Ep.9 -お泊り会 4-

「…ん…」

 スマホの振動する音で目を覚ます。

 どれだけ眠りが浅かったんだ、僕。

「…留守、電?」

 スマホを開くと、不在着信と留守電が1件ずつ。

『彼方、おは~。これ聞いたら電話して頂戴ね』

「…はいはい」

 ベランダに出て、母さんに電話を掛ける。

『あ、もしもし。思ってたより早かったわね。伶衣ちゃんと一緒にでも寝てた?』

「…何で分かるのさ」

『そりゃ、かれこれ16か17年近く彼方の事を見てきたからね。こんな時間に普通彼方が起きてるはずないもの』

「…ストーカーみたい」

『酷い言われようね。お母さん傷ついちゃう』

 肉親同士の軽い冗談というか、恒例行事というか。

 母さんが僕に対して何か言って、僕がそれを淡々と返す。それに、母さんがこんな感じで返す。僕と母さんが電話した時の恒例行事。

「はいはい。で?何の用?」

『や、お土産何が良いかなぁって』

「…それだけ?」

『それだけだけど』

 というか、母さんがこんな感じの理由以外で僕に電話をかけてきたことってあったっけ。無いよな。

「…なんでも」

『それがいっちばん困るのよね』

 そう言うと思った。

「…んー…寝起きじゃ思いつかない」

『そう。顔洗ってきたら?』

「そんなすぐ思いつかないって」

『まあでしょうね』

 呆れたような、想像通りというような感じの声色で母さんがそう言う。

「っていうか、イギリスのお土産って何があるのさ」

『そうねぇ、紅茶とか、ショートブレッドとか』

「…じゃあ紅茶」

『甘くないわよ?』

「別に甘党じゃないからいいよ」

『まあ分かったわ。あ、お墓参り、ちゃんと行ってくれた?』

「うん」

『そう。それならよかった』

「というか、母さんも墓参り行きなよ」

『まあ、黙禱だけしておいたわ』

「震災の慰霊じゃないんだからさぁ」

『帰ってきたら行くわよ。ちゃんとね』

「帰って来たら来たでまたすぐに家空けるんだ?」

『そうねぇ。あ、寂しいの?』

「まぁ、ちょっとね」

『何気に初めてかもね、彼方がそう言うの』

「あぁ、まぁ、うん」

『まぁ、そうねぇ。帰国してもしばらくは家空けるわね』

「…そう。たまには帰ってきてよ?ちょっとは寂しいんだよ…?…僕だって…」

『仕事でたまにしか帰ってこない彼氏持ちの女の子みたい』

「やけに具体的だね。あと僕は男だよ」

 そうかもしれないけど。

 流石に実の母親に恋愛感情を抱きはしないって。

『女装したら男の娘になれるわよ?』

「そんな趣味は僕に無い」

『つまんないの~』

「…じゃあ、そろそろ切るから」

『はいはーい。伶衣ちゃんと仲良くね』

「わーってる」

『…じゃあ、紅茶楽しみにね~』

「はいはい」

 ツー、ツーと、電話が切れた後の音が鳴り響く。

 藪から棒に次から次へと、淡々と会話してるだけ。

 別に嫌いってわけじゃないし、どちらかというと信頼してるんだけど。

 母さん曰く『ドライなマザコンもどき』らしい。

 ドライは分かるけどマザコン"擬き"ってなんだ、擬きって。

「…結構、長電話したな」

 通話時間は約2分。

 ちょっと話し込みすぎたかな。

「おはよ~」

「あ、佐藤さん。おはよう」

「あれ、伶衣ちゃんは?」

「まだ寝てると思うけど」

「昨日一緒に寝てたよね、そういえば」

「あぁ、うん」

 いつも通り、ニヤニヤした佐藤さんにそう返す。



「それじゃ、私帰るね~。2日とちょっとありがとね~」

「また来てね~」

「は~い」

 佐藤さんが手をひらひらと振って、玄関のドアを出る。

「…迷わないかなぁ…」

「流石に大丈夫でしょ…多分」

「なんか急に心配になってきたんだけど」

「まあまあ、大丈夫だって」

 二日とちょっと。それだけだけど、少し寂しく感じる。

「…濃かったなぁ…この2日間」

「…濃かったねえ…」

 この二日間が濃かった原因を考えてみる。

 伶衣の予想外の行動の所為せいもあったけど、大半は佐藤さんの行動と言動の所為。

 結論。佐藤さんのお陰。

「まあ、楽しかったね」

「そうだね」

 なんとも形容し難い脱力感が僕の心の下側をほんの僅かに濡らす感覚がする。

 心に上下があるかは知らないけど。

 幸いにも今日は休日。この形容し難い脱力感を吹き飛ばすには十分な時間だと思う。

「…じゃあ、デートでもする?」

「…唐突だね、伶衣」

 唐突に伶衣がそんなことを言い出す。

 佐藤さんがいるなら、『いいね!行こう!』とか何とか言いだすだろうし、それに関しては僕も同意だ。

「まあ、行こっか。じゃあどこ行く?」

「…ん~…ショッピングモールとか?お買い物デートって言うの?」

「じゃあ、そうしようか」

「あ、待ち合わせとかやってみたい」

「…同じ家に住んでるのに待ち合わせそれは難易度高くない?」

「確かに」

 まあ、気持ちは分かる…あ、そうだ。

「伶衣の…旧自宅?って今どうなってるの?」

「あー…確か…まだ別荘って扱いだったはず。残ってるよ」

「どこにある?」

「えっとね、じゃあ私がそっちに行くから、彼方は後で送る所で待ち合わせね」

「分かった」

 そう言って、伶衣は自室の部屋へと戻っていく。

「…デート…ねぇ」

 一人のリビングでそんなことを呟く。

「…服…どうしよ」


――――――――

作者's つぶやき:彼方くんと伶衣さんがついにデートですね。

ショッピングモールに行くみたいです。

佐藤さんにやいのやいの言われそうですね。

それはそうと今回は算用数字でしたね。アラビア数字です。

――――――――

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