〈008.ピンチの第三者を助け、罵られながらクールに去る〉

 


「ふぁ〜あ」


 妹の反抗期か何かとの折り合いつけるために、両親と俺で頑張って説得しようとしたがなかなか折れずに、結局高校生になったら改めて話し合おうという結論になった。中学生の間はダンジョンに行くのは禁止と強引に言いくるめたが……要するに後回しにしただけだ。


 ま、その頃には俺は――




「ねぇねぇ二人とも、見てこれ」

「わ、チャラチャラした人ですね」

「……」


 ダンジョンに入る前の待機時間、乃愛のあがスマホを見せてきたと思ったら、そこにはあのアップル・マディオさんが写ってた。とても爽やかな笑顔で、見知らぬ女の子の肩に手を回しているツーショットだ。

 何この拷問。くっころ案件だぞこの羞恥度合いは。


 俺が何も言うまいと目を伏せていると、乃愛は勝手に詳細を語り始めた。


「こずたんは覚えてると思うけど中学の時同じクラスだった志穂ちゃんが送ってきてさー。東京の高校行ってて良かったーって喜んでたんだよ」

「ああ、彼女でしたか。それにしてもこんな男の人のどこが良いんでしょう?」

「……」



「どうしたの幸樹? はっ! まさかアップルさんに対抗意識を燃やしてるんだね! 大丈夫! 幸樹の方が1000倍魅力的だよ!」

「そうですね。大事なのは心ですから」

「アザマース」


 いや、そのアップルさんの中身俺だから。中身が一緒の場合見た目はアップル・マディオの方が上なんだから実質負けだろ。

 というかこの話題はやめて欲しい。Mr.Evilならともかく、アップル・マディオのキャラは我ながら性にあわないと思ってるから。


「……あ、そういえば。なんかロシアから来てる高位探求者、東京だけじゃなくて日本を観光しながらあちこちのダンジョン行ってるらしいな」

「そのようで――あ」

「あ、幸樹、後ろ後ろ」


 揃いも揃って「あ」ってなんだよそんな典型的な驚嘆表現が――



「あっ」

「――」


 後ろを振り向くと丁度話していた8位の人が俺を凝視していた。バッチリ目が合う。

 しまった、アップル・マディオの話題に意識が割かれすぎて視線に気付かなかった。くそ、あれもこれもアップル・マディオが悪いんだ。


「……許さんぞアップル・マディオ」

「なぜアップルさんのせいに!?」

「幸樹君、彼女とお知り合いなんてなんですか?」


「んなわけ」

「ンジャナメ〜」

「そうですか……って乃愛ちゃん、それを言うならンジャメナですよ」



 どっかの国の首都だっけ?

 いや、そんなことはどうでもいい。それより8位さんだ。あの様子だと、もしかしたら俺がアップル・マディオの中の人だと気付いているのかもしれない。口封じするか……あるいは引き込むか……。


 そんなことを考えていると、彼女はこちらに近寄ってきた。そして俺に話しかける。



「どっち?」

「………………こっち」



「――よかった。君の方が好き」

「ども」



『パーティー名:〖飽くなき探求〗の皆さん、大変お待たせいたしました。ダンジョンへ入場してください』



 やはり気付いているようでアップル・マディオと佐藤幸樹のどちらが素かを尋ねたきたので、素直に答えると、特に何も言わずに微笑んだ。

 これがクーデレですか。ごちそうさまです。


「じゃあ俺ら行くんで」

「ん、またどこかで」


 そして8位さんことアーラさんと流れで握手をして、呼ばれていたので乃愛と委員長とダンジョンへ向かった。

 彼女に関してはまだ様子見で良さそうだ。





「幸樹、やっぱりアーラさんと知り合いなんじゃない! しかも好きって言われてたよね? どういう関係なの! さぁキリキリ吐けー!」

「そうですね、初対面とは到底思えない距離感でした! どのようなご関係なんですか!」


「揺らすな揺らすな」


 二人揃って吐けと揺らしてくる。お前ら、今からダンジョンなんだけどそこんとこ分かってる?

