3.初クエストはきな臭い

 


 7番さんと別れ、僕は1人噴水のある広場に降り立った。それにしてもよく作られている。とてもゲームとは思えない作り込みだ。


 フルダイブ型VRにおいて五感がどうたらという知識はあったし、先程の料理で薄々気付いてはいたが、本当に現実そのものだ。

 メイド服と一括りにされている白い手袋を外して、素手で水に手を入れる。そして試しに口に含んでみる。


「……口当たりとしては軟水でしょうか」


 それにしてもここまでリアルとは。最近のゲームはよくできているね。一体何をどうやったらこんな技術ができるのか。


「折角なので水も収納を……あれ、できませんね。液体だと個数で数えられないから入らないのでしょうか?」


 コップも無いしストレージ画面は閉じ――あ、ちゃんと左上に所持金が書いてある。これは支度金ということだろう。金額は50000Gゴールド、価値はあとで市場でも見てみよう。


 それより何故か周囲から視線を集めている気がする。もしかして噴水の水を飲むのは犯罪だったりするのだろうか。こちらがキョロキョロと見渡すと一斉に目を逸らされた。

 1番近くにいた、頭上にプレイヤーだと示す、名前が表示されている人に話しかけることに。


「すみません、少し尋ねたいことがあるのですが……」

「うお、メイド? いや、プレイヤーか。どうかしたか?」



 名前はキコリーさん。筋肉が凄い、牛の顔をした男性だ。



「やけに視線を感じるのですが、噴水の水って飲んじゃだめとかの決まりでもあるのでしょうか?」

「……いや、多分嬢ちゃんの格好が原因だろうな。この辺じゃあメイドが出歩くところなんて見た事ねぇし」


「なるほど」



 どうやら僕が設定とチュートリアルに手間取っている間に、初心者でもないプレイヤーはサクサク開拓しているらしい。確かにサービス開始から既に1時間は経っている。



「では気にしないことにします」

「お、おう。鋼のメンタルだな」


「ところでキコリーさん」

「ん?」


「その斧、やはり木こりをやっていたりします?」

「おうよ。種族は牛人族、ジョブは樵夫だぜ?」


 なんて幸運なのだろう。この人とは是非今後ともお付き合いしたいものだ。なぜなら――


「宜しければ木材を買わせていただけませんか? 定期的な取引ができればなお嬉しいのですが」

「木材が必要ってことは生産系か。どれくらい欲しい?」



 別に生産に使うわけでもないがわざわざ訂正することでもないので流してどれくらい必要か考える。デッキブラシを完全に直すにはチュートリアルの時の木材が10個必要。

 ――つまり。


「あるだけ欲しいのですが1ついくらで売って頂けます? 長さは私の肩幅ほど、太さは私の首の長さほど、板ではなく握りやすい形状だと助かります」

「それならこの辺の広葉樹の輪切りを4つにすりゃあいけるな。ざっと本単価200……いや、定期的なら150でどうだ?」



「ちなみにGゴールドの価値ってどれほどのものなのでしょう?」

「日本円と同じくらいだな。1本150円ってわけだ。流石に初めて30分だから手持ちは20本しか無いが――」


「全部買います!」


 3000円でどんな相手にも2回は勝てる可能性があるのなら払って損はしないはず。

 それからキコリーさんにご教授いただいて、メニューからフレンド登録とやらをしてそこからの取引画面で木材20本を受け取った。


 また採ってきたら連絡してくれるそうだ。開始早々良い知り合いができた。

 別れ際に「初心者ならまずは冒険組合に行ってみるといい」とアドバイスしてくれたのでその辺の人の良さそうなおば様に場所を聞こう。



「すみません、冒険組合というのはどこにあるのでしょう?」

「あらメイドさん……何かワケありみたいだね。冒険組合ならあの市場を抜けてすぐに剣が交差するマークがあるから行けば分かるはずよ」



 メイド服を見て何か勘違いした様子だったが場所は分かったのでお礼を言って早速向かう。



 当選市場の様子を眺めながら。


 キャベツが1玉で250G、きゅうりが1本80G……現実の都会だと350円と100円近くするし物価的には低めだろうか。今住んでる現実のド田舎だと村の住民さんからお野菜を分けてもらえたりするし無人販売所だとここと同じくらいだけれども。


