集いし精鋭

 ――ピリリリリ♪



「んぅ……」


 ――リリリリリ♪



「あと……公転一周分…………」


「1年寝過ごすつもりなの!?」



 朝から鋭いツッコミと同時に妹が部屋に入ってきた。目覚ましがうるさいと言わんばかりに睨んでくるので、俺は大きな伸びをしながら目覚ましを止める。



「おあおー」

「おはよう、おにぃ、目覚まし鳴る前に電話も鳴ってたけど大丈夫?」


「でぇじょーぶ」

「寝ぼけすぎ。さっさと顔洗いなよ」


 あいあーいとベットから起き上がり、スマホ片手に洗面所まで目を瞑ったまま歩く。

 視覚なんてなくとも動けるように訓練されているのが、こんなところで活きるとはね。


「ねみぃ……」


 昨夜8位さんとのバトルで久しぶりにしっかり動いたから疲労が出たのだろう。

 俺は軽く手を洗ってから顔に水をかける。


「あ、やべ」


 完全に寝ぼけてスマホ持ったままだった。

 びしょ濡れである。



「…………スマホ氏!? しっかりしろ! 君はこんなところで死ぬ運命じゃないだろ! 目を開けるんだ!」



 電源を何度とポチポチと押すが、息は吹き返さない。おいおいゲームのデータまで死んでないだろうな?

 くそ……よくも俺のスマホを! 8位さんことアーラ・リーリナめ! なんて卑怯な!



「次会ったら仇はとってやるからな! スマホ氏、安らかに眠れ……」


「……おにぃ、朝から何やってんの?」



 洗面所の様子を覗き見ている妹が。

 ……傍から見たらヤバいやつですよね、自重します。



「ちょっとたまにはスマホも綺麗にしてやろうと思ったけど、思ったより水が苦手だったみたいで溺れちゃった」

「おにぃ……疲れてるんだね…………」


 おい憐れむような目で見るな!

 寝ぼけてただけだから。

 余計な言い訳しなきゃよかったと思いながら、朝からくどくど弁明するのも面倒なのでとりあえずサムズアップして誤魔化した。

 さらに可哀想な子を見るように目を細めながら、成美なるみはそっと洗面所の戸を閉じた。


 何故か朝食の際に“成美”と書かれたプリンが置いてあったが、尋ねようとしても優しく微笑むだけだったからありがたく頂いた。

 ……プリンを得た代わりに兄としての威厳とスマホを失うとかコスパ悪すぎだろ。


 そんなこんなもありながら、誘われるであろう遠征の準備をしていると、予想通り家のチャイムが鳴った。



「おっはろー、幸樹こうき! 探求者協会の通達来た?」

「はよ、乃愛のあ。スマホは戦地で殉職したからそんなの知らん。やっぱ東京に呼び出し?」



 案の定幼なじみの乃愛だった。

 既にいつものダンジョン装備をしていてやる気十分といったところか。


「スマホがお亡くなりに……? まあいいや。こっちの支部からシャトルバスが出るんだってさ」

「課外学習かよ」


「集合時間的に早く支度してよ?」

「分かった分かった。すぐ行くからここで待ってて」



 用意しておいた荷物を持って、再び乃愛と合流し、いつもの協会へ向かった。委員長も既にご近所の協会に着いていて、参加パーティーの申請関連の手続きをやってくれているらしい。


 いつも通り電車で協会へ行くと、土曜日の朝とは思えないくらいには協会にそこそこ人が集まっていた。恰好的にここに居る全員が探求者ではなく、半分くらいは協会の職員だろう。

 物資の運び込みとかもあるようで慌ただしくしている。


「ピリピリしてるねぇ……」

「そりゃあ首都を壊滅状態にした相手と戦うんだからピリピリもするだろ」



 呑気に委員長を探してブラブラ歩く。

 少し進むと、委員長を発見した。霧野達と話しているようだ。

 乃愛はそれを見つけてトテトテと小走りで向かって行った。

 こちらに気付いた委員長に軽く手を振って、俺は別の方向へと歩き出した。

 朝っぱらから女子に囲まれるのもな。特にあのメンツは疲労度の方がでかい。


 適当な場所でスマホをいじって出発の時間まで待つ。のんびり空を眺めていると、知らないおっちゃんが話しかけてきた。



「よお若いの。お前さんソロか?」

「いえ」


 親指でヒョイヒョイと乃愛達の方を指す。

 それを見ておっちゃんは驚いた表情で俺を凝視した。



「ハーレムとはやるじゃねぇか!」

「別にそんなんじゃないっすけどね」


「まあまぁ、で、全員がパーティーメンバーではないだろ? 人数的に。どの子が本命なんだ?」



 人数的にというのは協会でのパーティー申請の上限の話だろう。あの場には6人居るが、登録できるのは俺含めて6人までだから1人溢れる。だから全員がパーティーメンバーではない、そう言いたいのだろう。

 しかし本命って何?

