26.ストーリー解説と喧嘩と

 

「ではまず順番に背景と歴史から説明しましょうか」



 黙って頷く一同を確認して僕は語り始めた。



「まず、この大陸には現在は界滅王と呼ばれているソヴァーレさん……まあお嬢様の母君が数千年前に死の森に君臨していました」

「初耳ェ……」




「まだ判断材料として薄くはありますが、母君はこのグランセル王国の初代国王と禁断の恋に落ちていたのです。おそらくお嬢様はお2人の子供でしょう」


 これは図書館で得た情報だ。

 身ごもっていた状態で封印でもされたのか、お嬢様はこうして赤ん坊だけどね。



「そして、初代国王は英雄と呼ばれていたことでしょう。愛するソヴァーレさんを封印したのですから。ここからが大事なのですか……彼は鮮やかな赤色の髪をしていたそうです。つまり、アメリアさん。貴方様のそれは決して呪われたものではなく、むしろ英雄の血を色濃く受け継ぐ証なのです」



「わ、わたくしが……」

「アメたん激すごじゃん」


 いつの間にかカナタさんと仲良くなっているようだが、いちいち触れるのも話の腰を折ることになるのでそのまま続ける。



「そして少し時を進め、ソヴァーレさんの配下、おそらくそれもかなりの立場の存在が、経緯はともかくシアントス辺境伯になり、界滅王の復活を目論む――と界滅教団を立ち上げたのです」


「なるほどわからん」

「毛根と一緒に脳みそまで捨てたハゲは黙ってなさい。……銘打った、ということは他の目的があるというわけね?」


 流石アーヤさん、鋭い質問だ。



「その通りでございます。彼は先の町の図書館において英雄たる存在をひた隠し、界滅王の詳細をも伏せていたのです。しかし、ワールドクエストの文面からするにお嬢様を渡すと何かが起きる――あらかたその力を我がものにしようといったところでしょうか。ここまでが歴史です」



「……」

「もしかして、わたくしが狙われてるのって――」



「そこは別の説明が必要でしょう。背景の話になりますが、アメリアさんの力には現国王と妃、そして先程の《黒》さんしか知らないはずです」



 そう、まだ界滅教団のボスである辺境伯も気付けていないのだ。



「世間的に善き王という評価をされている上、生まれてから監禁状態にした国王は……その髪のことを宰相である辺境伯に知られると即座に消されると病弱な設定で世間から完全に隔離したのでしょう。でなければアメリアさんがメイドや執事とも会話したことが無い、なんてことにはならないはずです。本来誰かしら介護として付けるはずですが、情報が漏れるのを危惧したようで、完全なる監禁で守ろうとしたわけです」


 ではなぜ《黒》さんが気付けたのか。

 それは至極簡単なことだ。



「《黒》さんは辺境伯からアメリアさんのことを調査するように指示され、真実に気付いた。しなし同情心か心情までは不明ですが報告しなかった――調査させたのは誰も情報を握っていない上、病弱の一点張りだから念の為、とでも考えたのでしょう」


「さっきアメたんを逃がしたーって言ってたのはそのときに?」




「いえ、それだと逆に辺境伯から怪しまれるでしょうしタイミングはそこではありませんね。まあここまでが背景でいいでしょう。本筋に入りましょうか」



 僕の言葉に、ずっと沈黙を貫いているハルを除いて固唾を呑んだ。



「そうですね、ゲームということも踏まえて、きっかけは来訪者の喧伝でしょうか。そこから辺境伯は界滅王の復活を自前で準備し始めたのでしょう。そして界滅王の復活だけが目的ではないと知った《黒》さんはアメリアさんが切り札になるのではないかと誘拐、信頼出来る《赤》さんに預け、自身は辺境伯の忠実な下僕アピールをしていた……そして来訪者がやって来ます。タイミング良く脱走してのけたアメリアさんが僕らと出会う――これが今回の序盤の話です」



 あくまで《黒》さんが有能な前提ではあるが、そこを今更心配する必要も無い。預けた《赤》さんがズボラだっからこそこうして一緒にいるわけでだから世の中何が起きるか分からないものである。