 大体の相場は分かったので満腹度回復のため、料理の腕を磨くためにもいくつか野菜をメインに購入していく。



「ふぅ、買い込んでしまいました」



 残金20000Gほどになった。

 宿代も考えてこの辺にしておく。

 あとは調理器具も欲しかったが、雑貨屋に置いてあるらしいので後でそちらに行ってみよう。まずは冒険組合とやらだ。


「ごめんください」



 とりあえず大きな両開きの扉をノックしてみるも誰にも気付かれていない様子。中の喧騒は聞こえるのでもしかしたら勝手に入っていい場所なのか。そっと扉を開けて入ってみる。


 すると中にはイカつい武器を持った人やとんがり帽を被った人など、色んな人が居た。


「――ん? そこのメイドさん。もしかして君も冒険者かい? よかったらこれから一緒にどうだい?」


 いきなり金髪の青年に声をかけられた。

 冒険者というのは何のことだろう?


「すみません、ここはどのような場所なのですか?」


「知らずに来たのか? ここは冒険組合、色んな所から集まる依頼をこなす――言わばなんでも屋だな」

「おいデン! ナンパしてねぇで早く行くぞ!」


「おっと急かされちまった。ま、新入りなら受付のやつに聞いた方がいいぜ」

「分かりました。ありがとうございます」



 どうやらここはなんでも屋の集まりらしい。キコリーさんがオススメした理由は雑に仕事を選んで稼げるからだろう。チュートリアルで見たモンスターを駆除してほしいとかの依頼があれば強くなれるし一石二鳥だからかな。

 そうなると僕とは毛色が合わない。別にお金が必要とか強くなりたいなどの野心は無い。あるのはただ一つ――――理想のお嬢様に仕えることだけなのだ。


 こちらの目的とは異なるため外に出ることにした。冒険組合は合わなかったが、とりあえず雑貨屋にでも行こう――そう考えて歩きだそうとすると、路地の方から灰色のマントを着た人物が横切っていった。


「ふむ」


 それに続けてみすぼらしい服装の悪人顔3人組が横切る。


「ふむふむ」



 これは人攫いだ。間違いない。ここが中世ヨーロッパのような環境なのは市場でなんとなく分かっていたがここまで治安が悪いとはね。なんか人が入りそうな袋持ってたし、「逃げやがって」と喚いていたのでおそらくなんとか自力で逃げ出したところを見つかって追いかけられているのだろう。


 中世と仮定するとあまり身分の低い人が独力でやるとは考えにくいので、下請けのような形態なのだろう。


「流石にこのデッキブラシを人に向けるのはやりすぎですしあんな素人3人相手では木材ももったいないですね。軽く素手でのしますか」


 装備のセット効果もあるのでデッキブラシ片手に走り出した。しばらく必死に追いかけたところ、どうやら行き止まりだったようで追いつくことに成功した。


 とりあえず勢いのまま禿げてる人に蹴りを入れて吹き飛ばした。


「何モンだ!?」

「そい」


 足を薙いでバランスを崩してからデッキブラシを支えに後頭部を蹴って地面に叩きつける。

 最後の一人は逃がして大元を探るのもいいが、目の前のを保護するのが最優先だろう。


「〖放水〗」


 逃げようとする最後の一人の顔に水をかけて怯ませ、空いた腹部に回し蹴りを入れた。相手がどれだけの強さかは分からずじまいだったが、不意打ちと相手の慢心で手こずらずに済んだ。


「どこのお嬢様かは存じ上げませんが、傷等はございませんでしょうか?」

「フードのせいだとしても、わたくしの輝きを知らないなんて、なんて不敬な! わたくしはアメリア・フォン・グランセル! この国の第二王女なのよ!」



 なるほど。

 走り方や立ち振る舞いから貴族の娘さんか何かだと思っていたがそれを超えて王女様だったか。

 しかしなんというか――


「ナシで」

「何よ急に!?」



 僕が仕えたいのはこういう人じゃない。

 拒否の反応とは裏腹に、とても気になるアナウンスが響いた。



『ヒドゥンチェーンクエスト《王家を狙う魔の手①》を発見しました』


 どんなお嬢様か見たかっただけなのだけど、ヒドゥン隠されたチェーン連鎖的なクエストを見つけてしまったようだ。




 ========

 ヒドゥンチェーンクエスト

 《王家を狙う魔の手①》

 難易度:☆4

 ――動乱の種は息を潜めている。


 基礎報酬

 ・BSP20

 ・SKP50

 出来高報酬

 ・未定

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