星降りの冠、神の槍



「あれが高位探求者序列1位、エディス・スペンサーか」


“拡張”の第一発見者にして、【隕星王冠メテオクラウン】なる概念断片シーカースケルトンの保有者。星に乗った金髪の女性はこちらに一瞬視線を向けてから、モンスター蔓延る本部のお膝元に向き直った。


 有象無象のモンスターを着地と同時にその質量をもってして蹂躙しながら、彼女は降り立った。

 彼女は確かイギリスの探求者だったはずだが、淑女とは思えない丈の短いタンクトップの白Tを胸の下辺りで結んでいる。ジーンズなのも相まって、割れた腹筋とおヘソでワイルドさと色気が両立している。



『随分とまあ荒れたもんだ』


 指で王冠をクルクル回しながら周囲を眺めている。

 モンスターの軍勢が轟音を聞きつけて更に寄ってくるのを見て、王冠を輝かせた。


 ――直後、隕石がどこからか出現して全てを押し潰した。



「へぇ?」


 一定間隔で降っている辺り、一気に降らせるのはできないのだろうか。どの道、質量の暴力が主体の戦い方みたいだ。その割には結構鍛えていそうだが。


 しばらく一方的な蹂躙劇が繰り広げられているのを眺めていると、空中を優雅に歩く外套を着た人物が見えた。加藤ことアポストルだろう。

 アポストルの左手にはモンスターを喚び出す水晶、右手には彼女の相棒である【障壁小箱イマジンバリア】がある。


「……」

『本命のお出ましってわけか。石でも食べてな』




 大きな隕石がアポストルに降る。

 というかあいつって英語聞き取れるんだろうか?

 俺は【変態指輪メタモルリング】の翻訳機能あるから平気だが、おそらくエディス・スペンサー氏はネイティブなイギリス英語の使い手だ。



『――〖愚者の寓話フールフェブル〗幹部、界極のアポストル』


『かっこいい名乗りだ。私もそれに倣うとすると――探求者協会所属、高位探求者序列1位……そうだな、隕星メテオのエディス・スペンサーだ』



 アポストルは英語もバリバリ使いこなせるらしい。俺には日本語に聞こえるが、ちゃんと会話しているからそういうことなのだろう。


 そんなことより、だ。俺もそういうかっこいい名乗り欲しい。


 佐藤幸樹としてなら技腕とかかな?

 Mr.Evilなら略王とか。アップル・マディオなら金槍、霧野の師匠としてなら剣神とか。

 探求者協会の会長としては……まだ戦い方は決めてないからいっか。魔法とか不思議なパワー的なやつでいきたいのは決めてるんだけど、そっちはその場のノリで決めようかな。


 そんな妄想の横道に逸れていると、アポストル目掛けて隕石が降った。

 土埃が派手に舞う。



 ――隕石の方が砕けて。



『SF映画のバリアみたいだ』

『……』


 アポストルはフードの奥で意外そうな表情を見せている。おそらく「見た目の野性味の割にSF映画なんて嗜むんですか、ギャップ萌えでも狙ってるんですか」と言いたいのだろう。

 俺も加藤の思考回路はだいぶ読めるようになってきた。……不本意だが、かれこれ数年の付き合いだしな。


「――〖不滅の光ペルペティオルーチェ〗、現着しました。皆さんは加勢しないんですか?」

「チキンばっかりデスカー?」



 協会の玄関付近で聞き慣れた声がした。

 霧野きりの神奈かなのパーティーが到着したらしい。パーティー名の〖不滅の光ペルペティオルーチェ〗は初めて聞いたが、イタリア語っぽいのでマリアンナさんの案だろうか。


『あの無駄に光ってる剣……彼女が勇者とやらか』

「……」



 アポストルの左手にある水晶が妖しく輝いた。

 そして霧野達の前に出てくる鬼。

 あれは〖愚者の寓話フールフェブル〗で攻略した京都ダンジョンの最奥にいたボス……に似たモンスターだ。あれよりはだいぶ格落ちしている。

 強いモンスターを使役できないという上限的なものがあるのか、あるいはあの時の酒呑童子がたまにしか出ないレアボスなのか。いずれにせよあの水晶は今後も検証が必要だな。


 一応|伯楽《はくらく》でモンスターの情報を確認しておく。



 ========

 種族:Ⅲ.伝承の影法師(妖怪)

