師範との出会い

 

 疲れた。

 主に精神的に。


 今は金曜日の夕方。

 アップル・マディオが東京で活動し始めてから数日経った。俺は平日の空いた時間に陽キャオーラマシマシの自撮りとかあげたりそこら辺の女の子とのツーショットをあげたりした。



 そして達成できたのが以下の二つ。


 〈006.強者として君臨しながらも世間との繋がりを絶たず、ちやほやされる〉

 〈007.チャラい感じで女を囲い、黒い噂を絶やさない〉



 実際に女は囲っていないが、そういう噂にはなってるからいいだろう。黒い噂というのは、当人がその気なら簡単にでっちあげられるからな。



「ひとまずアップル・マディオの仕立ては十分だな」

「先輩すごい演技ですね、もうこっちが素なんじゃないですか?」


「俺の疲弊具合で素ではないのは分かるだろ。それよかお前、さっきの話はどうだった? あいつらに連絡するって言ってたけど」



 いつもことのように俺の部屋でくつろぐ加藤に、俺はそろそろ組織――〖愚者の寓話フールフェブル〗を世間に匂わせようと思ったのだ。

 ついでに幹部の特訓も含めてどこかのダンジョンの深部まで行こうと提案したのだ。



「全然OKみたいですよー」

「キャンディちゃんも?」


「ええ、というか先輩は知らないでしょうけど彼女、多分私達の中だと1番強いですよ。よく分からない魔法たくさん使えますし」

「まじかよ……」


 キャンディちゃんマジで何者だよ。

 ま、行けるならいいか。

 明日は乃愛のあと委員長でダンジョンに潜る。俺が仕込んで当然合格だったからな。


 その翌日、日曜日に京都の方のダンジョンに幹部と共に行こう。その旨も伝達して、俺は一息つく。



「ここんとこ忙しかったから、ちょっと今日は休むか」

「先輩、女の子と密室で休む発言はマズイですよ。“ご休憩”の方になっちゃいます。私は全然ばっちこいですけどね!」


「じゃあ追い出すか」

「ふふふ……先輩に私のこのバリアを突破できますかー?」



 そう言いながら加藤は自身の周りに障壁を張った。

 お? やるか?

 望むところだぞー。


「いいだろう。本格的な活動前に強度テストといこうか」

「えっ、ちょっ……先輩? 流石のシカスケでも多分先輩のぶっ壊れフィジカルはちょっと無理かなーなんて……」


「そい!」

「ひぃ!?」


 かった。

 本気の正拳突きでも無理か。これ、素手の技量でどうにかできるようなモンじゃないな。

変態指輪メタモルリング】で剣を1振り作り、構える。



「ちょ、ちょちよっ!? 剣はマズイですよ! 私まで真っ二つになっちゃいますって!!」

「大丈夫だって、剣なら素手より調整できるから。バリアだけ斬ってやるよ。ほら、全力全開で張れよ?」


「うぅ……めっちゃ怖いんですけど――先輩の実力は信じてますからね! 【障壁小箱イマジンバリア】“拡張”、次元障壁!」


 想像だけで次元を遮る障壁を作ったか。

 よろしい、斬ってやるよ。



「しっ――――」




 上段から一太刀。

 加藤の張ったバリアのみを、綺麗に斬り裂いた。

 師範せんせいならこの程度の障壁、一瞬で粉々にできるだろうが、俺はまだ精々ざく切りが限界だろう。


「ひょぇ……」

「その調子で練度上げてけよ」



 はーいと腰でも抜かしたのかへたりこむ加藤。

 俺ももっと強くならないとな。ほとんど最終目的に近い、“師範せんせいを超える”なんて夢のまた夢だ。


「俺も、まだまだだな」

「先輩は一体何を目指してるんですか……?」


師範せんせいだけど?」

「……先輩がよく言うその人、見たことないですけどね。やっぱり先輩の妄想にしか思えません」




 んなこと言われてもな……。

 実際に俺は指導してもらったからただ加藤が会ってないだけだろう。



「――じゃあ、名前言えますよね?」

「そんなの当たり前…………あれ? なんだっけ?」



 俺のまぶたの裏に刻まれた最強にして最高の存在を思い返す。しかし名前は出てこない。

 何よりも漆黒の髪は肩にかかる程度で、彼女の瞳には星空を飼っているような美しさがあった。


 間違いなく俺の憧れだ。

 そして今でもきっと彼女の存在が、俺の心に凪をもたらしている。加藤のような男ウケしそうなやつも、初恋だった乃愛にも、俺がときめくことはない。

 俺は彼女の生き様に、剣跡に、そして何より強さに惚れている。これが偽物なんてことはありえない。いくら中二病でもそこまで惨めではない。



「はぁ、先輩、これから本格的に〖愚者の寓話フールフェブル〗が始動します。私は世界の昇華とかは正直どうでもいいです。先輩がやりたいことを手伝いたいんです。だから――」


 加藤は佇まいを直して、だらける俺を真面目な顔で見つめた。



「――あの頃中学2年生の、私と会うまでの……いえ、その人との出会いを教えてください」


 今はそれだけで十分です、とどこか悔しそうな声色で言い放った。



 まあ加藤には色々とお世話になってるからな。

 俺はベッドに寝転がったまま、目を閉じてあの時のことを語り始めた――



 △△△



「――気に入らねぇ」




 中学2年になってしばらくして、もう少しで夏休み、という時期に俺は学校をサボって河川敷で雲一つない青空を仰いでいた。俺の右腕には骨折が原因のギプスが巻かれている。


 ――俺が気に入らないのは、この退屈で無為な世界と、そんな世界から抜け出す勇気も力も無い自分自身だ。


 車に撥ねられたら死ぬし、ちょっと高いところから落ちても死ぬし、人は水中にも空の高みにも居場所はない。そんな常識が、俺にとっては窮屈に思えた。


 この痛々しい孤独感と達観したような思考をしている子供のことを、人は中二病と呼ぶのだろう。

 まあそれは別に気にしていない。

 生まれ落ちたからには誰もが幸せになる資格があるというのに世界は俺にそれを認めてくれないのだ。こんな理不尽があっていいのだろうか。


 俺にもっと力があれば――なんて受動的な考え方もいけないのだ。


「強くなりたい……」


 願望ではない。これは現実的な欲求だ。

 明日からなんて引き伸ばしはしない。今から、たとえ遅くとも手を伸ばそう。

 俺のように退屈している人間もまとめて最高の世界へ連れて行けるくらい逞しく――!



