〈010.新月の夜、世界に対する嘆きを漏らす〉

 

 ダンジョンができてからおよそ1ヶ月。

 先週の概念断片シーカースケルトンゲットイベントから1週間、解析してもらった結果が帰ってきたりいつも通り霧野を鍛えたりしたくらいでこれといったことは起きなかった。


 今は金曜日の夜。

 〖愚者の寓話フールフェブル〗の居城、その玉座にて俺は肘置きに肘を置いて外の景色を眺める。


 夜空には、雲はおろか月すら存在しない。

 ただ星々が輝くだけの澄み切った空であった。



「――舞台は用意してやったというのに進展がこの程度とはな」



 Mr.Evilは空いた手で水晶を転がす。

 その水晶は禍々しい紫のオーラを放っている。

 あ、そういえばこれで〈010.新月の夜、世界に対する嘆きを漏らす〉ができたな。雰囲気と現状からそれっぽいことを言ってみただけだけど。



『……Evil様、手筈が整いました』


 ホルスが俺の前に跪いている。

 “突撃! 東京をぶっ壊す!”作戦の襲撃準備が整ったようだ。

 というのも、これはいくつかの小目標タスクをこなすのに必要なのだ。



 1番軸となる大目標は、世界の昇華促進と俺のやりたいことリスト完遂。

 中目標は佐藤幸樹の退場とヒーローポジションの成長。

 そして実施中の小目標は、悪の親玉としての役割と探求者協会のトップとしての仕切り、高位探求者としての表立った活躍、ヒーローポジションである霧野の師匠として教育、あとは佐藤幸樹としての冒険。



 複雑に絡み合いながら共存するこの小目標をこなすのに、この襲撃イベントは絶好の機会という訳だ。


 今宵の宴は俺とホルスが担当、明日の本番メインイベントはアポストルとキャンディちゃんが担当する手筈だ。

 下っ端構成員はまだ仕上がっていないのでワンさんの指導を継続させる。

 そのため、この水晶が物量を担う鍵となる。


 この水晶は概念断片シーカースケルトンで、使用者の攻略済みのダンジョンからモンスターを召喚して使役する【魔舵水晶アビスクリスタル】である。

 要するに京都ダンジョンのモンスターを好き放題呼び出せるわけだ。



「行くぞ」

『は!』



 水晶を手にした俺は、ホルスを率いて東京の空へ転移した。

 ――ああ、美しい星空もこの文明の無粋な光に台無しにされている。



「ホルス、夜空には何が似合う?」

『夜空……光、とかでしょうか?』


「――炎だ」

『なるほど。生命の炎、闘争の炎が夜空をより際立たせるのですね!』


 うん?

 いや、キャンプファイヤーとかの明るさくらいがちょうど良いって意味で言ったんだけどな?

 確かにこの状況で言うとそういう風に捉えられちゃうか。世間話もTPOが大事なんだな。



 いちいち訂正するのもダサいのでそのままホルスの様子を窺う。


『――Evil様の御心のままに』

「あっ」



 ホルスが眼帯を外し、まぶたを開けた。

 そしてどこかのビルが火に覆われ――瞬く間に東京が火の海と化した。どの道モンスターに蹂躙してもらう予定だったが、想定より早い崩壊の始まりだ。


 ――まあいい。

 昇華の促進なんて裏技に代償が伴わない訳が無いのだから。こちらの都合で失われる命があろうと、知ったこっちゃない。


『Evil様、ご命令を』

「――世界は変わる。傍観者気取りの無知蒙昧な弱者を平らげよ」



 これは試練だ。

 俺が人類に贈る大切な試練。


 〖愚者の寓話フールフェブル〗という明確な敵が現れることで、人類は今よりダンジョンに潜るようになる。そうすることで、神様の言うところのが定着し、世界の昇華へと繋がる。


 これはそのための最初の1歩。

 彼らは頭の固い世界のための必要な犠牲であり――




「我が威光を示す糧よ、生を欲するならば手を伸ばせ。力の限り抗うが良い!」



 片手で一閃。

 ビル群を上下綺麗に等分した。

 そして水晶を空に掲げる。



 紫の光が地上に降り注ぎ、京都のダンジョンで遭遇したモンスターが出現していく。

 日付の変わり目、深夜だから日中よりは人が少ないが、流石は首都。一瞬でパニックになってる。

 すぐに色んな緊急出動や自衛隊、夜遅くまでダンジョンに潜っていた探求者も出張ってきた。


 混乱の波が留まることなく波及していく様子を、俺とホルスは東京スカイツリーのてっぺんから眺める。

 俺は普通に自前の体幹で先端に立ち、ホルスは炎の翼で浮かんでいる。……どういう原理なんだそれ?




