〈004.教室に現れたテロリスト集団相手にイキリ無双(素手で)〉

 


 平日だ。学校だ。日常だ。

 俺はいつも通り、いっぱしの高校生としてのんびり歩いて学校へ向かっていた。転移で行くのもありだが、どうせ幼なじみが途中で待ってるので無視すると後で文句言われるから仕方ない。


 あと、後ろの電柱からいつも通りストーキングしてる加藤からも文句を言われる。1度だけ振り切ってみたことはあるが、ストーカーさせろと文句を言われた。正直納得いってない。



「おっはよー!!」

「おう、朝から元気だな」


 俺を見つけて元気駆け寄ってきた、しっぽでもあったらブンブン回転してそうな彼女は、俺の幼なじみ――塩波しおなみ乃愛のあである。

 ご近所付き合いもあり、幼稚園の頃から高校の今までずっと一緒に通学している。

 女子バレー部に所属しているらしく、顔も良いためモテるらしい。時折告白された自慢されるため、もう幼なじみ特有の兄妹感覚を超えて後方腕組みお父さんになった気分だ。

 さっさと良い彼氏作って紹介しなさい。悪い彼氏だったら殺すけど。



「ねぇねぇ! ダンジョン行く? 探求者の一般募集が明日から始まるらしいよ!」

「ああ、やろっかねー」


「じゃあ私も! 一緒に盛大な冒険をしよう!」

「はいはい」



 乃愛のあの連絡先は知っているため、そこら辺はメッセージアプリのLEINでやりとりすればいいと思うかもしれないが、俺は彼女をブロックしているからな。

 こいつ、見かけによらずメンヘラ気質なので面倒くさくなってブロックしたのだ。ちゃんと本人にも言ってあるのでこうやって対面でやりとりしているのである。



「ま、委員長も誘ってからだけどな」

「むぅ……まあいいけどさー」



 そうこう話しているうちに学校に到着した。

 乃愛とは同じクラスの2-Cなため、そのままだべりながら一緒に教室へ歩いていく。


 ザワザワと少しだけ雑音が増したのに気付いた。廊下の反対側から歩いてくる人物が原因だろう。

 この学校の生徒会長だ。

 ――乃愛との雑談に意識を向けて気付いていない風を装って彼女とすれ違った。


 正義感に満ち溢れた瞳、女優をも唸らせる端正な顔、透き通る様な透明感の肌。

 彼女の名前は霧野きりの神奈かな



「……わるい、忘れ物思い出した」

「え、今? もう諦めたら?」


「いやー、教科書とノートと筆記具と弁当忘れたんだよ」

「逆にそのリュックには何が入ってるの!?」


「夢と希望?」

「中身のない夢と希望なんだね!」



 上手いこと言いおる。

 適当に誤魔化して先に教室へ行かせ、俺は来た道を引き返した。誰もいない、別館の空き教室へ向かう。

 教室は机と椅子が後ろに移動されていて、前半分が好きに使えるようになっており、教室の至るところに備品が置かれている。予備の物置のような扱いを受けているのが分かる。



「おし、加藤」

「はいはーい、先輩の加藤ですよー」


「ウンさんと連絡とれる? 俺お前の連絡先しか知らんかったわ」

リュウ云志ウンシーさんですか? とれますけど何かの変更でもありました?」



 作戦とは、昨日の間に手配してもらったテロ組織の斡旋と誘導のことだ。もともとは俺の教室にだけ襲いに来るように言っておいたが、少し確かめたいことと布石も含めて変えようと考えたのである。