「強く、なる!」


 俺は勢いよく起き上がった。

 やることが決まったなら行動あるのみ。ただ在るだけの青空に興味などない。


 俺の決意を讃えるように、強い風が吹く。

 夏の力強い緑が舞う。


 ――そして、漆黒が風に揺られていた。


 違う、黒髪だった。しかし、その黒は一般的な日本人のそれよりも深く、他の色味を感じさせない純粋な漆黒であった。

 その漆黒は露出の多いコスプレのような服から覗かせる透き通るような肌を際立たせている。


 まさに絶世の美女。

 彼女を目にした者は例外無く「美しい」だとか「女神のようだ」なんて褒め言葉を漏らすだろう。



 しかし、俺が最初に抱いた感情は――



「かっっっけえー!!」



 中二病チックじみた純粋ピュアな憧れだった。





 俺の魂のこもった感動に気付いたのか、彼女はその夜空のような瞳をこちらに向けた。



「貴方は……! 私が見えるの?」



 少し驚きながら涙を目尻に溜めている様子の彼女を見て、俺は更なる確信を得た。どうやら制御できないタイプの透明人間という設定らしい。

 あまりそんな印象は無いが、彼女も同類中二病のようだ。ならば俺も乗らなければな。



「ふっ、言うまでもあるまい。俺は佐藤幸樹、かつてこの世界に平穏をもたらした大英雄の生まれ変わりだからな。ほとんど記憶は無いが」



 我ながら真に迫った演技だと思う。

 ポケットに手を突っ込みながら片目を瞑っているから秘めた何かを醸し出せているはず。



「生まれ変わり? その割には瓜二つどころの話では無いし名前も――――記憶のほころびに関しては事実のようだし……うぅん…………私のことは、覚えてる?」



 恐る恐るといった感じに尋ねる女性。

 なるほど、俺が言った大英雄の知り合いというていでやっていくようだ。


 しかし……くっ、ダメだ。俺の妄想力ではこの状況、彼女に相応しい関係性が定まらない。やはりこの平穏すぎる世界にいることで幻想が薄められてしまう。



「すまない。ほとんど記憶は無いんだ。どこかで見たことはあるような気はするが……」


「そう……いや、既視感を持ってくれてるだけ十分。呪われた私にも救いがあったと思えるもの」



「君の名前は?」

「私は■■■■、かつての貴方がくれた名前」


「そうか……」


 良く聞き取れなかったが、俺は流れを断つわけにもいかず話を進めた。

 それにしても設定モリモリだな。やはりここは敬意を表して師範せんせいとでも呼ぼうか。



「さて、俺は力を取り戻したい。この平和な世界を脱せるような、圧倒的なを!」


「そっか、もしかしたらそのために貴方は――分かった。私が今この世界でできる全てを教える」



「頼んます! 師範せんせい!」

「その呼び方はちょっと照れる……」






 ――そうして俺に何か恨みでもあるのかと思うような地獄の特訓が始まったのだが、その話はまた今度。



 ▽▽▽


「――ってな」

「…………」



 加藤は珍しく頭痛でもしたのか頭をおさえた。

 別に変なことなんて無かったと思うが。



「先輩」

「どした? あ、ちょい待ち。成美が来たっぽい」


「……じゃあ一旦中断ですね」


 そう言って姿勢を正す加藤。

 こいつが入り込んでいるのは家族も知ってるからな。隠れる必要はないのだ。……家族公認みたいでヤダな。



「ねぇおにぃ」

「んぁ? どうした? 恋の相談? 名前さえ教えてくれれば俺がぶっ殺しに行くぞー」


「いや意味わかんないし。……てかなんでまた加藤さん居るの?」

「ストーカーに行動原理を聞いても無駄だぞ」

「そうですよ。私が先輩の傍に居るのは存在意義みたいなもんです」


 誤魔化すための冗談なのか本気なのか分からんこと言うな。成美なるみもドン引きしてるぞ。



「まあいいや。一応先に言っておこうと思って――」


 何かを覚悟した人間の目だ。


「――私、探求者になったから」

「へー、探求者かー…………おい今なんて?」


「だから探求者になったって言ったの」

「母さんと父さんには?」


「後で言う」

「……未成年は親の認可書がいるはずだったよな?」


「マイナンバーカードのコピーと印鑑だったからでっち上げた」

「…………はぁ、悪い加藤、もう帰ってくれ。家族会議だ」


 反抗期の子は大変だ。

 しかし、そんなの言い訳にはならない。これは温厚な両親もお冠だろうなぁ。



「了解です。ではまた明後日」

「おう」


 そして俺の予想だにしなかった問題を解決するため、すぐに仕事中の父さんと買い物中の母さんに電話を入れた。

 他人がくたばろうがどうだっていいが、家族が無謀な心構えでダンジョンに飛び込むのは見過ごせない。身内には甘いのが俺の主義だからな。



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