15.Challenge! Clean up the Clapped-out Chapel!!!

 

 夜の街道を徒歩で進む一行がいた。

 踊り子と騎士、お姫様にハードボイルドな男とメイド。百鬼夜行でもハロウィンでもないその集団こそ、僕達である。


「……っ、また来ます! コウモリ系統、20近く、3時方向!」

「夜だからモンスターも活発化してるのか? 多いなァ! 〖ハーフスラッシュ〗!」

「昨日レベルも一気上がったしあんまり経験値的に美味しくないのに面倒ね、【回避】」

「おちおち休めもしないなんて! 夜の冒険は大変なのね! 〖ウィンドカッター〗!」

「【挑発】……視界が悪くて盾をぶつけないようにこれくらいしかすることない!」


『ナイトバット(Lv.15)を討伐しました』

『ナイトバット(Lv.13)を討伐しました』

 ・

 ・

 ・


 モンスターのレベルがこちら(平均43)と比較して低いせいでなかなか種族レベルが上がらない。戦闘関連のスキルの習熟度は上がるからまだ耐えているが、正直単調過ぎて飽きてきた。


「む」


 何度も襲われながら進み続けて十数分、今までとは違う気配を感じた。些細な音がしない辺り、生物かどうかも怪しい。

 念の為警戒しておくように伝えてからその対象の方へ向かった。



「おお、冒険者か……なんたる幸い。やはり我らが主は見守ってくださっているのだな」


 冒険者……冒険組合所属の人達のことを指すなら違うが、そんなことはどうでもいいくらいには話しかけてきた人物の見た目が気になる。


「ヒィッ!?」


 誰かの悲鳴のような声と尻もちをつく音がした。

 苦手な人には厳しいのだろう。なんていったって、話しかけてきた男性は修道服を着た初老の男性――そして半透明で足が無く浮いていたのだから。


 ハルはお仕事でこういうゲームもやってると言っていたことがあったから怖がったのはアメリアさんかアーヤさんだろう。

 そう思って振り返ると……まさかのペロ助が尻もちをついていた。


「このハゲ、ホラー苦手なのよ。その筋肉は何のためにあるのかしらね」

「今どきこんな小さいホラー要素で驚くなんて、ダサ……珍しいね!」

「まあ! 幽霊さんなんて初めて見たわ!」


 うちの女性陣は強心臓らしい。

 ハルも「ダサい」と言いかけてる当のペロ助は、恐怖で顔を青くして僕に縋ってきてきた。ここは友の名誉のため、しっかりフォローしないと。


「ヒビキぃ……」

「ペロ助、現実にはきっとお化けも居ないと思いますのでご安心くださいませ」


「そういう問題じゃないんだよぉ……!」


 僕の慰めは不正解だったらしい。

 まあこれ以上介入しても情けなさが際立つだけになりそうなので放っておいて――表示されたクエストをどうするか、だ。



『チャレンジクエスト《廃れた礼拝堂を掃除せよ!》を発見しました』




 ========

 チャレンジクエスト

 《廃れた礼拝堂を清掃せよ!》

 難易度:☆4

 制限時間は朝日が完全に出るまで。

 アンデッドモンスターの攻勢を凌ぎつつ礼拝堂をピカピカにしてほしい。


 基礎報酬

 ・BSP10

 ・SKP20

 シークレット報酬

 ・{楽園の通行証}

 ========



 進行中のヒドゥンチェーンクエストほどではないが、報酬はかなり美味しい。難易度が高めなのは不安だが、シークレット報酬とやらも気になる。


「どうします?」

「やろう! シークレット報酬とか絶対凄いやつじゃん!」

「そうね、徹夜コースな気がしてきたけど……それだけやる価値はありそうね」


 ハルとアーヤさんも乗り気だったので、僕は幽霊のおじいさんに話しかけることにした。


「失礼、貴方様は――」

「この先に礼拝堂がある。どうか不浄の者どもから守り、綺麗にしてほしい」



 受諾と受け取ったのか要件だけ言い残して幽霊のおじいさんは消えてしまった。

 彼が指差していた方向に行く他なさそうだ。


 腰抜けペロ助は最後尾にしつつ、頷き合って進んでいく。そのまま森の中をしばらく行くと本当に礼拝堂に到着できた。

 コケやツタが伸びきって建物にこびりついていたり、崩壊している屋根やボーボーの庭、泥だらけの外壁――挙げていたらキリがない廃れ具合である。

 これこれは、なかなか手応えがありそうだ。



『チャレンジクエスト《廃れた礼拝堂を掃除せよ!》が開始しました』

『制限時間は6時までです。再挑戦は不可ですのでご了承ください』


 そんなアナウンスと共に、礼拝堂の横に位置する墓地から死体が蠢き始めた。