「そこからは皆さんご存知でしょう。《黒》さんは何とか奪還しようとこちらに戦いを仕掛けてきたわけです。もちろん向こうの親玉さんにはバレないように秘密裏にやっているため仲間が死なないように、といった消極的な姿勢ではありますがね。まあこんな所で説明は以上にしておきましょう」


「じゃあ今回もわたくしを狙って?」



「いえ。今回のは最終チェックという意味合いだと思います。辺境伯を打ち倒せるかという試験のようなものかと。もともとは宰相として、誘拐された王女を取り返すよう言われたのでしょうが……最初から取り返すつもりならこのような立ち回りはしませんからね」


「あー、ちょっといい?」



 アーヤさんが何か気になることでもあったのかわざわざ挙手した。



「いかがなさいました?」

「辺境伯はアメリアちゃんのことも、リリィちゃん――」


「リリィ様」



「……リリィ様のことも、黒い仮面の男の裏切りも知らないのようね?」

「はい」




「またしても何も知らない辺境伯さん(数千歳)」


 ハルがついに口を開けたと思ったらよく分からないことを言った。その後直ぐに真面目な表情に戻って口を閉ざした。

 何か拗ねてるけどおふざけの我慢ができなかったのだろう。


 アーヤさんもスルーして質問を続けた。



「じゃあ誰が、ヒビキ君が会った界滅王を復活させたの? どうしてあそこにいたの? それと今回の騎士とやらもそうなんじゃない?」


 なるほど、当然の疑問だ。

 それに関しては僕も確定できない。が、もし何らかの思惑があっての行動であればそう直ぐに接触してくるとは思えないから無視していた。

 特に前者はワールドクエストとして用意されていた筋書きだから――待てよ?



 ――来訪者が来たタイミング、そしてアルフレッドさんを起こした天使なる勢力、シエラさんが大陸の外側にいた理由。そして、界滅王の被害の話があの歴史書に無かったという明らかな違和感……。


 もしかしたら、誰も封印なんて解いていないのかもしれない。もともとこのタイミングで解けるようになっていたもしたら、全てにおいての辻褄が合う。



「……お嬢様の母君の方は不明ですが、少なくとも現状敵対することはありません。アルフレッドさんを起こしたのはアナウンスからして天使なる勢力でしょう」

「天使ねぇ……このゲームだと敵対してたりするのかな?」



「どうでしょうね」



 まだ自信を持って言えないことは言わない方がいいだろう。今だけでも一気に情報を伝えたのだから、これ以上はキャパオーバーになりかねない。

 そんな考えが見透かされたのか、ハルがこちらを睨んできた。


「――ヒビキ? まだ何か気付いてるでしょ」

「やはり先程から怒っています?」


「そりゃあ怒るよ! 仲間なのに……親友なのに! 何も教えてくれなかったじゃん!」

「今報告しているのでは?」


「いつもそう! 何もかも全部一人で抱え込んで! 相談のひとつもしてくれない。それで私がヒビキの親友? 面白い冗談だよね!」



「ですから、今こうやって報告を――」

「明らかに遅いじゃん! 何? 報告って、結論が出ないとしちゃいけないの? 一緒に考えるより一人の方が効率がいいの? ねぇ、私が馬鹿だから?」



 かなり本気で怒っているようだ。

 ここまで怒ったハルを見るのは、進路の話になってすぐに婿入りすることを話した時以来だ。あの時は人生は自分のものだと、諭されながら頬をぶん殴られたんだっけ。

 まあそのおかげでこうやって何とか折り合いをつけて自由な時間を手にしているわけだが。

 ……これ殴られるやつ?



