えてもいいだろう。


それで、実はホウヤはイズモに借りがある。

イズモの記憶の中でホウヤは事故を起こしていた。

しかも飲酒運転でだ。

その時救急を呼んで病院に逃げ込んだので、イズモがかばってやった。

酒気帯びかどうかの検査に嘘の結果を出したのだ。


しみったれた借りに見えるが実際には結構大それたことだ。

医者のくせに飲酒運転したとなれば一般人以上の批判は免れない。

その道を諦めることだってありえた。

イズモはその時の本当の結果をしっかり残していた。

これは使えるかもしれない。


マサルはまた手紙を使った方法を思いついた。

飲酒運転の件を出してイズモからの強請ゆすりに見せかけるのだ。

ちょっとした額をイズモの口座に振り込ませてやれば、

行方不明のイズモが生きているように見えてかく乱になるかも知れない。

あるいは犯罪者集団を想定してマサルのことなど気にしなくなるかも知れない。


マサルはもう少し考えてみる事にした。

手紙の渡し方と店へと誘導する方法についてだ。


マサルはイズモの時は郵送で手紙を送った。

今思うとこれは良くない。

ここから手紙を病院へ送った記録が残るからだ。

しかしそのような記録は好ましくなくとも手紙自体が残るのは嬉しい。

それこそかく乱するための道具だ。

直接ホウヤの家に手紙を持って行くのが良さそうだ。


それでホウヤを懲らしめるなら店に呼びたい。

イズモもカオルも店に来てくれたのでサクっと捌けた。

だが手紙に店の事を直接書くのははばかられる。

どう考えたって怪しいと思われるからだ。

それで疑われた場合の言い訳は難しい。

三人がマサルの店の周辺で姿を消すわけだからだ。

マサルが偶然を装えたとして警察には常に警戒されることになりそうだ。


マサルはうまいこと店に呼ぶ方法を思いつけなかった。

カオルみたいに営業が終わってから勝手に来てくれれば助かるのだが。


翌日マサルはまた朝市にいって、戻って生ゴミを捨てて、店を開いた。

勝鮨の営業は滞りなく全ての客が満足して帰って行った。

今日は暖簾を降ろして不要な電気を消す。

ちゃんと営業時間通りの店じまいだ。

マサルは掃除を済ませてから夕食をとることにした。

その後はまた明日の分の仕込みをしよう。


今日の夕食は肉寿司だ。

マサルはこれを浮ついた物だと思っているから店では出さない。

しかしどのような味になるかは見ておきたい。

それにカオルの肉も今日で食い納めだから米がないと量が物足りない。


マサルが手を合わせた所で引き戸が開いた。

店の入り口に刑事の顔が見える。

「マサルさんすまんが手伝ってくれ。」

マサルは慌てて布巾で肉寿司を隠した。

取り繕って返事する。

「おうよ。サトさんどうしたい?」


刑事は懐から紙きれを取り出した。

マサルにそれを見せて言った。

「イズモにゃマサルさんからの手紙が送られてた。

 この手紙、送ったのは間違いないよな。本当に来なかったのか?」

少し遅いくらいだがやはり手紙の事を聞きに来たか。

多分これは鎌倉の警察と組んでるものの目黒に主導がないってことだ。

「親父が世話になったから手紙を出したんだ。

 返事もねえし店にも来ねえし、振られたと思ってるが。」

マサルは一点嘘をついたがそれ以外は事実だ。

別に手紙に書いてある内容はおかしくない。

「そいじゃマサルさん、どうしてイズモを知ったんだ。」

しまった、これはカオルの名前を出す以外にないか。


マサルは焦り出した。

元来マサルは真面目な男なのだ。

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