12.親友と乗る電車

 


 “Original Trajectory Online”を満喫した翌日の朝。僕はペロ助との約束でメイド喫茶なる場所へ行くことになった。そういうわけで彼と合流するためバイクで駅にやってきたのだが……久しぶりすぎて切符の買い方を忘れてしまった。たどたどしく手探りでやる他ない。


「ここが今いる駅で、目的地はあそこだから……? これでいいのかな? おー、あ、お金を入れて……お札が入らない? 壊れたのかな」


 後ろにはヨボヨボのおばあさんが居るし、待たせるのも悪い。一旦順番を譲ろう。キャンセルを押して一番最初の画面に戻し、番を譲った。

 軽くどうぞと会釈しておばあさんの後ろに並んで操作方法をジーッと眺める。



「……色々と普通逆でしょ。まさかとは思いながらも迎えに来て正解だったよ。一応車もあるけど、みんなで歩くだろうからここからは電車で行くよー」

「ハル……じゃなかった紫村しむらさん? どうしてここに?」


 人の気配がするとは思っていたが、毎度お世話になっている紫村しむらさんが居た。

 彼女、都心住みなのにどうしてこんな場所にいるのだろうか。


「実はアーヤちゃんと話してみんなで行こうってなってねー。もちろん明堂めいどう君だけじゃなくてアーヤちゃんの幼なじみの……なんだっけ、ハゲ助? 彼にもサプライズでね!」

「デコ助だよ」


「あー! そうそうデコ助!」

「……ペロ助だよ」


「カマかけかい! 私が本気で覚えてないみたいじゃん!」

「そんなことより早く電車に乗らないと遅れると思う」



 目的の電車がやって来ていると表示されている。乗り遅れないようにしないと。


「ほんとだ! 行こ行こ!」

「……」


 紫村しむらさんはそのまま何かのカードをかざして改札を通って行った。


「切符買わないと……」

「そうだこの人機械音痴だった……」



 そうして何とか切符を購入して――1つ後の電車に乗ることになった。早めに来て正解だった。遅刻はきっと大丈夫だろう。


 電車に揺られながら、僕と紫村しむらさんは小声で話す。普段から人が少ないためこの車両には僕らしか居ないが、何となく小声だ。



「……私達って高校からの友達じゃん? ダチってやつじゃん? むしろ親友じゃん?」

「友達の定義次第だけど概ねそうだね」


「そしてゲーム内では下の名前で呼び合ってる――」

「そう呼べって言ったのはそっちだけどね」


「これが世間で噂の友達以上恋人未満ってやつなのかな!?」

「ソダネー」


 真面目な話かと思っていたが、いつも通りの下らない話だった。こっちはメイド喫茶とやらがどんな場所なのか広辞苑で引かずにワクワクしているというのに。


「適当だなぁ……。ま、そういう訳で今更気にしないから下の名前で呼ぶからね!」

「話の流れが分からなかったからワンモアタイムプリーズ」


「ゲーム内と現実で使い分けるのめんどくさいからひびきって呼ぶ! 以上!」

「まあそれもそっか。じゃあ僕も遥香はるかって呼ぶね」


「お、おっす!」

「急にどういうテンションなのさ」


「いや響が珍しく笑顔になってくれたから思わずヒロインスマイルにあてられてときめいちゃったんだよ! ……あ、ギャルゲーかと思わされたけどよく考えたらこの場合は乙女ゲーか」

「ちょっと何言ってるか分からないよ」



 とりあえず足をプラプラさせている理由がご機嫌になったからなのは理解できた。

 こんなことなら広辞苑を持ち歩くべきだっただろうか?


「ふぁわぁ……流石に早起きし過ぎて眠いかも」

「肩貸すよ」


「んー、誰も居ないし寝転がる!」


 そう言って遥香は長椅子に寝転がった。

 彼女の服装が“異世界転生中”の文字と猫が倒れている絵が描かれている変なTシャツに、デニム生地の短パンだったから良かったものの、いささかお行儀が悪い。というよりマナーの問題もある。



