5.濃い人達
うずくまっている王女様に声をかける。
「探しましたよアメリア様」
「ヒビキ……とみすぼらしい騎士……」
「ダンボールのことをみすぼらしい言うな! あと私はハル!」
「
「ということは転移ポータルは使えなかったわけですね」
「あ、王女様なんだっけ。ごめん、なさい?」
ハルは敬語を使い慣れていないようだ。
確かに僕みたいな世間からしたら特殊な生まれでもないし、敬語を使う機会が多いと聞く運動部にも入っていなかったからしょうがないかもしれない。今もゲーム実況者とやらで一人で仕事をすることが多いらしいし。
「別にいいわよ。お父様も外聞のために
「敬語使わなくていいのはありがたいけどそこまで卑下しなくても……」
自分の存在も認められず、居場所も失ったのだから凹むのも当然だろう。家の事情というのはどんな場所にもあるもの――だけど、本当の自分を出せていない僕を見ているようで、無性に腹が立ってきた。
苛立ちはメイドとして押し隠してアメリアさんを抱き上げた。そのまま【天蹴】で空を駆け上がっていく。
「突然何を――!」
「これが、私の理想の主人がご覧になられるであろう景色です」
「は?」
「遠くで見えるあのちっぽけな城がこの国の王城ですよね?」
「まあそうだけど……」
「アメリア様はこの景色をご覧になられる覇王の器ではありません」
ショックを受けたような表情でこちらを睨みつけてくるアメリアさん。そういうところだよ。
「馬鹿にしてるの?」
「そうともとれるかもしれません。アメリア様程度の器でも、あんなちっぽけな城を手中におさめることくらいならできる――そう言いたかったので」
僕が仕えるには足りないアメリアさんだが、この国のトップに立つくらいならできる。
僕は人を見る目が優れている方だから分かるのだ。
何かを思案しているアメリアさんをそっとしておいて降下する。
「目立つから町中で飛ぶのは今後やめようね!」
「今更な気はしますが分かりました」
メイド服はともかくダンボールを着ている人がいて目立たないわけがない。
「というかそのダンボールも脱がないのですか?」
「中、体のラインがもろで出るインナー、というより全身タイツみたいな格好だから……」
何をどうしても目立ちそうだこの人。
別の服を買う他ない。
「――決めたわ」
今度服を買いに行こうと話していると、何かを考えていたアメリアさんが僕達を見やった。覚悟の決まった表情である。
「
「嫌です」
「……え?」
「普通に嫌ですが?」
相応しくないと何回も言った気がするのだが人の話を聞いていなかったのだろうか。
そんな捨てられた子犬のような目で見ても拒否の意思は揺るがないんだけど。
「さっきの話からしてそういうつもりなんじゃないの?」
「いえ、それとこれとは話が別ですよ」
ただ励ますための行動であり、彼女が僕の主に相応しくなることは未来永劫ありえないのだ。
「今の流れで即拒否は酷いね……まあ主従契約して安全の確保をするという点なら私でいいんじゃない? たぶんヒビキもアメリアちゃんを王にするのは別に異論ないんでしょ?」
「まあご勝手にといった感じですね。ちなみにその契約というのは?」
「主従契約はこっちの人と私らみたいな来訪者の間だと特別な効果があって、契約を結んでるこっちの人は死んでも来訪者の努力で復活できるんだよ。来訪者側が従者側なら1人だけ、主人側なら特殊なスキルが必要になる代わりに複数可能、って感じの仕様だね」
現実そっくりだがそういう配慮はちゃんとゲームなんだ。
それなら僕は理想のご主人様のためにもその枠は空けとかないといけない。ハルには申し訳ないがここは彼女に任せよう。
「では時間を潰しているのでお願いいたします」
「はいはーい」
「ほんと自由なメイドね……」
契約には何やら時間がかかるようなので、僕は広場にあった雑貨屋へ行っていることにした。
調理器具はメイドとして最優先事項なのだ。
扉に備え付けられたベルを鳴らしながら入店。
まだ10時近くだからお客さんも他に居ない。
品揃え的には素晴らしい。デザインに凝っているものが少ないのが残念だが使う分には問題無い。
とりあえずツナギとして包丁、まな板……と必要なものをカゴに入れていく。菜箸もあるのか。世界観というよりこれはゲームっぽい。
色々見て回っているうちに他のお客さんも入ってきたようなので邪魔にならないようにさっさと終わらせようとさっさとカゴに入れる。
――お、サバイバルナイフまで置いてあるんだ。役立つ場面は多そうだし買っておこう。あと一つしか無いし今が買い時。
「……っ!」
「あ、ごめんねー?」
他のお客さんと被り、手が当たった。人の気配には敏感な方なのに気付けなかった。
なんだかほわわんとした雰囲気の眠そうな顔付きの女性だ。灰色の髪でおおらかな海の色の瞳をしている。服装はパジャマだ。
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。私はそれほど入用でもありませんのでどうぞ」
「おー、悪いね。じゃあご厚意に甘えさせてもらおっかな?」
