されど届かず
「らぁ!」
「こずたんには砂利の一粒にも触らせないよー!」
「《水魔法-クアドラプルアクアバレット》」
俺が前で暴れ、
乃愛は
「2人とも、あちらから戦闘音がします!」
「他の探求者かな?」
「だろうな。どうする?」
近くの駅の方から爆発音のようなものが聞こえてきた。俺達は顔を見合わせ、同時に頷いて駆け出した。
駅に着くと、大きな蜘蛛に人型の胴がついたモンスターと出発前に喋っていたおっちゃんが戦っていた。彼は赤いナイフを手に、切り傷をそのままに戦っていた。
「おっちゃん! 援護いるか?」
「すまん頼む!」
相手は確かボス部屋に居たような強さだ。確かホルス辺りが瞬殺していて大した印象は無いな。
こいつなら倒せるだろう。
「委員長!」
「《水魔法-アクアランス》」
「守るよ〜」
文字通り横槍を入れ、ヘイトが委員長に向いた。
すかさず糸による攻撃が飛んでいったがそこは乃愛の盾によって防ぐ。
「おっちゃん背中側任せた!」
「応よ!」
俺は敵の顔面にパンチを、おっちゃんは背後からナイフを刺す。直後、背中が爆ぜて外皮の一部が吹っ飛んだ。当然俺のパンチも顔の硬い外皮にヒビを入れている。
どうやらおっちゃんの
「……ったく、外皮はすぐに再生するぞ。気を付けろよ!」
「了解っす。おっちゃんは一旦離れてこっちのタイミングまで糸を切っといてくださいな」
火力はあるし、
「委員長、1点集中! おっちゃんは魔法で割れたところにそのナイフを刺してください! 俺が上から殴る!」
「了解です」
「あいよ!」
「私はー?」
「糸から委員長を守れ!」
「あいあいさー」
全員に指示を出し、俺は真っ先に駆け出す。
そんな俺を警戒して糸で捕縛しようとしたが、速度に緩急をつけることで逃れる。
無駄にでかい足の隙間にスライディングで滑り込み、脚を2本掴んだ。
「おりゃ!」
無理やり脚を引きちぎって機動力を奪う。すぐに委員長に目配せをする。
それなりに一緒に戦ってきただけあってタイミングはバッチリだ。彼女は手のひらをこちらに向けた。
「《水魔法-アクアドリル》!」
貫通力の高い魔法が放たれ、蜘蛛の胸に命中した。それを見計らって、おっちゃんも接敵した。
「爆ぜろ、蜘蛛野郎!」
ヒビの入った外皮から突き刺し、肉片が飛び散る。一突きして退避したおっちゃんと交代し、回り込んでいた俺が再生が始まりつつある胸に渾身のストレートを放った。
「糸ってのはなかなか面白い戦い方だったぞ!」
参考にさせてもらおう。暗器を武器に戦うスタイルってのもかっこよさそうだ。
ドロップ品は蜘蛛の脚だった。
話し合いの末、いい経験になったということでおっちゃんに譲った。この借りはいつか返すからな、とグーしながら彼とは別れ、俺達は予定通り杉並区に入った。これで〈011.素人のフリをする、中堅になめられるも、ピンチで共闘して認められる〉もチェックでいいだろうな。
さて、モンスターの強さはここから更に強くなるので警戒するべきなのだが、俺達の視界に入る範囲でモンスターは居ない。住民が居ないのは避難しているからだろうし、既に狩り尽くされているのだろう。
――探求者にではない。うちの幹部だ。
「何だか不気味なくらい静かですね……」
「オバケ系のモンスターなんじゃない? 進めば出くわすでしょ」
「しっ……静かに」
俺が人差し指を立てて2人を黙らせる。
どういう登場とかのうち合わせはしていなかったが、なかなか派手な登場がお好みらしい。
――グラグラ、と地面が揺れる。半壊している建物がより崩壊していく。
「何か来る!」
俺のそれっぽいセリフと同時に俺達の足下を含むここ周辺の地面がせり上がり――吹き飛んだ。
「2人とも、手を!」
「はい!」
「うにゅう!」
離れゆく2人の手を握り、引き寄せた。
手を握ってるだけでは2人の安全な着地は無理だろう。
「きゃっ!?」
「ふぎゃあ!? 幸樹のえっち!」
俺は2人の腰に腕を回して瓦礫を乗り継いで安定した足場まで向かった。不可抗力だ。首根っこ掴まれるよりは優しい運び方だろうが。
「よっこいせ。無駄口叩いてないで構えろよ。ヤバそうなのが居るぞ」
「……そのようですね」
「こずたん!」
砂煙の中から飛来した火の矢を乃愛が弾く。
いきなり委員長狙いとは分かってるじゃないか。
「――薄い、浅い、拙い」
砂埃を風の魔法で振り払ったのか、外套のフードのめくれた幼女が宙に浮いたままこちらを見据える。
「子、ども……?」
「乃愛ちゃん、警戒を解かないで!」
「何者だ」
「……お兄さん良い質問。〖
「な!? 嘘だろ……」
「幸樹何か知ってるの?」
「…………いや知らんけど」
「もう!!」
「ふざけていて気を抜かないでくださいよ」
別にふざけているわけではない。俺の知らない所で何かかっこいい名称がついているのだ。おかしいな。加藤からそんな報告受けてないんだが。
あいつ、さてはサプライズとか狙ってたな?