「クックックッ……これは序章に過ぎない。そうは思わないか? アーラ・リーリナ」

『っ!』


 突如現れた銀髪の少女――高位探求者の8位さんに警戒するホルス。俺は手で制して、相変わらず無表情な自称ロシア出身の彼女に問いかけた。



「……うん。理にかなったやり方。賛同も肯定もしないけど、先駆者としては拍手を送りたい」


「それは光栄だ。感謝の印に我が斬撃でもくれてやっても構わないぞ?」





「――君じゃあ、私には勝てない」

「フッ――――勝負というのはいかようにも傾くものだ。ホルス、貴様は夜明けまで好きに遊べ。今夜目的の人物は間に合わぬからな」




 水晶をホルスにパスし、俺は剣を2本抜いた。戦場はこの都市全体。駆け回りながら楽しむとしよう。


 どこか楽しそうな目をした8位さんことアーラ・リーリナもささやかな胸の谷間から指揮者が使うような棒を取り出した。


「【凍煙指揮棒フリーズタクト】“拡張”」



 指揮棒が俺に向く。

 瞬間、全身の芯まで氷結した。


 ――だが、それだけだ。

 即座に体内の熱を集中させて心臓だけ氷を溶かす。そして脈動に力を込めて全身の氷を剥がす。


「冗談は素性だけにするが良い。己の首が惜しいのならばな」


 彼女の背後に回り込む。

 背中合わせのまま、2本の剣で首を掻っ切る。

 首が舞う。

 だが頭部は煙となった。


 ホルスの例もあるからそこまで驚かないが、こいつ、やはりこの世界の住人ではないな?

