Ep.29 -空気が重い…-

「…た、彼方、起きて。朝だよ」

「…ん~…」

 珍しく、伶衣に起こされる。いつもはもっと早く起きられる筈なのに。

「珍しいね、彼方がこんな時間まで寝てるの」

「…んー?…いま…8時…」

 確かに、いつもなら5時か6時くらいには起きているのに。

「…体調悪いとかある?」

「…ん~ん、ない」

「そっか。…じゃあ」

 そう言いながら僕のベッドに入り込んでくる伶衣。

「え?なにしてるの?」

「…あまっちと一緒に寝たでしょ…?」

「うん」

「だから…次は、私の番…だよ?」

「このまま二度寝?」

「うん。そう」

「天笠先輩は?」

「ついさっき、帰ったよ」

「そっか」

 そう言って、再びベッドに横になって僕は目を閉じる。

 後ろから抱き着いてくる伶衣の手の感触や、少しひんやりとした体温が伝わってくる。

「おやすみ、彼方…♡」

「っ…うん…」

 熱っぽい伶衣の吐息とともに囁かれる甘い声は、僕にゾクッとした感覚を与える。

 だけどすぐに眠気が襲ってくる。僕は抗う事をせずに、眠気のままに意識を手放す―――。

 ――――…ん…。

「…あ、彼方起きた?」

「お~、寝起きの瀬戸くんを見るのはいつぶりだろう」

「そうねぇ…寝起きの彼方、ちょっと新鮮かも」

 視界一杯に映るのは、伶衣の可愛い顔。それと、少し離れたところから母さんと佐藤さんの声が聞こえる。

「…というか、伶衣…僕寝室で寝てたはずなんだけど」

「ん?うん」

「…なんでソファで膝枕されてるの僕?」

「なんでって…彼方軽いし、お姫様抱っこしてここまで運んできただけなんだけど」

「…そう、なんだ」

 伶衣が僕の上から顔を退けると、真っ白な天井が目に入る。暫くぼーっと眺めて、起き上がる。

「…んー…」

「おはよ、彼方」

「…うん、おはよ、母さん」

「にしても、珍しいわね。彼方がこんな時間まで起きてないのって」

 それは確かに、僕も不思議だ。

「あれかしらね、伶衣ちゃんや、佐藤ちゃんが家にいることが多くなったから、安心して日々の疲れがやってきたとか」

「…そうかも」

 5歳くらいだったっけ、母さんが家に帰ってくる頻度が急に少なくなったのって。もう11年近く、殆ど一人で一日一日を過ごしていたんだから、少なくたって疲れは確実にたまっていくものだ。

「…まあ、なんというか…。今更だけど、苦労掛けたわね」

「いいよ、別に」

 本当に今更だなと思いつつ、そう返事をする。

 …まあ、寂しかったのは…そうだけど。

「…そういえば、聞きそびれていたんだけど、これまでで虐められたことってある?」

「…無いことは、無いかな」

 僕には母さんしか家族が居なくて、それが虐めの対象になるなんて思っていなかった僕は、小学校1年当時、少しだけ仲が良かった男の子にそれを話した。最初の方こそ、まだ純粋だからなのかは知らないけど、何も変わらない関係だったけど、いつしか、『僕が貧乏だから、その子の物を取り上げたりしている』と言う噂が流れ始めて、皆から遠ざけられたり、あることない事を言われたり…。その少しだけ仲が良かった子からも避けられたり…。

「…なんだか、申し訳ないわね」

「別に良いんだって。母さんだって、別に望んでいたことじゃないんだしさ。…というか、流石に2人の前でこの話は止めない?」

「…それもそうね、ごめんね2人とも」

「…いえ…」

 そう言いながら、僕をギュッと抱き締める伶衣。

「…彼方。辛かった…?」

「…まあ、うん」

 一時期、人間不信になって、外に出るのも嫌になったくらいには。でも、そんな僕を慰めてくれる人もいなくて。小学校5年くらいまで引きこもっていたっけ。



 佐藤さんは家に帰って、母さんも職場に戻って、家にまた伶衣と2人きり。

「…なんか、空気が重い」

「…仕方ないよ」

 …本当に、なんで深夜帯にしないで伶衣も起きてて佐藤さんも来てるあの時間帯に聞くんだよ、そんな事。

「…ねえ、彼方」

「ん?」

「なんで、さ、小学校…5年、くらいだっけ?」

「うん」

「それくらいから、なんでまた学校に行き始めたのかなって」

「…いや、まあ、正直、もう自殺しても良いかなって言うくらいにまでは結構…しんどかったんだけど、母さんを悲しませたくないなって…」

 家族…というか僕と自分の為に母さんが働いているのは分かっているんだけど、やっぱり少し、寂しくて。

 学校は皆と居られるから、なんとなく好きだったんだけど、皆から避けられるようになってから、居場所を失ったような気がして。

「…じさ、つ…」

 伶衣がさらに強くクッションを抱き締める。

「…その方が、多分楽だったんだろうけど」

 何回も、何回も、何回だって、カッターを自分の左胸に当ててみたり、掌を少し切ってみたりしたけど…やっぱり怖くて、死ねなかった。

「彼方…その、なんか、ごめんね」

「いや、別に謝らなくても良いんだけど…」

 何でこう…空気が読めなかったのかなぁ、僕の母親は。

「だから…まあ、なんていうか、今まで、殆ど惰性で生きてるみたいな感じだったんだけど…伶衣が僕の恋人になってから、なんて言うかさ、救われた…っていうか…」

「そっか」

「………空気が重い」

「…ね」


――――――――

作者's つぶやき:はい、なんだかどうしようもなく少し重い話になってしまいました。

水香さん…何やってるんですか。

それはそうとして、投稿ペースが落ちたり、投稿をお休みする可能性がございます。詳しいことは近況ノートで逐一報告させていただきます。


…次回、最終回です。

――――――――

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