Ep.28 -今は、今だけは…傍に居て…?-

『彼方くん、来ちゃった』

 モニター越しに映るのは、佐藤さんではなく、天笠先輩だった。

「珍しいですね、どうしました?」

『特に何もないんだけど、つい来たくなって』

「そうですか。あ、玄関開けますね」

『うん。お願い』

 そう言って玄関に向かい、鍵を上下二つとも解錠すると、外側からドアが開かれて、天笠先輩の姿を認める。

「こんにちは、彼方くん」

「こんにちは、天笠先輩」

 翔君の一件が解決してから、天笠先輩も全体的に元気になった気がする。

「………」

 僕がそんな事を考えていると、天笠先輩は僕の右手を注視している。

「…指、輪?」

 天笠先輩がそう言葉を零す。

「あぁ、これですか?伶衣とお揃いなんですよね」

「…本当、夫婦みたい」

「まだ左手には着けてませんよ。…っと、今更ですけど立ち話もなんですし入ってください」

「はぁい、お邪魔します」

 そう言って、僕の脇を通り、玄関で靴を脱いだ後、靴を綺麗に整えてから、天笠先輩は洗面所へと向かった。

 …翔君と一緒で、礼儀正しいというかなんというか…。

 何てことを思いながら、戸締りをして手を洗い、リビングに戻る。

 戻ると、伶衣と天笠先輩が何やら話していた。

「ねえ、伶衣ちゃん、彼方くんとは上手いことやれてる?」

「もちろん。ばっちり」

「良かったね、伶衣ちゃん…あ、そうだ」

 そう言って伶衣に耳打ちをする天笠先輩。耳打ちが終わると、リビングの入り口付近に立っていた僕に視線を合わせて、口の前で人差し指を立て、ウインクをする。

「彼方くん、お夕飯、楽しみにしててね?」

「え?…あ、はい…?」

 なんだか良く分からないまま迎えた夕飯。僕の前には、オムライスが二皿。

「彼方くんには、私が作ったオムライスと、伶衣ちゃんが愛情をたっぷり込めて作ったオムライスを食べ比べて、どっちがどっちかを当ててもらうね。彼方くんから見て、右がAのオムライス、左がBのオムライスだよ」

「あ、はい。…じゃあ、いただきます」

 そう言って、取り敢えずAのオムライスから食べ始める。

 …まあ、二人とも料理上手だし、どっちが作ったとしても普通に美味しい。

 AとB、交互に味を確認しながら食べ進めて、両方とも食べ終わる。

「ごちそうさま」

「…彼方、どっちがどっちか、分かった?」

「…感覚的に、Aの方が伶衣っぽかった」

「正解~!」

「やった」

 まあ、どっちも美味しかったけど。

「愛の力ってあるんだね…ふふっ。嬉しいよ、彼方」

 そう言いながら、僕の服の内に手を這わせてくる伶衣。

「…ねえ、伶衣」

「ん?どうしたの?」

「…くすぐったい」



 なんだか、最近伶衣のスキンシップが若干過激になってきている気がする。

 服の内に手を這わせてきたりだとか、後ろから抱き着いては首元にキスをしてきたりとか…悪い気はしないんだけど…なんかこう…。

「削れていくんだよなぁ…理性が」

 味気の無い自室で一人、天井を見つめ、それに手を伸ばしながらそんなことを呟く。

「…彼方くん、起きてる?」

「ん?…あぁ、起きてますよ」

 そう言いながら起き上がり、開きっ放しのドアの方に視線を向けると、パジャマに身を包んで枕を抱き抱えた天笠先輩が、入り口付近で立っていた。

「何でかな、眠れなくて」

「そうなんですか。…翔君の事が心配とかですか?」

「ううん。翔は今、実家に帰ってるから」

「そうですか。…じゃあなんでですかね?」

「…好きな人の家、だからなのかな」

 …好きな人。天笠先輩、僕の事好きだって言ってたな。

「伶衣ちゃんから、許可はもらってるから…その、一緒に寝てもいい?」

「…まあ、伶衣がいいなら別に…」

「良いの?…襲っちゃうかもしれないのに…?」

「そんな事天笠先輩はしませんよ。絶対に」

 僕は天笠先輩の事は母さんと伶衣の次にくらいに信用しているし。

「それに、僕の事が好きなら僕に嫌われないように立ち回るはずですから」

「…確かに、そうだね」

 そう言いながら、シングルサイズのベッドのお世辞にも広いとは言えないスペースに天笠先輩が入り込んでくる。

「…伶衣と寝た時もそうだったけど…狭いですね」

「まあ、シングルサイズだとこんな感じになるよね」

 こんな状況になる事が分かっていても、天笠先輩に許可を出すあたり、伶衣も天笠先輩の事をかなり信用しているんだろう。

「…ドア、閉めてきますね」

「だめ…」

 そう言いながら、天笠先輩は起き上がろうとする僕の肩を掴んで、ベッドへと引き戻す。

 少しだけ起き上がる力を掛けてみるけど、起き上がらせてくれない。どころか、さらに引き戻す力が強まる。

「…今は、今だけは…傍に居て…?」

「…分かりました」

 そう言って、抵抗する力を抜いて、ベッドに身を委ねる。

 天笠先輩も、安心したのか僕の肩から手を退ける。

「…ねえ、彼方くん」

「なんですか?」

「もし、さ。伶衣ちゃんが告白してこなかったら、伶衣ちゃんと恋人にならなかったらさ、私の告白、受けてくれてた?」

「…まあ、断る理由もないので」

「そっか」

 そう言うと、天笠先輩は僕の背中に顔を埋め、すぅすぅと寝息を立て始める。

 僕も、視界をシャットダウンして意識を段々と手放していく。


――――――――

作者's つぶやき:あまっちは彼方くんの事それなりに好きなんですよね。

彼方くんからしても、あまっちは単なる知り合いというわけでもなくて、好意を向けてくる友達、的な認識みたいです。

ちなみに、あまっちは彼方くんの背中に顔を埋めただけで、抱き締めてはいません。

彼方くんのことは好きなんですけど、諦めて、でもまだ好きで…。って、少し葛藤した結果なのでしょう。恐らく。

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