 死体型のモンスターなのだろう。


「ヒビキ、分担だけど――」

「清掃は私一人で行います。長時間にはなりますがモンスターを確実に凌いでくださいませ」



 建物まるまる一夜で掃除なんて、メイドとしての技量が試される場所に素人は不要。むしろ邪魔になる。それならいっそ露払いに注力して欲しいのだ。



「いやいや、せめて足の早い私が手伝うわよ」

「いえいえ、アーヤさんの撹乱こそ対集団にはもってこいかと。ご安心ください。21時から6時――9時間もあれば塀と地面の境目までピカピカにしてみせますので」



「アーヤちゃん、ヒビキは掃除ガチ勢だから大丈夫だよ。それよりアンデッドモンスターをどう倒していくかの方が問題になると思う」

「そう?」

「……俺も物理攻撃しか無理だからなぁ。幽霊じゃなくて死体ならメンタル的には平気なんだが」

「それならわたくしが【神聖魔法】を付与していけば問題ないわね! ヒビキ、野菜炒めだけ置いておいてちょうだい!」



 問題無さそうなので、アメリアさんに言われた通り回復用の野菜炒めだけ残して僕は単独で礼拝堂に向かった。

 塀と門で入れないようになっているが、鍵も預かっていないので【天蹴】で空中から不法侵入する。あ、家主の依頼だから不法ではないか。



「失礼いたします」


 とりあえず掃除用具置き場を探す。

 途中で石に刻まれた見取り図もあったので、そこに〖放水〗で水をかけ、デッキブラシで磨いてから丸暗記する。


 今居るのは礼拝堂の準備室らしい。

 この部屋の奥に掃除用具入れがあるので【天蹴】で強引に足の置き場を設けて掃除用具を確かめる。


 今使えそうなのはモップとホウキ、庭師用の大きなハサミ、桶、多少ボロいだけの雑巾だ。

 ハシゴもあるが、僕には不要な物だろう。

 使える物を全てストレージに収納して、ひとまず桶があったことから水を汲める井戸もあると思って建物の外に出る。

 予想通り庭の片隅に大きなつるべ井戸があったので【天蹴】で中に入ってみる。〖種火〗で確認し、〖放水〗を使いながらデッキブラシを用いて井戸から掃除することに。



「よいしょ、よいしょ」


 スキルによる補正もあってかスムーズに磨ける。

 途中に付与されたアメリアさんの神聖魔法とやらを弾きつつ数分で井戸の中はかなり綺麗になった。

 井戸自体も掃除して――よし。


 桶は全部で10個、その全てを水で満たしてストレージに入れてみると、水の保存もできた。

 これなら持ち歩く手間も省けるため想像以上に早く終わりそうだ。


 礼拝堂とは一括りにされているが、実際のところ塀に囲まれた土地の中に礼拝堂と聖職者が住み込んでいたであろう宿舎、そして庭兼通行路に分けられる。


 全力でやれば間に合うくらいの調整になっているようだ。


「メイドの本領発揮と参りましょうか!」






 ――――――

 ――――

 ――


 疲れた。そして眠い。

 しかし、


「なんとか成し遂げました……」


 時刻は5時30分近く、朝日は昇りつつあるが、30分前にゴールできた。



 1時間半で屋根と外壁の修復。

 1時間で宿舎内をピカピカに。

 1時間半で礼拝堂内を。

 30分で庭の雑草を刈り尽くし、15分で見栄えのいいようにハサミで木の枝を調整、15分で庭をホウキではいた。念の為歩く道も軽く整備してある。

 そして30分で塀の両側を磨き上げ、全てのゴミを外の1箇所にひとまとめにしておいた。


 やり忘れがないか念の為パトロールしよう。

 宿舎は完璧。この後寝泊まりできるようにも整えてあるし、調理場のネズミも一匹残らず駆逐してある。

 庭も塀も一点の曇りもなくピカピカ。

 あとは礼拝堂を見て回ろう。



「むむ」


 清掃自体に問題は無かった。新築そのもののできなのだが、些細な欠けに気付いた。

 礼拝堂に鎮座している像の背にステンドグラスがあるのだが――その端っこが僅かに無くなっているのだ。


 ガラスの破片もその辺に落ちていないし、掃除中にも見かけなかったから既に地に帰っているのかもしれない。


「小指でなんとか誤魔化せないでしょうか」


 空いている穴に小指を入れてみる。

 ……うん、僕は何をしているのだろう。眠くてまともな思考ができていないようだ。


「――貴様は何をしているんだ?」

「あ、シエラ様。どうしてここに?」


 自分でも分からない行動は一旦置いておいて、いつの間にか礼拝堂に入ってきていた修道女の見た目をした謎の人物、アルシエラさんことシエラさんに問いかけを投げ返した。