 個体名:茨木童子

 性格:――

 特殊技能:――

 ========


「Ⅲ」、つまり第三段階のモンスターか。確か酒呑童子は第五段階だったはずだから本当に格落ちだな。さて、現状の霧野達であれに勝てるかねぇ。


 エディス・スペンサー氏も流石に本部の間近で他の探求者もいる所に隕石は降らせられないだろう。

 その証拠にチラッと俺を一瞥してアポストルに向き直った。いざという時は高みの見物をしている俺が出てくると踏んだのだろう。

 その通りだ。流石に霧野達をここで退場させる気は俺も無い。いざという時はアップル・マディオとして助け舟を出すつもりだ。



「来ま――」


 霧野の号令も間に合わず、探求者達はまとめて紙くずのように吹き飛んだ。

 ドロシーさんは持ち前の素早さでマリアンナさんを引っ張って躱し、天樹あまぎ二千華にちかと霧野はそれぞれ刀と剣で衝撃を吸収して難を逃れた。勢いまでは殺しきれずに少し引きずられたが、結果的には〖不滅の光ペルペティオルーチェ〗全員が無事に初撃を凌いだことになる。初撃が全ての敵だったら良かったのにな。


〈――!〉

「ッ……!」


 鬼は攻める手を緩めずに1番近い天樹に接近した。明らかに対応できていない。



「ふっ!」



 唯一、霧野だけが反応して聖剣で正拳突きを防いだ。せいけんだけにってね。

 ……やかましいわ。


 しかし、今の霧野でよく追えたな。動体視力的にはまだあの速度には対処できないと思ったから一応ここからぶっ飛ばせるように槍を構えていたんだが――ああ、そういうことか。

 目をつむり、視覚から拾うのを初撃で諦める判断に至っていたようだ。



「しかし半端だな」



 他の感覚器官がもともと優れているか、俺みたいな練度の気配感知が無いとただ視覚情報を遮断したマヌケだ。

 霧野が研ぎ澄ましたのはおそらくだ。五感で突出しているものが無いのはここ一週間で確認しているから間違いない。


 あれはダメだな。あの精度では僅かなミスで死ぬ。何も出来ずに死ぬくらいならという考えもあるだろうが、如何せん成功確率は低いだろう。



「しゃあない。いつまでもここでくつろいでたらエディス・スペンサー氏にせっつかれるかもだしな。隕石で」



 あんな石っころが降ってきたところでどうこうなるわけでもないが、巻き込まれて本部がぺちゃんこになるのは俺も本意ではない。



「よっこいせ!」


 ド派手に屋上から跳び上がり、鬼の背後に着地した。



「――白馬でもあれば良かったんだけどねぇ。お姫様方、ここは僕、アップル・マディオにおまかせあれ」



 鬼が振り向くと同時に突きの連撃を繰り出す。

 敵の体に風穴を開け、怯ませる。



「【魔穿神槍ディヴァインランス】“拡張”」



 距離を一気に詰めて相手の胸に深く槍を突き刺した。本能的に回避行動に出ようとした鬼だが、それはモンスターを引き寄せる性質がある槍が拒んだ。

 そんな効果が無くても当てられたし、相手が妙な挙動をするので逆にやりにくい。ちょっと慣れが必要かもな。

 俺は槍をエディス・スペンサーの近くに投げてから、ゆっくりと歩き出した。



「さて、あちらにも遊びに行こうかな。君達にはまだ早いしここで待ってなよ」

「な!? 私達だって戦えます!」

「そうよ! あっちは人間なんだから今のモンスターより――」



「子猫ちゃん達、後ろの親猫ちゃん達は分かってるみたいだよ」



 一瞬で霧野と天樹に近付いて2人の口に指を当てて黙らせる。何も出来ずに呆気にとられていたドロシーさんとマリアンナさんは自分達の実力不足が理解できているようでそれぞれ照れ笑いと瞑目で応えた。


