愚者の片鱗
トラブルもあった
予定通り俺と〖
どんなトリックかって? そんなの加藤ことアポストルの無色透明なバリアに立っているだけだ。実用性より演出だよ、演出。
「今日、ここに我らが寓話の前日譚を刻む」
『『「は!」』』
「は〜い」
シュバッとかっこよく飛び降り、ダンジョン前で鮮やかに着地する。続け様に同じ形で着地したのは
遅れてふわふわと魔法か何かで降りるキャンディちゃん。優雅に空中にバリアを張って階段のように降りるアポストル。
――時刻は朝10時。ちょうど人が混み出す頃にダンジョンの前に俺達は現れた。
当然ダンジョンの入口は探求者協会の管理下におかれており、順番に呼ばれた人にしか入れないよう警備員が20人ほど配置された厳重な監視体制が敷かれている。
突然空から降ってきたからか、あるいはこんな日中に真っ黒な外套を纏っているからか、警備員という名のダンジョンで訓練をした連中が警戒を示す。
「我らは〖
深淵とかっこよく言ったが、ダンジョンを作った神様と協力しているからあながち間違ったことは言っていない。希望や光っぽい探求者協会との対立をほのめかすことも含めて結構的を射た宣言だと思う。
警備員が特殊な警備棒っぽい獲物を取り出して構える。
「そう身構えるな。今日は貴様らのような俗物に用はない」
そう言いながらこの場にいる警備員、野次馬、探求者含めて全員の首に剣を振るい、気絶させる。峰打ちだ。
謎を深めるためにカメラなどの記録媒体も破壊しておく。そして4人を率いてダンジョンへ侵入した。
「上層で遊ぶほど我らとて暇ではあるまい。一気に行くぞ」
【
そして床に向かってフルスイング。
手応え的に硬さは“拡張”していないアポストルの障壁くらいだろう。まだ上層だからか意外と柔らかいな。
真下にどんどん突き抜けていった穴に身を投じ、数えた感じ36階層まで短縮できたようだ。威力の減衰を考えてもここからは床の硬さが明らかに違う。こっからは一段と危険な領域になっていると考えられる。
全員ちゃんとついてきているのを確認してから俺は一言呟いた。
「やはり現れるか」
狐のようなモンスターが突然出現し、鋭い爪を背後から振るってきたので剣の先で受け止める。
こういう時短をすると強力なモンスターがお仕置きしにくるのだろうか。ちゃんと見合ったペナルティは覚悟しないといけないようだ。
まあ、こちらとしてはちょうどいいし、こいつは幹部に任せてみるか。
「やれるな?」
『Evil様の御心のままに』
ホルスが眼帯を外す。
すると狐の前足が焼け落ちた。狐は新幹線を彷彿とさせる速度を初速で出し、もう片方の手でホルスの首を刈った。ホルスの首が宙を舞い――炎となって切断された首の断面と繋がった。
『……獣風情が。燃え尽きよ』
ホルスの美しい左目――《爛焼の魔眼》が真価を発揮した。狐の全身が瞬く間に火に包まれて灰と化した。なにやら蜃気楼のように消えかけたが、それすらもまとめて焼き尽くしたらしい。
ホルスの名に相応しい
――決着と同時に鋭い殺意が突き刺さる。
頃合いを見計らっていたこの階層のモンスターだろう。銀色のウサギが両サイドから音速レベルの突撃をかましてきた。
鈍い音がした後、ウサギ2匹は弾け飛んだ。
『安直ですな』
「……」
片方はウンさんの裏拳で粉砕、もう片方はアポストルの障壁に衝突した上にもう1枚の障壁と挟まれぺちゃんこに。
練度が上がってるようで安心安心。
漁夫の漁夫に来たのか、正面からモンスターの大群が更にやって来たが、これはキャンディちゃんがやってくれるようだ。未だフワフワと浮遊している彼女は雰囲気のある書物を取り出すと、その本が勝手に開かれてペラペラと勝手に進む。
「《水魔導-創世の洪水》」
この階層まるこど沈める量の水が出現し、しばらく水族館の水槽にいるような気持ちになった。当然アポストルの障壁で俺達は何とも無いので、バリア越しにモンスターが月々と沈んでいくのを眺める。
キャンディちゃんの使う魔導? はよく分からないけど魔法よりずっと強力だし規模がでかいのだ。おそらく彼女の
『Evil様がお聞きになってるのだ、話せ』と従順なホルスが詰め寄って一触即発になったこともあるくらい彼女は秘密を抱えている。いつか腹のうちをさらけ出せるくらい信用してもらえたらいいなーなんて俺は呑気に考えてる。
誰だって秘密の一つや二つ抱えているからな。
お互い様だ。
▽▽▽
水に沈んだ36階層も難なく攻略し、特に苦戦することなく50階層のボス部屋にまで辿り着いた。
何が現れても対応できるようにホルスを先頭にボス部屋に入る。
――刹那、幹部達が吹き飛んだ。
素晴らしい速度だ。
幹部連中はホルスとキャンディちゃんが回復を使えるのでそのままにしておこう。目の前の敵から目を離したら幹部が死んでしまうからな。
「これほどの強者と戦えるのは久方ぶりだな」
道中で手に入れた、生物を対象とした鑑定系統のスキル、《
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種族:Ⅴ.伝承の影法師(妖怪)