「はあ、何が親友……勝手にはしゃいじゃっでバカみたい私。もういい、先に王都行くから。アメリアちゃん行くよ」

「え? あ、はいっ!!」


 アメリアさんも普段との落差でものすごい怖がっている。そんな彼女を連れ、ドスドスと行ってしまった。




「――ヒビキのバカあああああ!!!」




 遠くで叫んでいる声が聞こえた。

 僕はどうしたものかと思いながらも、とりあえず暴れられなくてよかったと一息つく。


「今回は殴られなくてよかった……です」

「殴られるパターンもあるのかよ!?」

「あんなハル初めて見た……」

「カナタはガチ喧嘩自体初めて見た……喧嘩するほどってヤツ? これはこれで羨ましいかも」

「おあうー?」


 お嬢様が起きてた。ご飯と仰っているのできっとお腹が空いたのだろう。まだ朝だし朝ごはんの時間か。手持ちのカルボナーラでいいかなと考えていると、こちらに何かが接近する音が聞こえた。

 牛のモンスターだ。一匹でいるあたりはぐれたのだろう。



「あれを狩って朝ごはんにしましょうか」

「あやう!」


「……もう少し気にしてあげなさいよ」

「切り替えはえーよ」

「慣れっこってことでしょ!」



 お嬢様最優先なだけだ。

 それ以外は全て後回し。これこそがメイドの本懐なのである。

 迫り来る牛に合わせて攻撃を仕掛ける。


「【天破砕フラージュ】……あ」



 手が滑ってすっぽ抜けた。

 デッキブラシはそのまま、牛の横に回り込んだペロ助の頭部にクリーンヒットした。


「いった!? 〖ビッグスラッシュ〗!」



 被弾しながらもペロ助はその有り余る筋力で牛を真っ二つにしてのけた。



『グラスカウ(Lv.43)を討伐しました』


 ドロップ品として肉が落ちた。



「よし、作りますか」


「よし、じゃねぇよ? 割合ダメージじゃなかったら俺死んでたんだが?」

「意外と気にしてるのね」

「ハルっちがヒビキきゅんはつんでれ、って言ってたのはこういうことかぁ!」




「気にしてなんかいません。私はメイドですよ? ちょっと手が滑ってしまっただけであり、私情を挟むなんて以ての外ですので」



「……そう? じゃあ料理中は寄ってくるモンスターを返り討ちしておくけど一人で大丈夫?」


 アーヤさんは心配性だ。

 普段から完璧なメイド過ぎてワンミスでここまで心配されるとは。


「ここは私に任せて露払いをお願いいたします」


「……俺この後の流れが読めた気ぃするわ」

「……奇遇ね、私もよ」

「大丈夫っしょ! それよりモンスター来たよ!」


 とりあえず牛肉に近いしサイコロステーキにしよう。例の聖堂から持ってきた料理用の持ち歩きテーブルを取り出して調理を開始する。

 特に難しい工程もないのでサクサク進め――あとは焼くだけ。



 しかし、サイコロステーキか……懐かしいな。高校の帰りにファミリーレストランに寄って一緒に食べたのを思い出す。その後僕も作れると言って家で振舞ったんだっけ。あれが最初に友人がうちに遊びに来た出来事だったな。

 ハルは覚えていないかもしれないが、名前から一歩置かれていた僕にとってはかけがえのない思い出だった。親の“次男だし見聞を深めるために”と普通の小中高に行かされていた僕の友人と言える人物は、後にも先にも彼女だけだったから。


 ……謝らないとなぁ。



『――に抵抗しました』

『【純白ブランシュ】により“火傷”を抵抗しました』



「ヒビキくん!? 指入ってる! 指焼いてる!」

「あ、本当ですね。でも火傷はしていませんし……HPは減るのですね」


「いやそうじゃなくて……って肉も焦げてるじゃない!」

「……そんな」


 メイドたるもの、料理の失敗は許されない。

 この僕が肉を焦がすなんて――



「お嬢様、申し訳ありません! 腹を切ってお詫び申し上げます!」



 ナイフは先程の戦闘で使ったし、包丁は衛生的によろしくなさそうなのでタクティカルペンを取り出す。頑張れば多分いける。



「メイド失格な私をどうか来世はお許しを――!」


「ハゲ! ちょっとヒビキくんを止め……いや、屈強な男がそれをすると絵面がマズイか。カナタちゃんは……骨が物理的に折れそうだから私がやるしかないのね、まったく! ……って力強! 筋力的に無理だこれ。ハゲ! やっぱり手伝って!」