 あ、さっさと吐かせるのが優先だそうです。



「……普通に、さっきの話を聞いててアップル・マディオさんと比べたら比較的好きって言いたかったんだろ」

「あー、そういうことね。見る目あるじゃん!」

「ですね、内面を見ない有象無象とは大違いです」



 委員長たまに毒が強いよね。

 というかアップル・マディオの中身俺なんだからむしろ全員節穴だろ。表面的な内面しか見えてないんだから。……表面的な内面ってなんだよ。



「ほら、話してないで行くぞ」

「そうだね! 今は目先の冒険だー!」

「乃愛ちゃん、接敵したら最初は私の《水魔法》試させてくださいよ?」



 分かってる分かってる〜とスキップしながら乃愛は最初にダンジョンに突入。俺らも分かってないだろと思いながら後に続いた。



 ▽▽▽



 水の矢が、犬を無理くり人型にしたようなモンスター、コボルトを貫いた。この短時間で委員長の《魔法》スキルは順調に練度を上げていた。


 そして雑魚モンスターを倒して、俺らは1層の階層主ボスが立ち塞がるという部屋の前に来ていた。


 ゲームみたいな話だが、ボスも雑魚モンスターも再出現リポップされるため、このボス部屋を戦闘なく突破するのは不可能なのだ。一番最初に神様から聞いた感じ、むしろこっちの漫画やゲームがパクったのではないかと言っていた。

 どっかの神様が情報を流した可能性も、偶然当たった可能性もどちらもあると思うがどうなんだろうな。


 それはさておきボス戦だ。



「乃愛、こういう場所に入る時はヒャッハーって叫びながら飛び込むのがお決まりだ」

「OK! 確かに探求者の心得にもそんなこと書いてあった気がする!」

「書いてないですよ!?」



 委員長のツッコミも虚しく、乃愛は俺が吹き込んだ通り奇声を上げながらボス部屋に飛び込んだ。

 扉が閉まる前に俺も委員長も飛び込む。


 扉が閉まると同時に巨体版のゴブリンが現れた。

 錆びた鉄の鎧を着込んでいるそいつは、ゴブリンジェネラル。探求者協会が出してる情報で下調べはしっかり行っているからこいつの行動もあらかたパーティー内で共有している。



 〈ギャゥア!!〉


「取り巻きくるぞ、作戦通りだ」

「おっけー!」

「了解です!」



 ゴブリンジェネラルが5体のゴブリンを召喚した。相手の行動としては、その取り巻きを差し向けつつ、自身も大剣で斬りかかるといった攻撃的な姿勢だ。



 俺が前に出てジェネラルの胸部に蹴りを入れる。鎧があるところを攻撃したのは、うっかり倒してしまわないようにするためだ。

 俺がジェネラルをおさえてる隙に、乃愛は剣で、委員長は魔法で取り巻きを撃破していく。


 〈ギャ――〉

「おいおい、邪魔すんなよ」


 激昂状態になって後衛である委員長を狙いに行こうとしていたので、俺は蹴りで顎を蹴って出鼻をくじく。



「片付いたよ!」

「じゃあ決めるぞ」

「分かりました!」


 委員長の周りで盾を構えていた乃愛がこちらに合流し、剣を大きく振りかぶる。

 俺もそれに合わせてこぶしを振りかぶった。


「はぁっ!」

「そい!」


 攻撃は同時にジェネラルに命中、怯ませたのを確認してからすぐに横へ退避する。


「《水魔法-アクアスパイラルランス》!」


 道中で委員長が編み出した、貫通力に長けた魔法が炸裂。ジェネラルの土手っ腹をぶち抜いた。


 ボスがモヤとなって消え……ボスの爪が一つだけ残った。



「「「……しょっぱ」」いですね」



 確率とはいえ、このパーティーでは初のボス戦だぞ。もうちょっと良い物が出てもいいじゃないか。ボス戦は1回突破すると以後普通に通過できてしまうので、同じ組み合わせでは周回できないのだ。

 ちなみに、うちの〖愚者の寓話フールフェブル〗は着々と増えている構成員で組み合わせを変えた周回でやってるらしい。


「とりあえず突破は突破だからな。まだ余裕そうだしこのまま進む?」

「じゃんじゃん行こう!」

「次の階層から複数同時に相手取る必要もありますし、進むにしてもより慎重に行きましょう」



 おっしゃる通りで。

 しかしやることはいつもと変わらない。俺と乃愛が軽くさばいて、硬いやつやかたまってるやつらを委員長の《水魔法》で片付けるのだ。

 現状はこのパターンで何とかごり押せそうだ。



 しばらく2階層を進むと、バッタリ他の探求者パーティーと遭遇した。当然気配には気付いていたが、向こうも別に用があったわけではなさそうなのでそのまま鉢合わせしたわけだが……



「……」


 なんか俺、睨まれてます。

 視線の性質的におそらく俺が女を囲ってるハーレム野郎とでも思われているのだろう。

 心外だ。片や珍獣、片や歩く六法全書だぞ…………俺はいつからマジシャンだった?