 神様も別の世界があることを暗に言ってたしな。

 物欲しそうな牙が見え隠れしている。



「残念、首は惜しくない」


 彼女の首に煙が群がって元通りになった。

 そして楽しそうにわらい――



「でも、楽しいから久しぶりに本気でやる。《段階制限解除-氷穹の吸血姫ミアーラ》」


「ほう」



 周囲が凍る。地上で散った血が蒼く煌めきながら彼女のもとへつどう。

 少女の姿からすっかり大人の姿になり、豪華な氷のドレスを身に纏っている。




「……気付いているようだから教える。私は第段階、緑鳳世界から来た吸血姫アーラ・リーリナ」

「そうか。ではこちらも挨拶を。我はこの第二段階、蒼地世界に生まれ落ちた――今はMr.Evilと名乗っておこう」



 どこに人の耳があるか分からない。

 本来なら二刀流なんてお遊びではなく本気で遊びたいのだが、だからといって中身が誰かにバレてしまったら本末転倒だ。

 彼女も所作からして、本気を出せるのにも時間制限がありそうなのでおあいこということにしておこう。



「よろしく、イビル」

「よろしくするつもりはないがな」



 俺が2本の剣で構えると、彼女は氷の細剣を作り出して構えた。



「「楽しもう――」」



 お互いの根底にある感情は同じ。

 同時に動き、一瞬で相手の顔が眼前にあった。



 氷結を伴う連続突きを剣で逸らす。

 時折混ぜるこちらのカウンターも華麗に躱されてしまう。

 それぞれの外れた攻撃で建物が凍ったり細切れになったりするが、そんなことはどうだっていい。

 今は師範せんせい以来の強敵との戦いの方が優先だ。



「――ふっ!」


 突如距離をとられたと思ったら遠距離から強烈な突きが魔法のように飛んだ。


 性質的に魔法の動力源? やはり魔力的なものもあるのだろうか……いや、でも師範せんせいが教えてくれたにも見えるな。

 抑制して制御するように言いつけられているからお返しに見せたりはしないが、同一の物である可能性もあると頭の片隅に入れておこう。



「軽い!」

「――《崩界流-氷龍嵐突》」



 迎撃しようとしたら、飛来した突きが枝分かれして龍の形になった。その直後、左右前後上下、全ての方向から龍に呑まれた。


「まるで曲芸だな」


 だが、速度が足りんな。

 日本列島を吹き飛ばせるくらいの威力を貫通力に収束させたのは褒めたいが、それだけだ。相殺してしまえば何の問題も無い。




「すごい。こんな世界でそこまでやれるなんて」


 彼女は空高く舞い、もう一度突きの構えに入る。

 漏れ出ているものだけで大気が震え、世界全体に雪を降らせるほどの濃密なが細剣に宿っている。



「時間も無い。これで最後」

「いいだろう――貴様の全力、とくと見せよ!」



「《集血》《凍血》……」



 彼女の下に血と冷気が集まる。

 赤と白と蒼の幻想的な景色。

 雪山で凍死する人はこんな気持ちなのかもしれない。圧倒的な理不尽と寒さ、そして美しさ。


 ――自然と口角が上がったような気がした。



「《崩界流-凍極点下》」



 糸のように細い突き。

 それが通った跡は全て氷になり、砕け散っていく。


「仕方ないか……」



 これを躱すのは容易だが、それをしたらこの世界地球は氷河期を通り越して砕け散ってしまうだろう。


 ――眼前に迫るは紅白蒼伴う繊細な突き。



「知っているか? 音速、光速……すべてを超越し、時空にすら干渉できる剣士が瞬間的に生成できる性質が何か」



 剣をクロスさせたまま、内なるは使わずに全力で2本共同時に振るって迎え撃つ。


 十字の斬撃が、ブラックホールのような性質を兼ね備えて突きを呑み込む。そのまま飛ばした斬撃が彼女の胸を軽く斬り裂いた。

 道理など知らない。師範せんせいに教わってできるようになったから理屈なんて不要だ。



「正解はブラックホールだ。といってもほんの一瞬だがな」

「……変な技。“星空の渡り人”が使う剣技みたい」



 元の少女サイズに戻った彼女は、フラフラと立ち上がりながら呟いた。

 俺に似ている……まさか師範せんせいか?



「――ほう? 詳しく聞こうか」

「…………別にいいけど……しばらくは君もやること多そう。また落ち着いたら」


「そうか。確かに順序的にもそちらの手掛かりは後回しで構わない」

「うん、じゃあ次は九州? のダンジョンに行くから」


「再会の日まで精々本来の力を出せるようにしておくことだ」

「うん」


 傷はそのままに、彼女はテクテクと歩いていく。

 吸血姫らしいから心配は要らないだろうが、通行人がギョッとするだろう。いや、そもそも今は俺のせいで通行人なんてモンスターくらいしか居ないんだが。避難してるっていう意味合いで。




「――ま、お大事にー」

「……! ふふっ、ありがとう」



 そう言ってアーラ・リーリナとの突発戦は幕を閉じた。

 次はMr.Evilではなく佐藤幸樹としての活躍も控えてるし、そろそろ帰って寝ようかな。

 ホルスの火もアーラさんが結果的に消してるから、想定より被害が少なそうだが、人類が危機感を覚えてくれるだろう被害総数は明日で稼げばいい。


 俺は淡々と戦車を灰にしているホルスのもとへ転移した。




「ホルス、この辺りで幕引きとしよう」

『御意!』



「――日の本に生まれし日和見共よ! しかと聞け! 我らは〖愚者の寓話フールフェブル〗、世界をダンジョンごと支配し、遅々として進まない探求を貰い受ける組織である!」



 動揺する一般人と自衛隊員、探求者を無視して俺は続ける。



「我らが描く世界に軟弱者は不要――明日、この地にて太陽が最も昇る頃に我が尖兵を遣わす。“全人類、首を差し出す”か“愚かにも抗う”か、選ぶがいい」



 ホルスがジャンプして俺の傍にやってきた。

 転移のため手を差し出すと、彼女も意図を察して掴んだ。




「――我が最強に相応しい名はEvil。Mr.Evilとでも呼ぶといい」



 名乗りと同時に腰の剣を軽く振り、周囲の瓦礫を粉微塵に斬った。




「――人類の返答、楽しみにしていよう。……クックックッ、フハハ……ハーッハッハッハ!! 」



 渾身の三段笑いを残して、スタイリッシュに転移した。なお、帰ってから顎が外れたのを人知れず治すことになったが誰にもバレてないはずである。



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