「ダーメ」


 僕は無理やり引っ張って身を起こさせ、肩を枕にするようにした。


「他のお客さんが来たら困るからここで我慢してよ」

「ぶー……すんすん、いい匂い。仕方ないなぁ。じゃあ着いたら起こしてー」


 今途中で流れるように匂いを嗅がれた気がするが、どうやら本当に眠かったようで起こすのも悪いため追及は控えておく。


 それに、こうして彼女の頭が肩にあるのはこれで3回目だから、僕も少しだけ懐かしみたい気持ちもある。


 最初に僕の肩が遥香の枕になったのは、高校一年の春、入学式の朝だった。

 実家の車がパンクしてしまったから慣れない電車で学校へ向かったあの日。席で隣だった彼女が頭を乗せてきたのだ。

 後から聞いた話だと「ワクワクして夜寝れなかったんだよねー!」らしい。


 ――ともかく、彼女の第一印象は“変な人”であった。あの時はヨダレを制服につけられないかヒヤヒヤしたものである。



「――――響きゅん……その先は崖だぜベイベェ……くかぁ」


 ……隣から絶妙に気になる寝言が聞こえた。

 夢の中の僕はどういう訳か彼女に追い詰められているらしい。



 思考を戻して2回目は、2年の秋くらいだっただろうか。修学旅行の帰りである。

 他の生徒のように新幹線での出来事ではないが。




明堂めいどう君! めちゃくちゃ悪いことしない?』

『……ついに犯罪行為を推奨し始めたの?』


『ノンノン、犯罪ではない……はず! 2人でここ修学旅行から抜け出さない?』

『……抜け出してどこへ?』


『東京ネズミーカントリー! 東京ネズミーマウンテンでも可!』

『なんでまた東京に戻るのさ。それならいつでも行けるじゃん』


『チッチッチー。分かってないなぁ。このままだと特別感の欠けらも無い誰でもできる修学旅行になるじゃん。それならいっそ、後でド叱られてでも一生忘れない鮮烈なこと、したいの!』

『心配されるし怒られるのは――』


『残念! もう私達の班員には伝えてるから拒否権は無いよ! ね?』


『逢い引きってやつだよね! 頑張って!』

『まさにランデブーってか?』

『ほんとおアツいことで』

『いってらー!』


 面白がられているような気もしたが、そのまま僕は遥香に連行され東京行きの新幹線に乗せられた。用意周到なことに予約までしていたようだ。

 予想外の出費だったが、親から何かあったときのためと10万円貰っていたから大したことは無い。

 そしてそのまま東京へ逆戻りし、1泊2日で遊び尽くすことに。

 最後の方は、僕の家の者に追われることになって大変だったがそれもまた大切な思い出になった。そうして改札を駆け込み、電車に乗って逃げ――彼女は疲れ果てたのか満足そうに僕の肩で眠ったのだ。


 その後きっちり先生にも親にもこっぴどく怒られたし、なんなら親には元が真面目だったからめちゃくちゃ心配された。

 おそらく僕もあの頃には遥香の影響を大分受けていたのだと今思えば分かる。しかし、遥香と一緒に僕の知らない世界を開拓していくのは何にも変え難い楽しさがあったのだ。




『――間もなく、新町、新町〜。お出口は左側です』


「んぅ? …………一緒に寝ちゃってた? って3駅過ぎてる! 遥香、起きて! 寝過ごした!」

「でぇじょうぶだ、トカゲボールで生きけぇる……すやぁ」



「……」



 ダメだ、これはなかなか起きない時のやつだ。

 仕方ない。運ぶしか道は無い。僕は楽しそうな夢を見ている彼女を抱きかかえてすぐに降りた。


 そしてちょうど反対側に来ていた電車に乗り込む。人もチラホラ居たためかなり目立ったが、僕の責任だしこの恥ずかしさは受け入れよう。



「遥香、遅刻するよ」

「うーん、あと20分」


「欲張りめ。ほれほれ」


 目的地方向の電車に揺られながら、未だ目を覚まさない遥香の頬をムニムニとほぐすように触って起こそうと試みる。

 そういえぱ、あのゲームで自分の胸(パッド)を触ったときに、実物の経験が無いと思ったからこの際に触ってしまおうか。



「遥香、胸触ってみていい?」

「うみゅぅ……? 朝? …………今なんて?」



 どういうわけか遥香は目を覚ました。

 若干寝ぼけてはいるがちゃんと聞こえたようだ。


「胸触っていい? って」

「色町に飽き足らず今度は実物!? ついに思春期かい!」



「いや、ゲーム内で自分の胸は触ってみたけど実際どれくらい本物に近いのかなって思って」

「いやいやいやいや、いくらマイベストフレンドとはいえ流石に私のおっぱい様を触らせるのはまだ早いというかなんというか……というか他の人に言ったらセクハラだからやめなよ?」


 それくらい僕だって分かっている。



「遥香にしかこんなこと言わないに決まってるじゃん。何言ってるの?」

「え何もしかして寝起きの私を口説いてる感じッスかできればそういう話は……」


「? 冗談に決まってるじゃん」

「どっからどこまで!?」



 とりあえず過激なことを言っておけば起きるかと思って言ってみただけだ。最初から最後まで冗談に決まっている。胸の触り心地が気になるのは本心だが、それを婚約者の居る僕が言うのは良くないし。冗談以外ないだろうに。



「さ、着いたし降りるよ」

「私の純情を弄びおって! このこの!!」



 ポカポカと頭を叩かれ続けながら、僕らは目的の駅に降りた。


「そういえぱ途中抱っこしたけど運動した方がいいと思うよ。最近引きこもりっぱなしって言ってたし」

「――!!!! 私が太ったと言いたいのかこのアンポンタン!」


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