「我はそこの2つ目の町にシオレと来たから、あやつが居ないうちに懐かしい場所に寄ろうと思ってな。まあ、貴様がこんなところに居るとは思わなかったがな」

「なるほど」


 何かこの場所と彼女は関係がありそうだが、現状の情報では絞りきれない上、とてつもなく眠いので思考は放棄した方が良さそうだ。


「ところでシエラ様はここのガラス片、見かけませんでした?」

「そんなの見かけなかったが、確かにそこだけ欠けていると気になるな。どれ、直してやろう」



「おー、是非ともお願いいたします」

「ああ、ここを掃除してくれたお礼だとでも思ってくれればいい」



 そう言って彼女は手をかざし、銀色の光を放ち始めた。


「おー」

「……」


「? いかがなさいましたか?」

「いや、その指をどけてくれないと直せないんだが」



 おっと、ボーッとしていて小指をはめたままだった。慌てて指を抜く――



 パリーンッ!!


 指が引っかかったせいでそのままステンドグラスごといってしまった。……早く寝ないと本当にマズイかもしれない。


「貴様バカなのか!」

「すみません眠くて」


「まさか徹夜で掃除をやったわけでは――」

「6時間ぶっ続けで」


「バカだな!」


 クエストに言われたから仕方ないのだが、いちいち反論する気力も無いので罵倒を受け入れ、何とかしてくれるだろうとタカをくくって待つことに。



「はぁ、まったく。シオレもそうだが来訪者はどうして変なやつが多いのか……〖タイムシフト〗【創造】」


 ため息をつきながらも、シエラさんは魔法とスキルを使ってくれたようだ。

 ついさっき割れたステンドグラスは時間が巻き戻ルように元通りになり、小さなガラス片も出現し、欠けていた部分を埋めた。

 今更ながら、ステンドグラスの絵は、地に座る人間が地面から出ている手に足を掴まれ、天から伸びる手に腕を掴まれているものだ。まったくもって理解できない。



「すごいですね。ありがとうございます」

「もう貴様は寝ろ」


「あと30分したら仲間とここの宿舎で寝ようと思います」

「ああ、好きに使えばいい」


 そう言って僕とシエラさんで礼拝堂をあとにする。


「ここには結界も張っておいたから何かあったら使ってもいい。来る途中にあったゴミの山も消し飛ばしておいたから心配は不要だ」

「何から何までありがとうございます」



 よく分からないが、ひとまず家に困ったらここに住んでもいいという許可は頂けた。

 困っていたゴミも処理してくれるなんて、いい人すぎる。



「ヒビキ! 終わったの!? こっち、なんかボスみたいなのが出てきて大変だから手伝って!」

「かしこまりました」


「待て。我が相手しよう。我のかつての部下だ」


 そう言ってシエラさんは軽く跳躍し、巨大な腐食した騎士の前に躍り出た。

 彼女の武器っぽい巨大十字架を地面に突き刺し、定位置なのかその上に座ってパイプをふかす。



「久しいな。この地で眠っていた貴様がなぜ今目を覚ました?」

「アルシエラ様……この地にアルフレッド卿が向かっております。理由までは分かりかねますが、その殺気に当てられて目を覚ましてしまいました。そんな折にそこな者に襲われたので戦闘していた次第であります」


 つまり今回のチャレンジクエストとは別件で起きたのに勘違いしたこちらが戦いをふっかけたということか。それは申し訳ない。


「ハル、アーヤさん、ペロ助、アメリア様。どうやら敵ではないようでございますし、皆様眠いことでしょう。宿舎がありましたのでそちらで休みませんか?」

「よくわかんないけど賛成!」

「もう精神的に動けねぇ……」

「そうね、流石に限界……」

「一生分の【神聖魔法】を使ったわ……」


 1歩も動かず盾を動かしていたであろうハルは除いて全員が全員疲労している。眠いのでシエラさんと早々に別れて皆で宿舎へ。


『チャレンジクエスト《廃れた礼拝堂を掃除せよ!》をクリアしました』

『攻略情報を分析――ステンドグラスの完全復元、井戸内部の浄化を確認』

『完全攻略です。報酬が送られます』


『BSPを10獲得しました』

『SKPを20獲得しました』

『貢献度からパーティを代表してシークレット報酬{楽園の通行証}がストレージに送信されました』



 全員が報酬を受け取った顔をしていたので、そのままそれぞれの部屋でログアウト。アメリアさんもハルのログアウトに合わせて休眠状態に入るだろう。


 長いようで短い2日目はこうして幕を閉じたのだった。





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