プレイヤーのようで、頭上には“シオレ(R)”と出ている。僕やハルのようにリアルモジュールらしい。それにしてもこの人とは現実でも会ったことがあるような気がする。そんなこと僕からはおくびにも出さないが。
「キミ、どこかでウチに会ったことないー?」
「……ありませんね。新手の詐欺ですか?」
「気のせいか……ま、今回のお礼はしたいからフレンド送るねー」
「それで気が済むのなら承知いたしました」
そうしてシオレさんとフレンド登録をし、他愛もない会話をしながら買い物を済ませた。
「それにしてもメイド服似合ってるねー。ウチのジョブ武器職人だから、今度仕込みナイフ作ってあげる!」
「暗器の類は触ったことありませんが、いただけるのでしたら使わせていただきます」
ゲームといえば戦い、みたいな偏見を持っていたが、やはりこのゲームに限ってはキコリーさんしかりこの人しかり、自分の好きなことをやっていて楽しそうだ。
かくいう僕もオリジナル装備こそ戦闘向けだが、それはあくまで友人であるハルと遊ぶためであり、他はメイドとしても楽しむつもりなので同類といえる。
店員さんの事務的な声を背に一緒に店を出た。
「遅いぞシオレ」
そんな僕らを睨みつけて出迎えたのは、修道服を着た10才半ばほどの少女だった。艶のある銀髪は綺麗に切りそろえられており、その瞳には力強い金色があしらわれていた。
「そっちのメイドは?」
「店でたまたま仲良くなってねー」
「ヒビキでございます。では、私はやることがありますのでここで失礼いたします」
「待て」
用は済んだし戻ろうと思ったのだが修道服の少女に引き止められた。
「貴様、あそこの王女と行くつもりか」
「……ええ」
王女だから顔が売れている、訳ではない。アメリアさんが民草にも有名であればもっと干渉があったはずだ。家の事情がありそうだから触れていないが、だからこそこの少女の正体が掴めない。
「少し裏で話そう」
「分かりました」
「なんか不穏な空気ー?」
まだ名前も聞けていない少女に連れられ、人目のつかない裏道へ入った。しばらくして少女は立ち止まり、2mはある巨大な十字架を出現させて地面に突き刺し、その上に座った。
わざわざ見下すためにしたのだろう。
その上懐からパイプを取り出し、どういう仕組みか煙をふかし出した。電子タバコなどと聞いたことはあるがあんな感じなのだろうか? いや、あれは煙が出ないんだっけ?
「喫煙は未成年者がやると良くないと聞きますが」
「シエラちゃんはウチらよりずっと歳上らしいよー」
「この国よりは歳をとっているからな。人は見かけによらぬものだ」
なるほど、それなら良いか。
というか少女の名前はシエラと言うらしい。
「まあいい。それよりあの
「はい。私としても未来を見据えた投資のつもりでございます」
こちらを上から見つめながらシエラさんはため息を煙と共に吐いた。
「――――我が身はとうに燃え尽きている。今更主君のため約束のため動くつもりも無いし、最低限の
遠いどこかを見据えてから、パイプの火を消して懐にしまった。彼女はそこそこの高さを何の問題も無さげに降りて僕の頬を撫でた。
「もし貴様の手中に世界の命運があったとして、貴様は死力を尽くして救うか?」
「さて、どうでしょう。もしその時に仕える方がいらっしゃるのであればその方のご命通りに、いらっしゃらないのであれば――」
「その先は言わずども目を見れば分かる。貴様のような人間は初めて見た。実に面白い」
彼女の金色の瞳が輝く。
「――っ!」
ドクンッと心臓が跳ねた。
採血の時につけられるゴムの紐のようなものを心臓に括られた気分。しかも結構強めで。
『《■■》アルシエラの守護が刻まれました』
『条件を満たした時に庇護を受けられます』
『守護はステータス画面に反映されません』
「はぁはぁ……」
「貴様が何を選び何を為すか、それは我が瞳をもってしても見通せぬ。せいぜい失望させてくれ――待て、守護が剥がれている?」
『――【
『【
そんなのNOに決まってる。
『【
ようやく謎の痛みから解放された。
まったく、何だったんだろう?
「……貴様、馬鹿なのか?」
「藪から棒にどうされたのですか?」
「親切心だったんだがな……まあいい。行くぞシオレ」
「ふぁわ、やっと終わったー? 半分寝ちゃってたよー」
結構酷いことされた気がするんだけどそのまま別れようとしている。
別に悪意があったわけでは無さそうだから責めるつもりは無いが、どうしても聞きたいことがあった。
「すみません、シエラ――アルシエラ様、貴方は一体何者なのですか?」
「……守護の代わりに情報をくれてやるか」
再びパイプを口にしながら彼女は語り始めた。
「この大陸の中央には人類にとっては未開拓の地――通称死の森がある。そこにはかつてモンスターを従える女王が居たんだ」
「かつて、ですか」
「まあな。我はそんな彼女の親友と呼べる間柄だった。それだけの話だ」
長生きして色々と見聞きしてきたというわけか。
満足した様子でシエラさんはシオレさんを連れて立ち去っていく。
「そうだ、これは教えておこう。彼女の名はソヴァーレ。今は界滅王としか呼ばれていないがな」
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