「《雷魔導-神秘の雷網》」
「伏せろ!」
直後、網目状の雷が周囲一帯に迸った。
俺が強引に2人を伏せさせていなかったら、周囲の建物のように細切れになっていただろう。
俺がサポートするからってキャンディちゃん、ちょっと殺意高すぎやしないか?
いや、確かに徹底的にやるのは俺の信条的に賛成だけどな。
「《水魔法-ディカプルアクアバレット》」
委員長の今出せる全力、10の弾丸が放たれる。
対するキャンディも手をそちらに向けている。
「《火魔導-獄炎の猟矢》」
黒き炎の矢が水の弾丸を呑み込んで委員長に迫る。
「させない!」
そこに乃愛が割って入った。
如何に強力な魔法――彼女の場合は魔導だが――といえど、乃愛の
「ふーん、《火魔導-獄炎の猟矢》」
キャンディは興味深そうに盾を見据えながら、更に追加で獄炎の矢を出す。その数、優に100を超えている。空に浮かぶ矢で形成された円が広がる。全方位から射出するつもりなのだろう。
さすがにこれは手助けするか。
俺は2人のもとへ駆け出す。本気を出せないから回避しか選択できないのは面倒だが、見た感じ速度的には今の出力でも避けられるはず。
「2人とも――乃愛?」
「乃愛ちゃん? どうしました?」
「――」
何故か乃愛はクリンとした目を、いつもより見開いて自身の盾を凝視していた。まるで何かの天啓を受けたかのように。
しかし、相手は待ってくれない。全てを焼き尽くす魔法の矢が飛来した。
仕方なく委員長を抱き寄せ、乃愛の首根っこを摘もうとしたところで彼女は一言呟いた。
「――【
直後、半透明なドーム……というよりは多面体が俺達を守った。
そして炎の矢を全て反射してのけた。
――しかし、そうなると逆にキャンディ側に勝機は無くなったのではないか。
ふとそんな考えが浮かんだ。相性が悪いなんてもんじゃない相手に、うちの幹部はどう戦うか。
「なははは! 鉄壁の守りは破れないよー!」
乃愛は分かりやすく調子に乗ってるし、是非ともその鼻っ柱をへし折ってみてほしいところだ。
「《無魔導-屈曲の窓枠》《光魔導-失楽の波動》」
と思ったが流石にそれはやりすぎだ。
乃愛と乃愛の盾の間に、空間の裂け目のようなものが出現し、そこから《光魔導》なるものが飛んできた。どうやら乃愛の反射は直接攻撃にしか適用されないらしい。
しかしまずいな。直撃したら乃愛だと普通に死ぬ威力だ。
「乃愛!」
タックルして突き飛ばし、体勢を強引に変えて籠手を腹部の前に置き、攻撃を受ける。
本来なら内臓が破裂してもおかしくない衝撃があるのだが、バレないように衝撃逃がしてから大袈裟に吹き飛ぶ。
「幸樹――!」
「乃愛ちゃんダメです! 防御が解けて――」
吹き飛んだ先で向こうを見てみると、焦った乃愛が“拡張”を解いてしまっていた。
委員長の忠告虚しく、キャンディは一掃するためにその小さな腕を天に振りかざす。
「これで終わり、《水魔導-創世の洪水》」
空から水が降り注ぎ、周囲一帯を海に変えた。
あまりの勢いに乃愛と委員長は為す術なく沈んでいく。学校のプールではないのだ。荒れ狂う海で頑丈な装備を着たまま泳げるほどのフィジカルはないだろう。
俺は流される瓦礫の隙間を縫って乃愛と委員長を回収し、探求者協会が設けている近場の避難所まで向かった。
しばらく泳ぎつつ2人の呼吸のために浮上したりしながら進んでいると、ようやく沈んでいない場所まで着いた。
びちょ濡れの女子2人を担ぐ様は完全に犯罪である。俺の服装もボロボロだからギリセーフになっているレベルで随所にモザイクがかかりそうな光景だ。
