懐かしい時間と人物
私は目を覚まし、体を起こす。
目をこすってまだぼんやりとした周りを見渡す。
ん?ソファー?
私はソファーに横たわって寝ていたみたいだ。
だんだんと視界が戻ってきて、周りの状況がつかめてくる。
体はかなり小さい。おそらく幼稚園か小学校低学年といったところか。
そこで私は、やけに懐かしく、それでいてずっと見慣れたはずの
風景だと気づいた。
私の家だ、、、。
間違いなかった、そこは私がまだ盛山ミナだった頃に
暮らしていた家だった。
それにこの雰囲気、まだお母さんが死ぬ前の“ウチ”じゃん、、、。
あれって私の描いた絵だ、、懐かしい。
あれは、、ああ幼稚園の時に紙粘土で作ったオムライスだ。
壁や棚には、画用紙にクレヨンで描かれた絵に、紙粘土や折り紙で作られた工作が
飾られている。
ただ絵にしても、工作にしても、そのどれもが“食べ物”だった。
それ以外にも、大きなコルクボードには
私が満面の笑みでレストランの料理をほおばる写真、
お母さんの得意の手料理を前に無邪気に笑う私の写真、
土で汚れた体操服を着た私が幸せそうにお弁当のおかずを食べる
運動会の時の写真なんかが貼られている。
「ん~?写真なんか見てどうしたの?ミナ。」
急に人の声がしてびっくりする。
私は慌ててその声が聞こえてきたほうを振り返る。
するとそこには、台所で何やら食材を包丁で刻んでいるエプロン姿のお母さんがいた。
私をほほえましく見つめてる。
お母さん。すっごい若い、、、。
そこにいたのは、闘病中ほとんど活力を失って、顔のやつれた母ではなく、
まだ元気でエネルギッシュだった頃の母だった。
私がただぼーとそんなお母さんの姿を見ていると、
お母さんがテレビの画面を見て、私に話しかける。
「あら!見てミナ!ほら、駅前にすごいものができてるわよ!」
私はその楽しそうな顔につられて後ろを振り返り、テレビの画面を見る。
そこにはカラフルな装飾の施された“お菓子の家”が映っていた。
そしてそのお菓子の家をリポートする地方局のアナウンサーが目に入る。
「見てください、この立派な“お菓子の家”!えー今日からですね、ここ、〇〇駅の駅前広場にですね、期間限定で展示されるこの“お菓子の家”は、えーなんと!全部実際に食べられる、本物のお菓子が使われているんですよ!すごいですよねー!」
スタジオの人たちの驚く声が聞こえる。
ふーん、こんなことやってたっけな。全然覚えてない。
そこで私の意志とは関係なく口が動く。
「すっごーい!お菓子の家だー!いいなーミナも“食べてみたい”!」
お母さんがそれを聞いて笑いながら言う。
「ふふ、ミナはほんと“食べたがり屋さん”ね。でも、もしミナが食べたらみんな困っちゃうわよ?今度連れて行ってあげるけど、見るだけよ。食べたらだめだからね。」
「え~~なんだ、つまんないの~~。」
また私の意志とは別に口と体が動き、私はソファーに倒れこみながら言う。
「いいな~“お菓子の家”。ミナの家もお菓子だったらいいのに~。
あの壁も、天井も、この床もソファーも!ぜーんぶ食べられたら
いいのにな~」
それを聞いたお母さんがまた優しい声で笑う。
お母さんが笑ったのがうれしくて、私もつられて笑う。
そこで、お母さんが何やら私に喋りかけるように口を動かして
いたのになんと言ったのかがわからない。
その瞬間だけ音が聞こえないように無音になった。
あれ、お母さん、今なんて言ったの?
私がすぐに聞き返そうとしたとき、
再び意識が遠のく感覚になる。
待って、お母さん。まだ、私はお母さんと話してたいのに ―――。
また私が目を覚ますとそこは薄暗い洞窟のような場所だった。
そして目の前には大柄な男がぼろぼろのソファーに
座っていて、こっちを見ていた。
「よぉ魔合者のガキぃ。お前は今日から俺たちの“仲間”になってもらう。」
そうだ、私“誘拐”されてたんだった。
“異世界転生”なんかよりいい夢見てたのに、、、。お母さん、、、。
私はお母さんと会えた久しぶりのあのひとときが
夢だったことにがっかりした。
そして目の前のなかなかの“悪夢”にうんざりとした気分になった。
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