〈005.圧倒的な力を振るい、地に伏す相手を煽る〉

 


 アップル・マディオの姿で探求者協会副会長の七三分けの人に会った翌日。


 昨日知った概念断片シーカースケルトンの“拡張”のことを加藤を経て〖愚者の寓話フールフェブル〗の皆に伝えてもらった後、俺は直帰してすぐに変身した。

 当然、アップル・マディオである。



「ふぅ、今日も僕の美貌は鏡ですら計り知れない……か」

「先輩そのキャラ意外と気に入ってますよねー」


「キャラ言うな! アップル・マディオ様に失礼だろ!」

「名前も含めて絶対気に入ってるやつじゃないですか」



 まあ、「アップル・マディオ」って文字の羅列には謎の引力があるからな。それに色々とやるのが難しそうなやりたいことリストの欄を埋められるから一石二鳥だし。



「じゃ、行ってくる……行ってくるよ、加藤レディ?」

「私は素の先輩かMr.Evil様派です」



 ウィンクしてやったのにその反応……今後お前と二人の時はずっとアップル・マディオ形態で居心地悪くしてやろうか?


 不満に思いながらも、俺は特注の中華製謎ルートスマホ片手に、槍の入ったケースを担いで東京の適当な駅のトイレに転移した。




 時間帯は夕焼け差し込む頃合いか。

 今日は高校でできた友人の家に泊まりに行くと適当に誤魔化しているので朝まで好きに行動できる。


「……ねぇあの人って」

「だよね、写真よりめっちゃイケメンじゃん」

「すげぇよマジでかっけぇ、弟子入りとかできんかな」

「高位探求者はオーラが違うな」

「日本で活動してる高位探求者ってロシア出身のあの子と彼だけなんでしょ? 握手とか頼んでもいいかな?」

「ちくわ大明神」

「金髪が綺麗すぎる。シャンプー何使ってるんだろ?」

「トゥベッターに写真上げよっと」



 やはり探求者協会の注目度も相まってアップル・マディオはかなり知れ渡っているようだ。

 ……待って? 今何か変なこと言ってるやついたよな? ネットならともかくリアルで言うのはかなりホラーなんだが?



「あ、あ、あの!」

「ん?」



 東京のダンジョンまでどうやって寄り道しながら歩こうかと地図アプリを触っていると、高校生っぽい女子に声をかけられた。



「握手とか写真お願いしても……」

「ふふっ。可愛い子に頼まれちゃ断れないなぁ」



 見知らぬ女子高生の目線に合わせてから微笑み、爽やか王子様ボイスで応える。

 我ながらかなりきっついセリフだが、顔は良いし身長含めたスタイルもいいからプラマイのプラだろう。ちゃんと握手して、少し強引に近い距離にしてツーショットを撮らせる。

 ダメ押しに耳元で「今度ご飯にでも行かない?」と囁いて連絡先もゲット。


 このグイグイ戦法に関しては良い子はマネしない方がいい。“※ただしイケメンに限る”が画面の下に表示されそうなテクニックだからな。




 何はともあれ、これでワンさんが仕入れてくれた、アップル・マディオ用スマホに一人友だちが追加されたわけだ。この調子で女性を中心に見かけ上の関係でもいいから繋げていこう。

 これも俺の作戦のうちなのだ……。




 ▽▽▽



「ふっ、魅力的というのも、なかなか罪なものなんだね」




 俺――アップル・マディオは今現在ダンジョン隣の協会本部の待合室で専用の機械を操作していた。


 ダンジョンに潜るには、探求者ライセンスなるもので協会に設置されている端末からログインし、そこからダンジョンに入る時間を申請するといった流れになる。

 電話番号の紐付けでその辺の手続きもスマホでできたりするが、アップル・マディオは現地で端末を触るスタイルだ。

 この姿ではできるだけ衆目に晒されたいからな。



「これでよしっと」


 はぁ……と一息ついて待合室のソファに腰をかける。ここまで来るのに1時間近くかかってしまった。


 駅の声かけから始まり、高校生や大学生っぽい女子に囲まれていちいち対応して大変だった。アップル・マディオのような女好きには最高なのだろうが、中身は所詮俺――佐藤幸樹だからな。

