Another Side.霧野神奈は真の勇者たりえるか

 

 霧野きりの神奈かなは勇者である。

 ――なんて断言できたらどれほど良かっただろう。

 少し容姿には恵まれ、少し物覚えがいい自信はあるけど、ただそれだけ。何者にもなれる素材はあっても、手を伸ばさなかったのが私だ。

 そんな私が勇者? 一体神様は何を見ているのか笑いすらこみ上げてくる。


 ……手を伸ばすと言えば、彼のことが思い浮かんだ。


「…………佐藤幸樹こうき君」



 彼と出会ったのは中学2年生のある日。

 時刻は早朝、ルーズリーフを切らしたのでコンビニに向かっていた。いつもと何ら変わりない風景。そこに割り込む、灰色の鉄塊――トラックだ。

 青信号の歩行者信号に従ってスマホを弄りながら歩く男子が、トラックに気付かずに歩いていた。

 彼は私の向かい側、突き飛ばせば助けられるかもしれない。

 ――まあその時、そんな悠長な考えなどしていられなかったけれど。



 咄嗟に私は手を伸ばしていたのだ。

 そして気付いた。彼を助けて私が死ぬんだなと。


 目を瞑って死を受け入れて数秒、衝撃と共に身体が転がる感覚を味わった。しかし、痛みは無かった。


 目を開けると、腕が変な方向に折れたにも関わらず変なものでも見つけたような目線を私に向ける少年の姿が。

 どうやら助けたと思ったつもりが助けられたらしい。安堵を味わったのも束の間、私は意識を失った。



 それから私が目を覚ますまで四ヶ月かかったらしい。病院で目覚めた私はその実感が無かった。


 ――なぜなら、夢を見ていたからだ。


「幸樹君と……」


 彼と世界中を巡る旅をした夢。具体的なことは覚えていないが、ただその事実だけが薄らと記憶に残っていた。


 彼は誰よりもひたむきな人間だった。

 それこそ、私なんかよりずっと勇者の名に相応しい人間だ。




 ――視界が霞む。

 大蛇の口が私を呑み込まんと開かれ――――軽やかな剣閃が私の目に映った。


 満身創痍で走馬灯を見ていた私を救ったのは、私の憧れの彼の顔だった。



 ▽▽▽



「うぅ……」

「目ぇ覚めたか嬢ちゃん」


 気絶していたようだ。

 私が目を覚ますと、もたれかかっていた岩の上に座る青年がこちらに話しかけてきた。タバコを咥えた30代くらいの男性。

 その割にはタバコの臭いはしない。



「あ? こいつが気になるか? ただのシガレットだから気にすんな。口元が寂しくてな」

「そ、そうですか……」


 不思議な人だ。

 彼の、達観したような瞳はどこか佐藤君を彷彿とさせる。


 ……!



「佐藤君……ここに佐藤幸樹君という少年は居ませんでしたか!?」


 気を失う間際に見た彼の顔。ここに彼が居るのではないかと思い至って青年に問いかける。



「こんな時間に子供がダンジョンにいるわけねぇよ。お前さんみたいな馬鹿じゃねぇならな」

「……」



 それならやはり気の所為だったのだろうか。

 直前まで彼のことを考えていたから死の淵で幻覚でも見たのかもしれない。




「んで、こんな夜遅くに女一人で何してたんだ?」

「…………私は勇者です。だからきっと強くならないといけなくて、ギリギリまで戦ってたら限界を迎えてしまって」


「なるほどな。それで死にかけてたところに俺が通りかかったと」

「すみません。ご迷惑をおかけしてしまって」



 彼は少し考えた後、未だ座ったままの私に手を差し伸べながら立ち上がった。



「理不尽に打ち勝つ力が欲しいか」

「――」


 頭が痛い。

 何か、何かを忘れている気がする。


「信念を貫く勇気が欲しいか」

「――」


 どこかでその言葉を投げかけられたような気がした。



「俺の手を取れ、勇者。その聖剣に相応しい剣士にしてやる」



 私は人生で2回目、何かを変えるために手を伸ばした。



「私は霧野神奈です。よろしくお願いします」


「俺は…………名乗るほどの者でもない。師匠とでも呼べよ」



 そう言って私を立たせた彼は、シガレットを噛み砕いて歩き始めた。

 私も彼の後ろをついていく。


 なぜだろう?

 初対面なはずなのに不思議な安心感があった。



「実践の前に、お前さんには心構えから教えなきゃいけないようだな」

「心構えですか?」



「さっき、勇者だから強くならないと、なんて言ってたろ」

「そう……ですね。こんな大層な聖剣を与えられている以上、その役割に相応しい力が必要なんです」



「勇者が強くなきゃいけないなんて誰が決めたんだ? 何かを掴み取る勇気を持ったお前さんだから、勇者になれたんだろ。自分の強みを無視してやるなよ。その勇気が泣くぜ?」


「……ですが、私には勇気なんてもの、ありませんから」



 俯きがちにそう言うと、彼の腕が動く。

 私の首に剣が添えられていた。


「――自分の手を見ろ。お前さんはどうしようとした?」

「手……?」



 私の手は……聖剣を握っていた。

 まるで戦う意思を示すかのように。



「蛮勇……いや、そんなよりもっと厄介な、無自覚な勇み足。それがお前さんの勇気だ。誰にも屈することない正義の源を大切にしてやれ」

「これが、私の……」



 彼は剣を納め、再度歩みを進めた。

 しばらく進むと所謂ボス部屋に突き当たった。


 この先には8階層のボスが待ち受けているだろう。



「平日、この時間に1人でダンジョンに来い。俺が剣と戦い方を教えてやる」

「分かりました。お願いします」


「そしてこれは師匠からのアドバイスだが……仲間を作れ。今のお前さん1人で何とかできるほどこの世界は甘くない」

「仲間――分かりました。探してみます」



 よろしい、と彼はどこか上機嫌になり、私を連れてボス部屋に入った。


「まずは俺の受け流す動きを見てろ。基礎的な剣技なんざ実践でいくらでも身につければいいが、受け流しはコツが大事だからな。足さばきもよく見とけよ」

「はい」


「俺はこいつに攻撃しないから、実際に練習も兼ねてお前さんがこいつを倒すからそのことも頭に入れとけよ」

「了解です」



 8階層のボス、落ち武者の抜刀術を難なく逸らした彼は私に見るべきポイントを指示しながらあしらっている。


 私も、彼のように強く

 勇者だからではなく、大切な人達を守るために。

 そして何より、いつまでも佐藤君に守られてばかりなのは癪だから……! 今度は私が彼を守れるように。


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