Ep.Last -背負ってよ、私の全部。背負わせてよ、彼方の全部-

「…伶衣?なにしてるの?」

「ん?彼方を吸ってるの」

「そんな猫みたいな…」

 朝、伶衣は僕に抱き着いて胸に顔を埋め、その中で深呼吸していた。

「すぅ~~~……はぁ、満足」

 そう言って、伶衣は僕の胸から顔を上げる。

「そう、良かった」

「…ねえ、彼方」

 さっきとは打って変わって、伶衣が真面目な声色で僕の名前を呼ぶ。

「なに?」

「…彼方に、私の人生を全部捧げてもいい?」

「…どういうこと?」

「分かってるくせに…。こういう事」

 そう言って、右手薬指に着けていた指輪を、左手薬指に着け替える伶衣。

「………。まあ…伶衣が良いなら、だけど…まだ、駄目」

「どおして?」

「…伶衣の人生を、僕に捧げる…っていうか、結婚自体は僕もしたいよ。でも、伶衣の人生を未来に賭けたくないってだけだよ」

「…それじゃ、駄目」

「…?」

 そう言って、僕の顔を両手で掴み、視界一杯に顔を近づけてくる伶衣。

「背負ってよ、私の全部。背負わせてよ、彼方の全部。賭けたらいいじゃん、彼方の人生。そうしたら、私も賭けを背負うから」

「…なるほどね」

 あくまで賭けるのは僕の人生。伶衣はそれを背負うだけ。伶衣の人生を賭けたりはしない。

『…失敗したら、それ、背負えるの?』なんて聞いたら、伶衣は『背負う』って言いそう。

「…失敗したら、それ、背負えるの?」

「大丈夫。背負うから」

 ほらね。

「…でも、まだ法律上だーめ。僕が成人してからね」

「…はあい」

 …人生を未来に、ね…。

 まあ、そうでもしないとこの先、生きていけないのかなぁ…。

「…じゃあ、お願い」

「ん?」

「キスしよ、舌、入れる方の」

「…分かった」

 段々と、伶衣の顔が近づいてきて、キスをされる。

 そして、口の中に伶衣の舌が入り込んできて、僕の舌と絡まる。

 …暫く絡め合わせて、唇を離す。

「…はぁ…はぁ…。ありがと、彼方」

「別にいいよ。…これくらい」

「…そういえばさ、彼方のスマホの待ち受けって、私とのツーショットだったよね」

「そうだね。伶衣のは?」

「え?…あ、私のはぁ…ちょっと見られるの恥ずかしいって言うか…見ても良いんだけど…心の準備を…」

 そう言って僕の胸に顔を埋めて、また深呼吸を始める伶衣。

「…よし、準備完了…。見て、良いよ」

 そう言われて、伶衣は自身のスマホの画面を僕に見せる。

 伶衣の待ち受けには、寝ている僕の隣で、下着姿のまま自撮りした写真が映っていた。

「…これ、いつ撮ったの?」

「…かれこれ半年ほど前に…」

「そんな前から…。っていうか、なんで下着姿?」

「え…っとぉ…そのぉ…」

「無理に言わなくてもいいよ」

「ありがと」

 そう言いながら、伶衣は僕を押し倒す。

「…ねえ、彼方」

「…なに?」

「好き」

「…うん。僕も」


 ■


「…じゃあ、これで良い、よね?」

「…そう、だね」

 僕たちは、指輪を左手の薬指に着け替える。

「…ほんとに、夫婦になったみたい」

 そう言いながら、僕に寄り掛かってくる伶衣。

「…高校卒業したら、結婚する?」

「学生結婚かぁ…でもいいね。私早く結婚したくて堪らないよ」

「…じゃあ、あと2年は待たないとだね」

「もう婚姻届書いちゃう?」

「それは流石に」

 早すぎるでしょ。気持ちは分かるけど。

「式はどこで挙げる?式場見学とかも楽しみ~♪」

「そうだね」

 …伶衣と恋人になれて良かったなって、心の底からそう思う。

 勿論、他の人でも他の人なりの良さがあるのだろうけれど、僕は今、伶衣以外の恋人なんて考えられない。

 それほどまでに、僕は伶衣に夢中だ。

 こうして、寄り掛かってくれるだけでも、とても幸せに感じる。何もしなくたって、こうして居られるだけで幸せで、嬉しくて。

「…好きだよ、彼方」

 そう言って、僕に頬を擦り付けてくる伶衣の頭をそっと撫でる。

「髪、サラサラだね」

「…彼方だって…サラサラ」

 緩くて、甘くて、不快感なんて何一つない。

 時間と、幸せだけが、この空間を流れていく。

「「…このまま、ずっとこうしていたいな…」」

 偶然、僕と伶衣が同タイミングで零した台詞は、全く同じだった。

「ねえ、彼方。膝枕して?」

「うん。いいよ」

 伶衣の頭が、僕の太腿に乗る。そのまま、可愛らしい寝顔を浮かべて眠ってしまった。

 眠った伶衣の髪を撫でる。

「…うん。さっきと一緒だ」

 いや、まあ変わったら変わったでちょっと困るんだけど。

 時計は十二時半を指していた。

「昼食、作らないとなぁ」

 そう言葉を零すが、体は一向に立ち上がる気配を見せず。

「…伶衣、起きて。お昼食べよ」

「ん?…わたし、たべられるの?」

「どこをどう聞いたらそうなるの。食べるよ。お昼ご飯」

「んぅ~…ん。…食べよ。お昼」

 僕の膝枕から起き上がり、伸びをする伶衣。

「うん」

 …伶衣の全部を、僕が背負って、僕の全部を、伶衣が背負う。

 それだけで、こんなに幸せになれるんだ。

「ねえ、伶衣」

「ん?」

「大好き」

 そう言って僕は、伶衣の頬にキスをする。

「…ば~か。もう知ってるよ」

「そっか」

 僕らの、甘い日常はこれからも、緩く、緩~く、過ぎていくことだろう。


――――――――

作者's つぶやき:唐突過ぎる終わり方…というわけでもないですよね。はい。

一先ず終わりました。一先ずは。

番外編や本編の方で、まだもう少しだけ書くかもしれませんが。

次回作、お楽しみに。それでは、また。

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