7.名探偵メイド、ヒビキ

 


「すみません、私とこの方の登録をしたいのですが」

「光栄に思いなさい!」


「えーっと、必要事項を記入の上おひとり様1000Gになります」



 生産組合にやってきた僕達はハルに受付へ行くよう言われて登録手続きをしていた。当のハルは通話で待たせてる助っ人に謝っている。


「――そうなの! マイペースな2人を連れてて私は保護者かっての! ああごめんつい」


 時折愚痴というかこちらの悪口が聞こえるが今はこのお転婆お姫様の手綱を握らないといけない。


「アメリア・フォン・グランセルっと」

「ぴっと」


 普通に本名を書いていたので横からフォン以降を横線で消しておく。


「ちょっと!」

「それより年齢の欄でございます。アメリア様はおいくつで……?」


「こう見えて、わたくしは15よ。ふふん」

「見た目通りですね。あ、これでお願いします。1000Gはこちらで」


「は、はい。承りました」


 こうして特に何の問題もなく身分証が手に入った。あの紙には嘘を見抜く効果があるらしく、犯罪歴さえなければ簡単に通るのだ。ハルの受け売りだけれども。



「……どこかの貴族のお忍びかしら?」


 耳はいい方で聞こえたのは疑惑の声というより好奇の疑問であった。これでもこの国の王女様なんだけどね。

 ハルと合流し、今度こそ町の外へ向かう。

 ハルとアメリアさんの主従雑談を右から左へ流しつつ、今の状況と今後の具体的な方針を考える。



 ――アメリアさんは第二王女でありながらほとんど顔を知られていない。彼女の発言から権力を持っている人物、それこそ国王さんあたりから虐げられている可能性がある。

 ただ、その仮定だとどうもしっくりこない。


「アメリア様」

「何よ急に真剣な顔で」

「表情は変わってないけど珍しいね、何かあった?」



「いえ、気になることがありまして。アメリア様がお使いになられた、あの火の柱を消したスキル、あれは王家特有の何かなのでしょうか?」

「…………そんな大層なものでもないわ。わたくしはこの通り、忌み子だから。その証みたいなものらしいわ」


 そう言ってアメリアさんは自身の編み込んでいた金髪を解き、赤い部分を見せた。



「それは父君から?」

「? わたくしはお父様とお母様としか話したことないわ。本を読んで練習はしていたけれど、マトモに人と話せたのはヒビキで3人目かしら。いつも通りの王宮の離れで眠ったら誘拐されて初めて外に出たくらいだもの」


 おっと、思ってたより過酷な環境だった。

 言語能力や情操教育がどうなっているかはさておき、そうなると忌み子とやらの存在の客観性が皆無だ。


「アメリアぢゃんん! 辛がっだねぇ……私も、居るから頼っていいんだよお!」

「ちょ、離しなさい! その紙の鎧が擦れてこそばゆい……!」



 号泣するハル、それを面倒くさそうにあしらうアメリアさんを無視し、僕は頭を回転させる。




 ――まずは舞台の整理、ここは王国で王族をトップに貴族、平民と階級社会となっている。


 次にアメリアさんの置かれた状況。

 彼女は第二王女であり、いわゆる次女の立場。少なくとも王位継承で優位な立場ではない。

 そして物心着いた頃には両親から「忌み子」とだけ言われて隔離状態にあった。誘拐場所はその隔離された場所。身体的な特徴と異色なスキル。


 そして誘拐犯は界滅教団を名乗っている。関連してこの大陸の未開拓領域である死の森はかつて界滅王と呼ばれる存在が支配していた。繋がりがあるとみていいだろう。シエラさんの言葉をそのまま信じるならその者は今は居ないような口ぶりだったからその王が率いている訳では無い――教団ということはむしろその王を崇めているといったところか。

 シエラさんという実例もあることだし、その時代の生き残り、それも界滅王の部下にあたる人物が教団を牛耳っている可能性がある。



 そして大きな問題点。アメリアさんが民草にまったく知られていないのははっきり言っておかしいということ。忌み子だと監禁するくらいならもっと効率的な方法はある。親としてできない、といった感情面での不履行の可能性もあるが……僕の推測が正しければ――――いや、確かめてみればいい話か。



「すみませんあのリンゴだけ購入してきてもいいでしょうか?」

「うぇ? 唐突だね? 私はここでアメリアちゃんをなでなでして待ってるよ……」

「いい加減離しなさいよ!」



 盾のタクシーを停めてくれたので空を歩きながら降りてリンゴを売っている露天商へ向かう。



「すみません、リンゴを5個頂けますでしょうか?」

「おや、どこかのおつかいかい? 全部で1350Gだよ」


 あ、生産組合の登録で2000G使ったから手持ちが548Gしかないんだった。


「すみません、財布を忘れてしまって小銭しか無いので2つでお願いします」

「あらうっかりさんねぇ。2つで540Gだよ」


 リンゴ2つをストレージに入れ、ふと思い出した体で世間話風に尋ねる。



「それにしても新鮮な果物って美味しいのにお安いですよね」

「そうだねぇ。ここ十数年は税関連の規制も緩まって安く仕入れられてるのもあるかもねぇ……現国王陛下には頭が上がらないよ」



「そうですね。そういえば来訪者がいらっしゃるという噂を耳にしますし、そういった方々向けに王家の方々も顔見せを行ったりしてご尊顔を拝める機会はあるかもしれせん」

「確かにあるかもだねぇ。王家の皆様勢揃いってなるならここからでも王都に行く価値はありそうだ」


「勢揃い……その時は第二王女殿下もお見えになられたりすると思います?」

「いやー、第二王女殿下は生まれつき体が弱くて寝たきり、社交界の場にも体力の問題で出られないって話だから流石に無いんじゃないかい?」


「そうですよね……しかし、生きている間に王家の皆様のご尊顔を拝謁したいものですね」

「そうだねぇ」


 こんな所で会話を切り上げ、ふわふわ盾タクシーに戻る。

 今の探りで手に入れたのは、国王が悪政を敷くような人物像ではないという情報。

 そしてアメリアさんがちまたでは病弱として知られているという情報だ。


 プレイヤーが来てるのは聖王国が広めているとハルが触れていたから既出の情報。




「行きましょうか」

「うぅ……泣きすぎて目の辺り腫れてない?」

「ふん! ヒビキの野菜炒めでも食べれば治るわよ!」



 今度こそ出発の時だ。


 パズルの外側は埋まった。あとは中心のピースの裏表さえ確認出来れば完成する状態だ。ただ、その裏表は僕にとってはどうでもいいこと。

 どちらであれ結論は揺るがない。それに左右されるのはアメリアさんの覚悟、遅ければ玉座で後悔の念に押しつぶされるかもしれないが、そこまで面倒を見るのは過干渉というものだろう。




「アメリア様、本当にこの国の王になるおつもりですか?」

「当たり前よ! ヒビキがわたくしでもできるって言ったんじゃない!」

「そうだそうだー! 軽率な口説き文句言いおって!」



 余計な野次がいるが、そのつもりなら僕も手助けをするだけだ。


 ――メイドとして主に仕える前に雑草は刈っておかねばならない。

 界滅教団という、王国の奥深くまで根付いた雑草はね。


 内心真実に辿り着いてほくそ笑む僕だが、所持金額はなんと8G。駄菓子すら買えないからあんまり笑える状況ではないかもしれない。


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