Ep.24 -今だけ、猫になって甘えようかな-

 インターホンが鳴る。モニターを見ると、佐藤さんや天笠先輩ではなく、宅配員の姿が映っていた。

 何か頼んだかな…。と思いながら、荷物を受け取る。

 ご依頼主の欄を見ると、『佐藤由希』と書かれていた。

「…お礼はしないって言ってたはずなんだけどなぁ…」

 もしかしたらお礼それ以外なのかも。

「彼方、何か頼んでたの?」

 宅配された荷物を持ったままリビングに戻ると、伶衣が小首をかしげてそう疑問を投げかける。

「いや、佐藤さんから」

「由希ちゃんから?…なんだろ?」

「分かんない」

「ん、カッター」

 そう言って、伶衣はカッターを差し出す。

「ありがと」

 そう返事をしてカッターを受け取り、刃を出して小さな段ボールのガムテープ部分を切っていく。

 すると、紙袋と手紙が段ボールの中に入っていた。

『彼方&伶衣ちゃんへ

 前はありがとね~。お礼はしないって言ったからこれはお礼じゃないよ~、ただのプレゼント。アクセサリーだから着けてみてね~。じゃ。

 さとーより』

「…なんか、真面目に書かれた気がしない」

「まあ良いんじゃない?」

「それはそうだけど」

 そう言いながら、佐藤さんいわくアクセサリーらしい物が入っている紙袋を開ける。

「…猫、耳?」

 猫耳のカチューシャだった。

「…着けろって…これ…」

「………~っ…。…はい…」

 そう言いながら、目を瞑って僕の前に正座する伶衣。

「…早く…」

「…分かった」

 伶衣の頭にカチューシャを着ける。

 伶衣の黒髪とカチューシャが全く同じ色で、本当に猫耳が付いたみたいになっている。

 可愛い。

「…ど、どう…?」

「うん、可愛いよ。すっごく」

「ほ、ほんと?」

「うん」

 僕がそう言うと、伶衣は両手の拳を軽く握り、「…にゃん♡」と言う。

「………」

「…なんか言ってよ」

「あぁ…ごめん、可愛いくて」

「…じゃあ、許す。…って、これじゃただ彼氏に甘々な彼女になっちゃうじゃん」

 …実際そうじゃないの?

 そう思ったけど、伶衣も「まあそれはいつもの事か…」みたいな表情で納得したように頷いていたし、多分伶衣も同じことを思ってる。

「…じゃあ、私も付けたんだから彼方も着けて」

「えっ」

 僕がそう言うと、伶衣は潤んだ眼をして上目遣いで「…だめ?」と、聞いてくる。

 …その表情、ずるくない?

「分かったよ…」

 伶衣から猫耳カチューシャを受け取って、頭に着ける。

「…どう?」

「…可愛い」

「そう?」

「うん」

 そう言いながら、僕の頭を撫でてくる伶衣。

 …僕も、伶衣には意外とちょろいんだな。今だけは猫ってことで、伶衣に少し甘えよっと…。

 そう思った僕は、僕の体を伶衣に委ねる。

「わっ…彼方?」

「今だけは猫ってことで…ね?」

「…ふふっ。うん」

 そう言いながら、また頭を撫でてくれる伶衣に体を委ねたまま、目を閉じる。恋人に頭を撫でられるのは、心地よかった。

 段々と眠気が溜まっていき、ゆっくりと、でも着実に僕は意識を手放していた。



「………ん…」

「あ、起きた」

「さと、さん?」

「おはよう瀬戸くん。よく眠れた?」

「…うん。…伶衣は…?」

 僕がそう言うと、悪戯っぽい笑みを浮かべて僕の後ろを指差す。

 後ろを振り向くと、伶衣が目を閉じてすぅすぅと寝息を立てていた。

「『彼方の匂いが一番安心する』。だってさ」

「…そう」

 伶衣の頭を撫でる。すると、もっとしてほしいとせがむ様に僕の手に頭を擦り付けてくる。

 暫くすると、伶衣は片目を薄く開ける。

「…かなた…♡」

 寝起きの蕩けた声で、伶衣が僕の名前を呼ぶ。

「…えへへ♡」

「っ…」

「外は寒いのにここはアツアツだね~」

「…伶衣、起きて」

 そう言って、伶衣の体を揺さぶる。流石にこれ以上佐藤さんに揶揄われたくない。

「…んー…おは、よ。彼方」

「おはよう、伶衣」

 …今更だけど、リビングから僕の部屋に場所が変わってるし。

 鍵は掛けたはずだけど…佐藤さんが家にいるってことは…。

「母さん帰ってきたの?」

「うん、私を家に入れてどっか行ったけど」

 …タイミングが良いんだか悪いんだか。

「…ねえ、伶衣ちゃん」

「ん?どうしたの由希ちゃん」

「瀬戸くんの匂いってどんな匂いなの?」

「え?…う~ん…」

 佐藤さんからの問いに、伶衣がそう唸る。

 一応僕も、自分の腕のあたりの匂いを嗅いでみる。…特に匂いはしないけど…。

「彼方の匂いは彼方の匂いだよ。例えられない。でもいい匂いだよ?」

「そうなの?」

 そう言って僕に鼻を近づけようとする佐藤さんを、僕の後ろから手を回して止める伶衣。

「だ~め、彼方の匂いは私だけ」

「ラブラブめ~。あ、でも、夫婦ではないかも」

「だって夫婦じゃないし。結婚したいとはまぁ…思ってるけど」

「えぇ~?違うの~?」

「違うって」

 というか結婚できないの。法律上。

「てっきり『愛さえあれば問題ない』とか言うタイプかと思ってたけど」

「…佐藤さんは僕をどんなキャラだと思ってるのさ」

 現実的にできないものはできないんだから、できるようになるまで待つしかないでしょ。

「そうだよ、彼方はそんな事言わない」

「確かに、そういうの言ってるところ見たことないかも」

「…というか、もうそろそろリビングで話さない?」

「そうだね」

「じゃあ、私先降りてるからね~」

 そう言って足早に部屋を出ていく佐藤さん。

「…本当に、自由人だなぁ…」

「だね」

「僕らも、降りよっか」

 そう言った後に、ベッドから立ち上がり僕らはリビングへと向かった。


――――――――

作者's つぶやき:彼方くんって、意外と可愛いんですよね。あと伶衣さんには若干ちょろいです。

なんか、漫画とかを見てると『〇〇の匂いは良い匂い』だとか何とか書いてるのを見ますが、あれって実際に良い匂いだと感じてるんでしょうかね。

――――――――

よろしければ、応援のハートマークと応援コメントをポチッと、よろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る