個体名:酒呑童子
性格:――
特殊技能:――
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下半分は何らかの条件で見えない感じかな。
それにしても酒呑童子か。これは最高に楽しめそうな相手だ。
「第五段階の……!? ボス! そいつと戦っちゃ――」
キャンディちゃんが何か言っているが、今はそちらに思考を割く余裕など無い。
Mr.Evilモードの二刀流では厳しそうなので、俺本来の全力、直剣一本で相手しよう。やはり両手持ちの方が安定するな。
「来るが良い。かつての伝承よ!」
〈――――〉
声も出せない鬼がその身体能力を以て真正面から接近。触れただけで肉がひしゃげそうな金棒の縦振りを身を翻して躱す。
筋肉の体積の割に無駄な動きが無い。
返しの一太刀を放ち、異様に硬い腕を斬る。
ところが斬り離した傍から腕が生えてきた。
さすがモンスター、ちゃんとモンスターしてる。うちのホルスと同じくらいの再生力だ。……うちのホルスは一応人間なんだけどなぁ。
〈――――!〉
更に追撃と言わんばかりに、高速の乱打が見舞われる。秒間100発は下らない攻撃を、何の変哲もない黒い剣で全て受け流す。位置を変え、体勢を変え、かすり傷一つ付けずやり過ごす。
「いい……」
完全に力を逸らしているというのに骨が
「いいぞ! もっとだ!」
――高度な命のやり取りに直面すればするほど、技は洗練され、力は増し、生への執着が強まり、瞳の炎が鮮明に輝く。
「もっと!
俺の余裕が少し出てきたので、相手を急かすように時折反撃を浴びせる。
どれくらい経っただろう。
自身の口角が上がりきっていることに気付く頃には、相手の攻撃よりこちらの反撃の方が多くなっていた。要するに俺の反撃はただの攻撃になっていた。
――まるで誘い込まれるように。
「ほう……」
〈《人滅鬼撃》〉
金棒を囮にされ、いいパンチが入ってしまった。
俺はそのままボス部屋の壁まで吹き飛び、血反吐を撒き散らして地面に横たわった。
幹部達はまだ回復しきっておらず、アポストルが必死に障壁を張っているがことごとく粉砕されている。鬼がゆっくりと俺に死を運びに来る。
「ああ――」
地面に這いつくばり、よみがえるのは
体力をつけるために世界一深い深海で美味しい魚介を100匹捕れるまで潜らさせられたり。
耐久性と原子レベルの繊細さを身につけるために、核兵器を持ってる研究所に侵入して起動した核爆弾を消し飛ばそうとして、失敗した挙句彼女の手を煩わせてしまったり。
目に見えない
今考えたら中学生にしては過酷な修練だった気もするが、それも今の俺を形作った大切な経験だ。
おかげで居眠りトラックイベントでうっかり骨を折られることもなくなった。
――楽しかった。
今よりずっと充実していたと思う。
だが、これからは? 今のここが最高潮なわけがない。張り巡らせた伏線、策略の数々。その回収が退屈なんてことはありえない。
鬼が俺の頭を踏み潰そうと足を上げた。
「――美味だったか? 束の間の優越感は」
一瞬で振り上げられた足を斬り落とし、背後に回って囁く。
まったく、中二病が倒れていたら覚醒イベントを警戒しろって義務教育で習わなかったのか。
別に覚醒したわけでもなく、シンプルにさっきの隙をつかれた意趣返しがしたかっただけだが。
「さらばだ
背中の鬼を、俺は再生しきれないほど細切れにしてやった。そして心臓部にあった小さなコアらしきものを剣で貫く。
いつものようにモヤとなって消え、報酬の宝箱が現れる。
回復し終わりそうな幹部達を傍目に、俺は宝箱を開けて中身を解析した。
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【
呑んだくれ鬼の力を宿したガンドレッド。
酔えば酔うほど力が増す。
使用者制限
:特殊な方法を用いず素手で鋼鉄を砕いたことがある者
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名前完全にふざけてるだろこれ。嫌がらせか? 嫌がらせだろ絶対。この名前を読み上げて“拡張”とかしようものなら寒すぎて敵味方まとめて凍らせちゃうわ、アホ。
……でも面白そうだから、これは俺――佐藤幸樹としての俺が使うとしよう。乱戦でしれっとドロップ品と差し替えてもバレんやろ。
「さて――」
どうやらここのダンジョンはこの50階層が最後らしく、階段の代わりに円形の石畳が現れた。
このまま退出してもいいが、まだ解散には時間もあるし…………よし。
「貴様らがこの程度だったとはな。武器をとれ。我に見切りをつけられたくなければ、この場で価値を示せ。足りないならば今この瞬間に我の期待に応えられる力を手に入れよ」
要するに特訓だ。
あんなゴリラに一蹴されるような軟弱な幹部なんて俺も要らない。ここでしっかりしぼらないとな!
その後夜の9時まで、新たな
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