Ep.7 -お泊り会 そのβ’-

「そういえば、佐藤さん」

「ん~?どうかした?」

「佐藤さんはいつまで泊るの?」

「あ~、2泊3日?」

「分かった」

「それだけ?」

「うん」

「ん~」

 そう言ってオムライスを頬張る佐藤さん。

「おいひい」

「そりゃよかった」

「二人でオムライス作ってる姿は夫婦みたいだったよ?」

「ふっ…!?」

「あはは、やっぱ反応が面白いなぁ~。瀬戸くんも結構…」

「…まぁ、うん。…褒め言葉として…受け取っておくよ、うん」

 …顔が熱い…。佐藤さんに振り回されてる…。

「バカップル~」

「うるしゃいっ…っ…舌噛んだ…」

「あらら」

「大丈夫?」

「…ちょっと血の味するかも。まあでも大丈夫」

「なら良いけど。…………あ、そうだ。伶衣」

「ん?」

「はい、あ~ん」

 そう言って、オムライスを少し乗せたスプーンを伶衣の前に差し出す。

「ふぇ!?え、あ、えっと…」

「…あ~ん」

「あ、あ~ん…」

 そう言って、小さな口を開けて差し出したオムライスを食べる。

「どう?」

「恥ずかしくて…味わかんないぃ…」

「やるじゃん?」

「…あ」

 向かい側でニヤニヤしながらこっちを見る佐藤さんにそう声を零す。

 そうだった、佐藤さんが居ることすっかり忘れてた。

「良いもの見れたな~」

「「……………」」

 恥ずかしさからか、顔を真っ赤に染めた伶衣は黙ってオムライスを頬張っていた。

 僕も顔が熱くて、それを誤魔化すために食べることだけに集中する。

 集中すれば、食べ終わるのは案外早かった。

「ごちそーさま」

「ごちそうさま。美味しかったよ、彼方」

「お粗末様。ありがと、伶衣」

 食器を重ねてシンクへと持っていき、洗剤を付けたスポンジで擦る。

「じゃ、お風呂入ってきまーす」

 着替えを抱えて、ハンドタオルを肩にかけた佐藤さんがそう言って、脱衣所に向かう。

「…家にあるハンドタオル使えばいいのに」

「まあ、人によってはお肌が弱い子とかもいるわけだし…ね」

「そっか」

 佐藤さんが入浴してるうちに洗い物を済ませて、僕と伶衣はソファで寛いでいた。

「…ねぇ…かな、た」

「ん?どうしたの――――」

 伶衣が僕に体重をかけてくる。僕はそのままソファへと押し倒され、伶衣が僕に覆い被さるようになっていた。

「え…伶衣?」

「………」

 伶衣の顔は耳まで赤く染まり、視線は的確に、僕の目をじっと見つめる。

「…伶衣?本当にどうしたの?」

「…す、き」

「え?」

「なんか…歯止め利かなくて…好きって…気持ち、溢れて…」

「あぁ…そう…」

「だから…もうちょっとだけ…」

 僕は伶衣の背中に腕を回して、抱き寄せる。

「…押し倒してそのままなら、抱き締めても良かったのに」

 …僕も少し、歯止めが利かなくなってきているかもしれない。

 伶衣の感触が、体温が、伝わって、より歯止めが利かなくなっていく。

 このままじゃ不味い。そう分かっていても、離れられない。

 徐々に、脳がアウトプットを拒んでいく。

「…ねぇ、かなた」

「どうし、たの、伶衣?」

「…すき」

「っ…」

 甘く、熱く、吐息交じりの伶衣の声。

 心の内のブレーキパッドが、急速に摩耗していく。

 鼓動が早くなる。胸が、顔が、頭が、熱くなる。

 オーバーヒート寸前の頭の、擦り切れそうな理性で、必死にブレーキを掛ける。

「お風呂あがったよ~」

 佐藤さんの声がする。でも、理解どうこう以前に頭が回らない。

 インプットを脳が拒む。

「って、二人とも何してるのさ」

 視線さえ、動かせない。

 それほどまでに、理性でブレーキを掛けるにのに必死で、頭がオーバーヒート寸前だった。

「お~い」

 ひょいっと、僕の視界の上側から佐藤さんの顔が出てくる。