 俺にハーレム願望は一切無い。


 まあ、アップル・マディオとしてのキャラを浸透させるためにもこちらからナンパしたり(それで危うくホテルへ直行しそうになったりとトラブルがあったり)、また別の場所でナンパしたらどこかの女社長さんだったようで高級レストランからのホテルルートを企てられていたり――色々あったけど何とかキャラを保ちつつここまで来れたのだ。

 正直アップル・マディオの顔面偏差値をなめていた。




「なあ、あんたアップル・マディオ、だよな?」


「……なに?」



 スマホをいじっていると、男の人数人で話しかけてきた。申し訳ないがアップル・マディオは男には塩対応だ。


 ――SNSを見ていると、俺にとっての朗報が目に入った。例の聖剣、霧野らしき人物が握ったら光って所有者と認めたらしい。

「勇者様、マジで美少女www」といったタイトルの動画が上げられている。これ絶対本人の撮影許可とってないだろうな。SNSの闇ってやつか。



「俺ら探求者は命賭けて戦ってんだ。お前みたいなチヤホヤされたいだけのミーハーがいると、探求者全体の沽券こけんに関わる」


「あっそ。つまり、僕がモテすぎて君らの股間の行く宛てが無くなるからやめてくだちぃーってことね」



 ここまで煽る必要は無かった気もするが、主語のデカイやつは嫌いだ。イケメンが気に食わないから集団で囲ってやろうという玉無しが言うと、むしろ哀れになってくる。



「てめぇ――」

『パーティー名:〖信念のキバ〗の皆さん、大変お待たせいたしました。ダンジョンへ入場してください』


 話しかけてきた人とは別の取り巻きが眉を釣り上げたところで、アナウンスが遮った。



「リーダー、時間っす」

「……ああ、行くぞ」

「チッ! 覚えてろよクソ野郎」



「悪いけど雑魚と野郎に割いてあげる記憶リソースはないよ。おかげで容量ガラ空きのままさ」



 最後まで丁寧に煽って彼らを見送る。

 嫌味なイケメンスマイルも忘れずに。


 とりあえず目先のイベントはいいとして――さっきからまとわりつく視線の方にも対応しないとな。俺は座った状態から、タッと軽くバク転のような形で一列後ろのソファに座った。

 視線の主、日本で活動しているアップル・マディオ以外の高位探求者――アーラ・リーリナと接触するために。



「レディ、お騒がせしてすまないね」

「――――」



 銀色の髪の少女の、狩人のような鋭い睨みが突き刺さる。確か高位探求者としての序列は最下位の8位だったはずだが……なるほど。俺と同じ、素で強いタイプだな。




「……なるほど、僕では君を相手するには実力が足りないようだ」



 アップル・マディオでは力不足だ。

 何者かは分からないが――面白い。


『アップル・マディオさん、大変お待たせいたしました。ダンジョンへ入場してください』



 だが、彼女はまだ何もするつもりはないらしい。目的は不明だが、放置でいいだろう。いざとなったらMr.Evilが始末してくれるはずだ。



 それはともかく、ダンジョンだ。

 とりあえず他の探求者と偶然遭遇して知名度を上げて――おっと?



 少し進むと人の気配を感じとった。

 おまけに殺気まで滾らせて。

 ――いいねぇ。こういうシチュエーションもそのうち作ろうと思っていたから手間が省けた。



「よぉ高位探求者様、その概念断片シーカースケルトン強くて羨ましい限りだなあ」

「おいおい、早いもん勝ちだからな?」



 なるほど高位探求者の強さの根拠である概念断片シーカースケルトンを強奪しようとしてるらしい。普通に規則的にアウトな上、証拠隠滅も含めて間違いなく俺を殺す気だ。


 ――乗った!



「正当防衛の証拠も確保して……」



 あらかじめつけておいた録音録画を回したまま、俺はアップル・マディオとして華麗な槍さばきでアホ共を軽くのしてやった。

 戦闘描写なんて不必要なくらいの雑魚だったのだが、まあシチュエーション的には素晴らしい。



「玉無し竿無し野郎共が。僕みたいなイケメンになるまで生まれ変わってから出直しな」



 〈005.圧倒的な力を振るい、地に伏す相手を煽る〉、完了。雑魚には雑魚なりに有難い仕事をしてくれたな。気絶させてから協会に突き出して、モンスターの餌にはしないであげよう。


 俺はその後もダンジョン内の探求者と遭遇して強さを見せつけたり、女性探求者をナンパしたりして、アップル・マディオの探求者活動初日は過ぎていった。



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