 嫉妬の視線を向けた後、男4人のパーティーは別の道へ進んでいった。


「なんだったんだろ?」

「さあ?」



 的はずれなやっかみは放って、俺たちも探索を続けることにする。


 新たに出現したモンスターは直立二足歩行の豚ことオークさんだ。この階層ではまだ1体ずつしか出ないからいいが、今後先に進むには火力の補強が必要だ。主に乃愛。俺は自前で何とかできるが、乃愛はそのうち盾と一緒にペシャンコにされかねない。早急にスキルか概念断片シーカースケルトンをゲットしなくてはならないだろう。


「――ん?」


 オークの胃とかいう産業廃棄物以下のドロップ品を譲り押し付け合いながら今後のことも考えていると、微かに絶叫が聞こえた。ダンジョンはあまり反響しない設計になっているが、俺の地獄耳は拾えてしまう。


「どうかした?」

「ピンチみたいだ。走るぞ」


 方向的にさっきの男連中だろう。

 これは絶好の好機チャンスだ。

 乃愛と委員長を言いくるめて駆け出す。

 しばらく声が聞こえた方へ行くと、地面にスイッチがあった。罠だろう。しかし、その場の横から僅かに声が漏れているため、モンスターが大量に出現して閉じ込めるタイプのトラップ――モンスターハウス的なものだと当たりをつける。


 念の為俺がその罠を踏むと、予想通り穴が空いた。中の様子は、大量のモンスターに囲われている2人、腹部に致命傷を負っている人と、死体が一つ転がっているといった感じだ。おそらく最初の悲鳴は死んだ仲間か怪我を負った仲間を目の当たりにした恐怖、そしてそれによって生じた隙で連鎖的に2人目、ってところかな。



 生々しい光景に少し乃愛と委員長が固まる。2人ともそれなりの覚悟はできていたはずだが、実際に目の当たりにすると話は変わってくるのだろう。

 俺は特に気にすることなく囲っているモンスターを片っ端から不意打ちでのしていく。



「乃愛はその場で委員長の護衛、委員長は魔法で援護を!」


 全力を出せない縛りなので、この場における最大火力は委員長の魔法だ。俺の指示を聞いて2人はハッとして行動に移した。



 その後は滞りなくモンスターを殲滅していき、委員長の魔法が頭打ちになる頃にはモンスター各種のドロップ品が山積みになっていた。その中にスキルオーブや概念断片シーカースケルトンは無い。


 とりあえず魔法にはなんらかの限界があることが分かったのは収穫だ。《魔法》スキルの説明で魔力なるものを使用しているようなのでそれが無くなったのだろう。



「仮にモンスターハウスと呼ぶが、敵を全て倒すか外から罠を踏むかで扉が動くのか。……ここの情報って探求者協会で既出だったっけ?」

「いえ、少なくとも出発時までには無かったはずです」



 委員長が無いと言うならそうなのだろう。

 これは一応報告しておこう。情報提供って何か報酬とか貰えるのだろうか。

 俺が委員長と話していると、乃愛は入口が開いたよーと走って手を振っている。やはり事前に死と隣り合わせになるのは覚悟していたらしく立ち直りは早い。



「――翔吾! しっかりしろ!」

「くそ、優希が……」



 致命傷を負っていた人も既に事切れて、仲間2人を失った連中はその死体に呼びかけていた。乃愛や委員長も俺が死んだらこういう無駄な感情表現しそうだな。

 ……そのうちやるか、いくつかやれそうなルートはあるしな。悲しみと絶望が人の輝きをより一層強める。その時までせいぜい親交を深めよう。


「じゃ、俺ら行くんで」

「ご愁傷さまです」

「うーんと……頑張って!」


 俺らは未だ死体を抱える生存者2人に声をかけて立ち去――




「なんで! お前らがもっと早く来たらこいつらは死ななかった! お前らが……!」

「おいやめろ、慎二。助けてもらったんだからそれはお門違いだろ」



 片方が静止するが、罵った方は歯を食いしばりながら俺らを睨む。冷静な方の言う通りそのクレームは完全にお門違いだな。自分達の実力不足を棚に上げて救援した俺らを罵るとか……最高だ。俺の期待通り過ぎて逆に嬉しい。


 罵倒を受けて少し気にしている様子の乃愛と委員長を引っ張り、俺達はその場をあとにする。

 こういう時は何を言っても無駄だから無視するのが楽だし、そっちの方がクールだ。



 ――やったぜ、これで〈008.ピンチの第三者を助け、罵られながらクールに去る〉も達成。偶発性が必要な項目だったが、早いうちにこれを消化できたのは素晴らしい。

 ショックを引きずっている2人を他所に、俺はホクホクしながら「委員長の魔法も使えないし今日はここまで」と引き返すように提案した。



 …………ちなみにモンスターハウスのことを探求者協会に報告したがお礼だけ言われて終わりだった。金を寄越せ金を。


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