「なに、シカト?…お~い、流石に無視はひどくない?」

「…ちょ…待っ…い、ま」

 思うように声が出ない。声が喉につっかえる。

 情報のインプットもアウトプットも拒む脳を、どうにかして働かせて、腕の力を緩める。

 伶衣の肩を掴み、少し持ち上げる。

「…はぁっ………はぁっ…」

 こんなことで息切れするくらい、僕の体力は限界だった。

 というより、呼吸が浅かったのかもしれない。

「…なんか、お疲れさま?」

「………ぁ…うん」

 声が出るのがワンテンポ遅れる。

「………それで…なんだっけ」

「あ、お風呂。あがったよ」

「………うん」

 頭の1割で佐藤さんの話を薄く理解する。

 ようやく、声の出るタイミングが戻り始める。

「…伶衣」

「………か、なた…?」

 顔が赤く、少し蕩けたような表情。

 そんな伶衣の表情に、また理性が削られていく。

 どうにかして耐える。

 まだ回らない頭で、強制的に。

「私………ぁ…えと…かな、た…」

 伶衣も頭が回り始めたのか、赤かった顔がより真っ赤に染まっていく。

「大丈夫?」

「………ん…」



「…はぁ」

 常夜灯の灯る寝室。

 目は冴えていて、眠れない。

「瀬戸く~ん。入るよ~」

 扉越しに佐藤さんの声が聞こえる。

「あ、うん」

 ゆっくりと扉が開き、廊下の光が部屋に差し込む。

「よ~っす」

「…うん」

「眠れない?」

「うん」

 寝転んでいる僕のすぐ横に佐藤さんが座る。

「回転チェアじゃダメなの?」

「横に座っちゃダメなの?」

「…まぁ、いいけど」

「別に、瀬戸くんを盗るつもりなんてないんだからさ」

 そういう問題なのかなぁ…。

「押し倒されてみてどうだった?」

「…理性ってあんなに早く削れていくんだなって」

「そういうんじゃなくてさぁ~?もっとこう、無いの?」

「何が?」

「嬉しかったとか」

「…ん~…。理性を保つので手一杯だったからなあ…。佐藤さんとまともに会話もできなかったし」

「あ~、あれってそういう事だったんだ。でも流石に無視は傷つく」

「分かってるけどさぁ…」

 分かってるけど、体も動かないし、声も出なかったんだからしょうがない。

「でもさぁ、いっそ欲望のままに動くのも手かもしれないよ?」

「何?悪魔の囁き?」

「そういうんじゃないけどさ、ほら『我慢は体に毒』って、よく言うじゃん」

「毒の無い人生なんか楽しくないだろ」

「それ、このタイミングじゃなかったら名言なんだけどなぁ」

「…まぁ…そのうち。ね」

「『そのうち』ねぇ?そうやってずーっと逃げてたらさ、伶衣ちゃんが誰かに盗られちゃうかもよ?」

 …それは…嫌だ。

 伶衣が僕の物ってわけじゃないけれど。

 そうなっても、ただの義姉弟になるだけで、一緒に居られる。

 …でも…。

「…あ~、もしかして私が居るから気を遣ってくれたってこと?」

「…それもあるけど…万一があったら責任とれるか怪しいし」

「方法自体はあるでしょ。コンドームとか」

「…乗り気じゃない」

「いい加減覚悟決めなよ?」

「…わーってるっての」

「お、言ったね?言質とったから~。伶衣ちゃんのとこ行ってこよ~っと」

 もはや止める気さえ起きない。

 僕は目を閉じて、意識を段階的にシャットダウンしていった。


――――――――

作者's つぶやき:少々長くなってしまいましたね。

ちなみに、β'これで2って意味なんですよね。次は何数字が出るんでしょうかね。

まあ、彼方くんと伶衣さんのディープなのを描写するつもりはないんですけど。事後とかは書いた方が良いんですかね。

――――――――

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