「ん……幸樹…………はっ!」
「うぅ……こほっ!!」
わざとダメージを負ってる感じでフラフラと揺れながら歩いていると2人は目を覚ました。改めて重傷感を出すとしよう。
「ちょ、幸樹!? その傷で私達を運んできたの!? てかあの魔法使いは!?」
「幸樹君!? だ、大丈夫なんですか……?」
「まあ死んでないから大丈夫。それより歩けるなら自分で歩いてくれ」
俺が抱きかかていた手を離すと、2人は心配と謝罪をしながら自身の足で立った。その様子なら2人は大丈夫そうだ。
避難所に近付いてきた所で、人の気配を察知した。ボロボロ感を出すため薄目で近寄る人影を見る。黒髪のOLっぽい美人さんだ。
「怪我ですか!? その装備、探求者の方々ですね。事情はまたお伺いします! そちらの男性の怪我を先に……ああ、私は協会所属の治癒係、
そんな係もあるのか。
回復系のスキル持ちってとこだろうか。
重傷に見える俺の肩に手を回し、安静にできるテントらしき場所に連れて行くつもりらしい。
「申し訳ありませんが、治療は時間がかかりますので、お二人は着替えが終わったら周辺のモンスターの間引きをお願いしたいです。パーティーメンバーが欠けた状態で前線を張るのは危険ですし、サポート要員としてですが」
「分かりました。幸樹君をお願いします」
「お願いします!」
2人がテントとは別の場所へ向かったのを見図り、春風さんが俺に囁いた。
「Evil様、ひとまずテントまで御足労お願いいたします」
「……ああ」
どうやら彼女は〖
テントに移動して彼女の話を聞いてみる。
周囲に人も居ないしここなら秘密のお話も捗るというもの。とりあえずMr.Evilモードに変身しておく。
「私はアポストル様唯一の直属の部下でございます。Evil様の動ける時間を作れるようにと仰せつかっております」
「そうか」
加藤の部下はこの人だけなのか。
それだけこの人が有能なのだろう。普段からスパイとして探求者協会に潜り込ませているこの人に、こういう時に内部からサポートさせるとは加藤は気が利くなぁ。
何故加藤ことアポストルと俺にそんな尊敬の念を向けているのかは知らないが、お言葉に甘えておこう。
「春風だったな?」
「是非
「…………春風、貴様はこの作戦において我の自由を確保するという最も重要な点を自然な形でおさめた。実に素晴らしい働きだ。何か褒美でもくれてやろうと思うのだが――」
「な!? い、いえ、そこまで評価して頂かなくても……あ、ご褒美でしたら瑞希とお呼び頂ければ――」
「しかし! いきなりそう言われても困ると思う。ゆえに貴様には
何か妙に押しの強いお姉さんだな。加藤の部下なだけある。
強引に褒美として約束をとりつけてから、ここに誰も入らないように言って転移した。
ちなみに何で急に実験をしようと思い至ったのかと言うと、昨日の8位さん、アーラさんとの戦闘の際に彼女が使っていた魔力が、俺が
もしこの
俺は当時
「まあそれはおいおい考えるとして――」
俺は探求者達が必死に防衛している探求者協会本部の屋上でアップル・マディオの姿であぐらをかいて空を眺める。
「来たか」
小さな隕石がほうきのような炎の尾を引いて降ってきた。その上には金髪の筋肉質な女性が乗っていた。
そう、実力を図るという意味でも彼女の戦いっぷりは見ておきたかったのだ。
「高位探求者序列1位、エディス・スペンサー」
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