Ep.8 -お泊り会 Ⅲ-

「あっ…伶衣…おはよ…」

「あっ…うん」

 朝、部屋を出ると伶衣と鉢合わせた。

 昨日の事もあってか、僕と伶衣の間に気まずい空気と沈黙が流れていく。でも、お互いに自身の部屋に戻ろうとはせず、かと言って、気まずい空気と沈黙を破るわけでもなく。切り出す話題がないまま、ただお互い見つめ合っているのみ。

「…ねえ」

「どうしたの?」

「…昨日の夜…私の声、聞こえた?」

「聞こえなかったよ?」

「そう…よかった」

「はいはい昨日のあれね、聞かれてなくてよかったね」

「へぁっ!?」

「うわっ」

「二人してその反応は何さ」

 伶衣の部屋からひょいっと顔だけを出し、むすっと頬を膨らませた佐藤さんがそんなことを言う。

「『昨日のあれ』って何?」

「乙女二人の秘密だぞっ★」

 声だけで文末に★が付くことが容易に想像できるような陽気な声で佐藤さんが告げる。

「あ、そう」

「興味なさげ~」

「まあ。人のプライベートに踏み込む趣味は無いから」

「律儀だなぁ」

「でも、彼方のそういう所好きかな」

「ありがと。伶衣」

 そんな他愛のない話をしながら、僕らは学校の支度を済ませて登校する。

 そして、授業を4時間分受けて、お昼、いつものようにお弁当を食べようとすると、廊下がやけに騒がしい。

 耳を傾けてみると、『瀬戸先輩が来たぞ~!』とかなんとか、男子からの歓喜の声が聞こえてくる。

 ここに来るだろうなぁ…と。

 そんな僕の考えは見事に的中した。

 黒板から見て後ろ側の扉に伶衣が来て、教室内をきょきょろと見渡す。

 僕を見つけると、ひょいひょいと手招きをする。

義弟おとうとくん、お弁当、一緒に食べよっか」

「あ、はい。分かりました。伶衣さん」

 そう言って、伶衣の後ろについていく。

 教室を出るついでに、佐藤さんをちらっと見る。僕の視線に気が付いたのか、僕を見て佐藤さんはウインクした。

『後で行く』という意味として受け取っていいと思う。

 そして、伶衣に付いていき中庭に到着すると、二人でベンチに座ってお弁当を広げる。

「篝音…あぁ、じゃなくって瀬戸せ~んぱ~い」

 そんな佐藤さんの声が聞こえる

「こら~、先輩の苗字を間違えるんじゃな~い」

「あはは、すいませ~ん」

 ノリが軽いなぁ…。いつもの事か。

 なんてことを考えていると、佐藤さんも弁当を広げて食べ始める。

「ほうひへふぁふぁ」

「ちゃんと飲み込んでから喋れって」

「そういえばさ、私いつも菓子パンなのに今日弁当じゃん」

「そうだね」

 僕が作ったとは言わないあたり、聞かれてるかもっていうのも想定してるのかな?

「友達から『彼氏でもできたの?』って聞かれてさ~」

「っ…」

 伶衣の弁当を食べる手がピタッと止まる。

「盗らないってば」

「分かってる…けど…」

「あはは、本当に盗らないってば」

 そんな会話をしつつ、弁当を食べ終わった僕達はそれぞれの教室に戻った。

 そして、放課後。

 教室の真ん中ぐらいにある自分の席で突っ伏して特に何をするでもなくぼーっとしていると、後ろから佐藤さんに声を掛けられる。

「私、今日バイトあるからこのままバ先行くね」

「分かった。どっちに帰るの?」

「ん~と、一旦彼方ん家かな」

「分かった。伶衣にもそう言っとくね」

「よろしく~、それじゃまたね~」

 そうして教室を出ていく佐藤さんと入れ違いになるように、伶衣が教室に入ってくる。

「あれ、由希ちゃんは?」

「バイト。バイト終わったら僕たちの家に帰ってくるって」

「分かった。じゃあ、帰ろっか」

 2人揃って校門を出る。

「…バイト…バイトかぁ」

「バイトするの?彼方?」

「まあ、いつまでも母さんに頼りっきりは良くないかなぁって」

「ちゃんとしてるなぁ…」



「たっだいま~!」

 そんな元気のいい声が玄関から響く。元気なのは良いんだけど、あんまり元気すぎると近隣の人たちから苦情が来るから控えてほしい。

「おかえり、由希ちゃん」

「おかえり、佐藤さん。声はもうちょっと控えめにね」

「はーい」

 そう言いながら、制服姿のままソファに倒れこむようにして寝転がる佐藤さん。

 さっきの元気はどこへやら。

「さて、じゃあご飯食べよっか」

「は~い」

 ダイニングの椅子に座って、夕飯を食べ始める。

 そして、夕飯と入浴を済ませて、僕は自室でぼーっとしていた。

 ベッドに寝転がって、時折伸びをしながら、ただ天井の一点をぼーっと見つめる。

 こういう時、自分に趣味があればなぁ。と思う。

 熱中できる趣味があるわけでも、これと言って特に暇をつぶせるような手段を持っているわけでもなく。暇をつぶすときは、大抵こうしてぼーっとしている。

「…伶衣の部屋でも行くかなぁ…」

 あまりにもぼーっとしすぎていて、思考したことが口から零れてしまった。

 ベッドから起き上がり、部屋を出る。

 そしてそのまま、向かいの部屋のドアをノックする。

「伶衣、入っていい?」

「い~よ~」

 許可を得たので遠慮なくドアを開けて伶衣の部屋に入る。

 スタンドミラー、淡いピンクのカーペット、ローテーブルの上に置かれたファッション誌にドレッサーなど、いい意味で僕の部屋と全然違った。

「僕の部屋と全然違うね」

「彼方の部屋は質素すぎるんだよ?」

「まあ、自覚はしてる。…あ、そうだ」

「ん?」

「今日は伶衣の部屋で一緒に寝たい」

「へっ!?」

「…駄目?」

「…わ、分かったよ」

「良かった。…じゃあ、先寝転んでいい?」

「う、うん」

 伶衣のベッドに寝転がる。僕の部屋のベッドと同じものだけど、雰囲気だけで結構変わる。

「…柔軟剤の匂い」

「良い匂い…でしょ?」

「うん」

 壁際に寄って、伶衣が入れるスペースを作る。

 そして、伶衣が僕と向き合う形で寝転ぶ。

 どちらからともなく、ゆっくりと、お互いの背に手を回して抱き締め合う。

 唇が触れそうなほどに顔が近くなる。

「…おやすみ」

「うん。おやすみ」


――――――――

作者's つぶやき:『昨日の夜』云々のくだり、伶衣さんは一体何してたんでしょうかね。佐藤さんも知ってるみたいですが、良い感じに濁されている気がしますね。

まあ、知らなくていいんでしょう。きっと。

それはそうと、今回はローマ数字でしたね。

――――――――

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