 むしろこんなにコテンパンにやられたのにアポストルならやれると思ってるのは実力差が分からないのかバカなのか。後者ではないことを祈ろう。

 今回の襲撃イベントでは、彼女らには実力不足を自覚して欲しかったからはこっちに来なくていいのだ。



「せめて隕石を何とかできるようになってからでないとあっちのレディと並び立つのは難しいからね」

「「……」」


 何も言い返せないようなので、俺はのんびり隕石が降り止まない戦場に身を投じた。

 といってもその全て、アポストルのバリアで防がれているのだが。

 俺は早速エディス・スペンサー氏に翻訳機能を使って話しかけた。



『やあ、お邪魔してもいいかな』

『遅かったな。あんたがアップル・マディオとかいうふざけた奴でいいんだな? リンゴ野郎』


 アップル・マディオの名前がふざけてるとでも言いたげだな。女じゃなかったらアップル・マディオのキャラ的にぶん殴ってたぞ。

 女好きのキャラ設定に助けられたな――



『……メスゴリラが』

『あ゙ぁん?』


 おっと口が滑ってしまった。

 しかし女好きとはいえ、なめられるのも嫌うのがアップル・マディオというキャラだ。こいつには雑な対応でも不自然ではないかな。


『【隕星王冠メテオクラウン】! “拡張”! まとめて潰れな!』

『まじかよこのゴリラ……』



 王冠を被り、本気で星の雨を降らせてきた。

 アポストルにだけでなく俺に対しても。というより協会本部に届かない範囲で無差別に。


「……【障壁小箱イマジンバリア】“拡張”」



 アポストルもバリアを強化してより強固な守備体勢を整えた。バリアは……俺の方には出してくれないらしい。いや、確かにそんなことしたら不自然だけどさ。

 チラッと彼女の顔を窺うと、どこかお怒りの様子だ。別にこのメスゴリラとのトークバトルはいちゃついているわけではないとだけ言いたい。



「はぁ、せめて人並みの理性くらい持てよメスゴリラ」


 敢えて日本語でそうボヤきながら、俺は降ってくる石ころを槍で粉々にしたり躱したりして対応する。

 ――動いた先にを感じてすぐにジャンプで退避する。


『これは……』

『バリアってのは万能なんだなァ』


 メスゴリラの方にもこの攻撃が仕掛けられたようだ。おそらくこの前見せてもらった空間に干渉するバリアを通る場所に出現させることで切断しようとしたわけだ。


 そして避けた先に横からバリアのサンドイッチのお見舞いと。


 俺もメスゴリラもフィジカル猛者なのでそれも見破って逃れた。



『なんでもありだね。強いは嫌いじゃない。どうだい? 僕の伴侶にでも――』


 瞬間、俺の居た場所に木っ端微塵に刻むようなバリアが作られた。マジでなんでもありだな。

 というか殺意高すぎ……あ、そういえばあいつアップル・マディオのこと嫌ってたな。

 なるほど。嫌悪感とは、かくも人を強くするか……。




『…………神槍は苦手』


 それっぽい言い訳をしてこの場から空中を歩いて立ち去ろうとするアポストル。



『逃がすわけないよなァ!』



 当然凶暴なメスゴリラが見逃すはずもなく。拳をアポストル向け、そこから巨大な岩が10個ほど連なって発射された。


「横からも出るのか」



 もはやメテオと言ってもいいのか分からないが、“拡張”とは出力も概念の適用範囲も広げるからそういうこともあるのだろう。

 完全に上だけに警戒を向けていたアポストルは咄嗟の攻撃に対応し損ねた。バリアを冷静に展開しようとしているが遅いな。



「――《風魔導-冥界の嵐流》」



 あちゃーと思ったいたら思わぬサポートが入り、隕石とは名ばかりの岩が粉微塵になった。

 そして宙に浮いて現れたキャンディちゃんはアポストルと合流した。



『英語の方がいい? 今回はこの辺で勘弁してあげる。ボスからも撤退命令が出てるからね』


 出してないけどね。

 そこは現場判断に任せるさ。

 俺も現場にいるのは置いておいて。



『次は徹底的に総戦力でやる。エディスなんたらと、アップル・マディオ、さよなら』




 キャンディちゃんがそう締めくくって、転移か何かの《魔導》スキルで離脱した。


 そしてしばらくの沈黙の後、エディス・スペンサーは“拡張”を維持したまま岩を出現させてそれに乗った。


『リンゴ野郎、今度はアイツらを確実に仕留める。手柄が惜しければ高みの見物もほどほどにしておくことだ』


 そう言って、斜め上に飛んで行った。

 どうやらここまで来たのも横方向のベクトルの隕石に乗っていたようだ。力技にも程があるだろ。



『それは残念。今回みたいに来るのが遅かったら僕が全員仕留めて待っているとしよう――メスゴリラ』


 俺の言葉に反応して、大きめの隕石が頭上から迫ってきた。

 俺はそれを槍で粉砕してから適当な所まで歩き、あらかじめ用意しておいた概念断片シーカースケルトンを拾った風を装う。



 突拍子もクソもないが、こういう乱戦ならドロップ品が回収されていなくてもおかしくない。それにさっきのメスゴリラが隕石を降らせてモンスターを一掃していたからドロップ品ゴミはいっぱい転がっているのだ。



「これは……アハハハハハ!!」



〈012.棚ぼたで強力なアイテムを手に入れ、派手な高笑いをあげる〉達成と。これくらい派手に笑えば霧野達にも聞こえただろう。


 ――アップル・マディオの闇堕ち伏線もはれたし、さっさと転移して避難所のテントに入った。




「さて、これだけじゃ薄いし、もうひとつくらいやっておきたい。春風」


「はい、Evil様の春風でございます」



 こわい。俺はあのメスゴリラとか隕石とかよりこの知的を装った女がこわい。知らないところで勝手に崇拝されるって恐怖以外の何も感じないんだな……。



「…………アポストルに連絡を。あの水晶で霧野――勇者達がギリギリ勝てるボスを本部前にぶち込めと」



「承知いたしました。ただちに連絡致します」



 よし、じゃあ今度は霧野の師匠に変身して観戦しよう。

 ――弟子の活躍はちゃんと見守ってやらないとな!






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