Ep.16 -文化祭を巡ってみよう-

「…はぁ、やっと女装が終わった」

「お疲れ様、彼方。水いる?私が先に口付けちゃったけど」

「…じゃあもらう」

 伶衣が渡してくれた、水が3分の2ほど入ったペットボトルのキャップを開け、ボトルを傾けて口の中に水を流す。

「…ぷはっ…ありがと、伶衣」

 2分の1程度にまで水が減ったペットボトルを伶衣に返す。

「間接キスじゃ動じなくなったんだ」

「まぁ、ね」

「うん」

 嬉しいけど、そこまで恥ずかしくはなくなった。

「ついでだしキスもしちゃえば?」

 どう言うついで?

「…じゃあ、する?」

「流石に人前でするのはどうなのさ?」

「…まぁ、確かにそうだね」

 流石に公衆の面前でキスは恥ずかしい。

「あ、焼きそばだ。食べよ~」

 そう言いながら、『焼きそば』と書かれた屋台に向かって走っていく佐藤さん。僕と伶衣もそれに続いて並ぶ。

「なんかさ、文化祭って言えば焼きそばじゃない?」

「大抵の祭りがたこ焼きか焼きそばじゃないの?」

「あとはたい焼きとか?」

「甘いものも食べたくなってきたなぁ~」

「お金は大丈夫なの?」

「ん?うん。お父さんがちょっと多めにお小遣いくれたから。…ん、あぁ、血縁関係上の父親ね?」

「いや、それは別に気にしてないんだけど」

 そんなことを話していると、列の先頭が僕たちになった。

 佐藤さんはソース。僕と伶衣は塩焼きそばを注文した。3人合わせて2300円。お祭りのこういう食べ物ってやたら値段が高い印象がある。

「ん、おいひ~」

「良かったね、由希ちゃん」

「………」

 焼きそばの入ったフードパックを眺めていると、伶衣が「どうしたの?」と声をかけてくる。

「変なものでも入ってる?」

「あぁ、いや、そういうんじゃなくてさ。単純に楽しいなって」

 文化祭…というより、祭りに参加することも少なくて、参加をしても一人だった僕にとって、初めて3人で回る文化祭。

「良かったね、彼方」

「うん」

 初めて浮かれた空気に流されるまま、こうして羽目を外すのもいいかもしれないと思えた。

「…思い出、だね」

「うん。そうだね」

「じゃあ、そんな思い出を形に残そうよ」

 佐藤さんの提案に、僕と伶衣は頷いて、校門の『文化祭』と書かれた看板の前に立ち、写真を撮る。

「いくよ〜。はい、チーズ」

 パシャっと言う音が鳴る。

「どんな感じ〜?」

「可愛く撮れたよ、伶衣ちゃん」

「確かに、可愛い」

「えへへ…なんか照れるなぁ…」

 …うん。可愛い。

「…さて、じゃあ残りも満喫するぞ~!」

「「お~!」」



 そんな感じで、お化け屋敷やいろんな所を回って、天笠先輩の演劇を見終わって、4人で僕の家に帰る。

 まだ日は落ちず、太陽はビルの隙間に落ち込もうとしている頃。

「…あ、そうだ。伶衣、僕スーパーで買い物してから帰るね」

「ん。分かった」

「「…夫婦みたい」」

 間接キスは慣れたけどその言葉に関しては多分いつになっても慣れないと思う。恥ずかしいから普通に止めて欲しい。悪い気はしないけど。

「はいはい。じゃ、伶衣、また家で」

「うん。またね」

 家路の途中、スーパーの入り口付近で伶衣達と分かれて、スーパーの店内に入る。

「…今日の夕飯は何が良いかな…」

 魚や肉、野菜などを吟味しながらそんなことを呟く。

 今日は何となく鯖の気分。と言うことで、鯖の切り身パック(2切れ入り)×2をカゴに入れる。

「後はぁ…味噌が少なくなってたっけ…」

 今日の夕飯の用意や、少なくなっていたものを買ったりして、レジで会計を済ませ店を出る。

「…結構な金額…」

 まぁ、正直これでも出来るだけ安いものを選んでして購入したんだけど…やっぱり物価高って恐ろしい。あって良かったデビットカード。

 そんなことを考えながら家路につく。

 ドアを解錠し、ドアを開いて玄関に足を踏み入れる。

「ただいま~」

「おかえり~」

 靴を脱いで、上がりかまちを踏み越えて玄関マットの上に立つと同時に、エプロンを身に纏った伶衣が出迎えてくれる。

「…新妻みたい」

「…彼方までそれ言うの…?」

 いやだって、そうにしか見えないんだもん。

「だよね~、新妻っぽいよね~。分かる分かる」

 そう言って佐藤さんがリビングからひょいっと顔を出して「こんなに可愛い妻が出迎えてくれるなんて幸せ者だね~」と言う。

 まあ、うん。新妻っぽいって言った僕のせいもあるけど、そろそろ伶衣が限界っぽい。

「…うぅ~~~」

 顔から湯気が出そうなくらいに頬を赤く染めた伶衣が、僕に倒れこんでくる。

「…妻だの新妻だの言い過ぎだよぉ…。恥ずかしいよぉ!」

 そう言って僕の肩をポコポコと叩く。十数回叩かれた後に脱力して僕に体を委ねてくる。

「…でも…嬉しいな…」

「そっか。良かった」

「おかえり、彼方」

「うん。ただいま。伶衣」

 そう言って、リビングからキッチンへと向かい、冷蔵庫に勝ってきた食材を収納する。

「今日は鯖?塩焼き?」

「うん。それと味噌汁」

 オーソドックスというか、シンプルな和食。

「玉ねぎは味噌汁用?」

「そうそう」

「おっけー。じゃあ、作ろっか」

「うん」

 伶衣とキッチンに立ち、4人分の夕食を作り始める。

 少し前まで、2人分しか作らなかったけど、いつしか4人分を作る頻度も増えてきた。

 どちらにしろ、そんなに作業量が増えるわけじゃないから良いんだけど。

「う~ん、どう見ても仲のいい夫婦だよねぇ」

「いいなぁ、私も料理できる彼氏欲しいぃ~。彼氏特性のお弁当食べたい~!」

 そう言って、クッションを抱き締めてソファの上でジタバタする天笠先輩達を横目に、僕と伶衣は着々と夕食を作っていった。


――――――――

作者's つぶやき:ギリギリ完成した…。本当に危なかったです。

さて、もうそろそろ5月が終わり6月が始まりますね。瀬戸家カップルは月が変わっても変わらずにバカップルしてると思います。

それはそうと、『それはそうと』って便利ですね。まぁそれは置いておいて、天笠先輩あまっちは絶賛彼氏募集中みたいですね。

――――――――

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