 パーティーメンバーの話なのか?

 妙に含意があるように思えるが……。


 馴れ馴れしく肩に手を回すおっちゃんに辟易しながら、俺は冗談めかして答えることにした。



「からかわないでくださいよ。パーティーメンバーはメガネと犬みたいなのです」

「犬……ああ、あの勇者ちゃんにしがみついてる子か」


 眼福だ、と崇め始めたおっちゃん。あんま邪な目で見るなら幼なじみとして目ん玉潰すぞおっちゃん。



「ところでおっちゃ……貴方はソロなんですか?」

「ん? ハッハッハ! おっちゃんでいいぞ。若者からしたらおっちゃんだからなぁ。俺はソロでやってる、中位探求者だ」


 気のいいおっちゃんだ。

 しかし、中位探求者――すなわち彼は概念断片シーカースケルトンを保有していることになる。ソロでやれる探求者の武器は気になるな。



「やっぱソロでやるくらいだから強いシカスケなんすか?」

「んなことねぇよ。ただダチがビビって辞めたから1人になっただけだ。特に強くはないな。ま、お前さんみたいな子どもからしたら強いかもしれんがな」


「そっすか。おっ、出発の時間みたいですね。俺は行くんで。また現地で会ったらよろしくお願いしまーす」

「おう、お互い健闘を」



 適度に舐められているのが分かった。

 なんて素晴らしい逸材なのだろう。彼とは是非今後も懇意にしていこう。

 乃愛達と合流し、そのままの流れで霧野のパーティーと一緒にバスに乗ることに。

 俺らは最後列の5人席とその1つ前の2人席を使うことになった。2人席には委員長と霧野がリーダーとしての話し合いも兼ねて決まっている。



「窓側頂くデース!」

「あまり騒がないようにしてくださいよ」


 スムーズに左手の窓側にドロシーさん、マリアンナさんが座った。


「私も窓側がいい! 天樹ちゃん、いいかな?」

「お好きにどうぞ」


 乃愛が侍女子こと天樹に尋ねてから右手窓側に座った。乃愛の前には委員長が居るため、何かやりそうだと思っていると案の定後ろから頬に手を当てて怒られていた。


「あー、天樹さんはどっちがいいとかある?」

「……どちらでも」


「じゃあ騒がしい乃愛の横にするのもあれだし、俺が乃愛の横座るか」


 天樹あまぎ二千華にちか、思っていたよりクールだな。興味の薄いことにはとことん頓着しないスタイル、俺と気が合いそうだ。

 こうして愉快な仲間たちを運ぶバスは東京へ出発した。



 ▽▽▽



 東京近郊、被害が大きい都心部から少し離れたところで俺達は車から降りた。



「じゃあ私達は本部の方へ向かうから、また終わったら」

「はい、お互い無事にまた会いましょう」


 霧野達は国内の協会では最強格なので本部の防衛にここ――埼玉から南下した。対する俺らは各地区に蔓延はびこるモンスターの討伐がメインである。必然的に別行動なのだ。

 乃愛がバイバーイと手を振っているのを傍目に、俺は委員長から借りた東京の地図とモンスターの大まかな分布情報の書かれたものを見る。


 各地区ごとにざっくりと難易度が分けられており、本部に近付くほど強いモンスターが居る。といっても現在の探求者達の手に負えないようなモンスターは呼んでいない……はず。

 委員長と話し合って一度西に迂回して武蔵野市を経由して杉並区付近まで行こうという方針に決定した。



 この襲撃イベントのシメでアップル・マディオも出てこないとだし、昼頃には武蔵野市の避難所でトイレとか言って離脱したい。一度杉並区には行けるだろうが……どうせボス戦で俺達が退くのは決定事項だ。

 だって俺の指示でボスとして――


「行きましょうか」

「おー!」

「命大事にな」



 ――可愛らしくも災害を振り撒く幹部が立ちはだかるのだから。






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