「お、おう! 落ち着けヒビキー!」


 くっ、流石ペロ助。腹を割こうとする腕がビクともしない。




「おー、草原だしキャンプファイヤーもめちゃ映えるー」

「しまった、肉が盛大に燃えてる! カナタちゃん消火消火!」


「水……無いよ?」

「…………ヒビキくん! 馬鹿やってないで【生活魔法】で消火して!!」



 ――――――

 ――――

 ――



「ごちそうさまでした」

「あやぅ! えうえ!」


「はい、おやすみなさいませ」



 料理大失敗、メイド失格の大失態をした僕は諦めてこないだ作った肉じゃがを出したのだ。

 寛大なお嬢様は肉じゃがで満足なさって睡眠に入った。


「……はやく仲直りしてくれないとこっちがもたないわ」

「まあタンク居ないとアーヤの負担も増えるしな」

「ハルっちが居ないと静かだしねぇ」



 仲直り……仲直りってどうすればいいのだろうか。以前キレられた時は僕の決断を聞いて納得してくれて、いつも通りに戻っていた。

 なら今回は?

 ……分からない。報告が遅かったのだから今ある情報を全て伝えたら許してくれるのだろうか?



「全部話したら許してくれますかね?」

「そういう問題じゃないと思うわよ」




「ヒビキ! こういう時は好きな食べ物を作ればいいんだぜ! 美味いもん食えば機嫌も直る!」

「実体験によるおすすめなのですか?」


「そうそう。アーヤなんてたい焼き食わせればすぐ――」

「ハゲ、私をそんな風に思ってたのね? 確かにたい焼きを奢られる機会は多い気がしたけど」



 好きな食べ物か……ハルは手作りのものなら割と何でも食べてくれるし、美味しいと言ってくれるからどうしようか。



「でも女の子なんだし食べ物よりアクセとかをあげた方がいいんじゃない? カナタだったらおしゃなイヤリングとか貰ったら全然許すし」

「アクセサリーですか……」



 ハルがそんなもので喜ぶ姿が思い浮かばない。

 アーヤさんも同感だったようで渋い顔をしている。



「こうなればとびっきりのメニューとジュエリーで――」

「はいはいストップ。2人の問題に口を挟むのはどうかと思ってたけどさ、普通に謝るだけの話よ?」


「普通に謝る?」


 それだけで本当にあの怒りは収まるのだろうか?



「食べ物で釣るのは普段ならいいかもしれないけど、ああいうのは誠心誠意謝る以外に無いのよ。あの子も真面目なところあるから」


「なるほど……私は親友だと思っていたのですが、ハルの感情面に関しての分析ですとアーヤさんには敵いませんね」



「ヒビキくんは人の感情についてもう少し理解を深めた方がいいと思うよ。常々思ってたけど」

「……メイドにお嬢様以外に対する感情は不要ですので」


 僕がそう答えると、アーヤさんはいつにも増してキッと睨みつけてきた。



「メイドの前に1人の人間なんだから他者への理解を諦めちゃだめ。それも親友への理解ならそう難しいことでもないでしょ?」



 私的な感情を持たないことと人の感情を理解することは矛盾しないと言いたいようだ。

 他人は他人と簡単に割り切らず、理解に努めるのもコミュニケーションには大事ということか。


「分かりました。ハルへの謝罪は当然として、彼女の気持ちを少し考えてみようと思います」

「よろしい!」


「なんかアーヤ、ヒビキの母親面しだしたな」

「同い年なのにねぇ」


「そこ! やかましい!」



 ハルのことを考えながら、一同で王都へ辿り着いた。ちなみにここのボスは通りすがりの《魂滅の騎士》の辻斬りにあったとかのアナウンスが流れてスキップになっていた。その後ハルと合流できないまま宿に泊まり、思案しながらログアウトした。



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