「ああ、テロ集団に1人だけ人質をとって撤退出来れば金銭的な支援をするように言っておいてくれ。その1人は、霧野限定な」

「よく分かりませんけど了解です!」



「あ、襲うのも霧野のいる2-Aだけに変えるようにも言っといてくれ」

「はーい。……でもそれって先輩じゃなくて確実に霧野生徒会長が標的になりますよね?」


「まあな。色々とやることは決めてあるんだ――加藤、隠れてろ」

「わわっ……」


 加藤が慌てて机と椅子が置かれた場所の下に潜り込む。その直後、この空き教室の扉が開かれた。

 噂をすればなんとやら、ロングヘアをたなびかせた霧野神奈が来てしまった。

 俺はその場で座禅を組んで瞑想にふけっているていで乗り切るつもりだ。



「――」

「? 失礼します」



 朝からこんなところで瞑想している俺に首を傾げながらも、特に言及せずに教室へ入ってきた。

 どうやら備品を置きに来たようだ。先生のパシリか、可哀想に。


 俺は彼女が用事を済ませて出ていくまでガン無視を決め込む。

 ――予鈴がなってしまった。



「……ふぅ」

「――」


「佐藤くん、予鈴鳴ったのだけど……」

「――」


 そういや霧野とは面識があったな。あの時は興味無かったから忘れていた。


「えっと……はぁ。遅刻するわよ」


 てっきり諦めてくれると思っていたが、ゆさゆさと俺の肩を揺らしてきた。このまま居座られたら面倒だし応えるか。



「――大丈夫だって、ママン」

「誰がママンよ。遅刻しないようにね」


 そう言って出ていく霧野。

 とんだ真面目ちゃんだったな。



 さて、作戦決行は今日の昼休みだから、それまでは普通に待つとしよう。加藤に連絡を任せて俺はホームルームが始まっているであろう教室へ戻る。




 ▽▽▽



 ランチタイムになった。


「幸樹! 探求者協会から試験の案内が届いてるよ!」

「マジか。どれどれー……お、今週の土曜の申請通ってるな」


 休み時間の間に、目の前の幼なじみと、弁当箱を手にこちらに寄ってくる眼鏡をかけたおさげの――夢川ゆめかわこずえこと委員長の3人で探求者協会の公募試験に申し込みしたのだ。



「一緒に筆記試験のテキストファイルも添付されてますから、乃愛ちゃんは特に読んでおいてくださいよ」

「こうきぃ〜、こずたんが私をバカにしてくるよ〜」


 勉強やだぁと俺に抱きついてくる乃愛。

 制服の中に詰め込まれたバレボールのような大きさの胸部装甲が押しつけられる。後頭部に乗せられたそれらを無視して、俺は添付ファイルを軽く流し読みする。


 ……どうやらスキルオーブや概念断片シーカースケルトンの提出関連の説明が書いてあった。協会で識別できる手段があるから、安全性の確保のため必ず提出しなければいけないらしい。

 ダンジョン内の緊急時に使う分には構わないが、概念断片シーカースケルトンは保有するのには協会の登録が義務。そんな安全性のルールから、探求者シーカーとしての心構えまで書かれている。


 中でも大事そうなのは銃刀法をはじめとした、既存の法律の例外・免責事項として扱われる旨が記載されているところだろう。ここはちゃんと読み込まないと知らずのうちにライン超えしてしまうだろう。




「委員長的には法律系の線引きどう思う?」

「そうですね……ダンジョンなんて意味のわからないものができて2日やそこらでこれなら十分でしょう。そのうちより最適化したものには変わるとは思いますが」


 委員長はどこぞの海外の大学の法学部志望で、趣味で法律を嗜むタイプの変人だ。そんな彼女が言うならその通りなのだろう。



「あれ? 私のおっぱい爆撃スルーされた?」

「委員長、こいつにこのテキスト叩き込んでやった方がいいんじゃない?」

「……そうですね、このままなら筆記で落ちそうですものね」


 ため息を吐く委員長に気付かぬまま、「おっかしいなー、男にこれをやれば何でも言う事聞くってお母さんが言ってたのに」なんてほざく乃愛。


 探求者シーカーになるにはこのテキストから出される問題を解く筆記試験と、モンスターとそれなりに戦えるかを見る実戦試験がある。要するにバカとグズを弾くシステムだ。

 幼なじみがそのバカに該当しないことを祈りつつ、俺はお弁当を食べ始めた。



 目の前では委員長が乃愛にあれこれ説明しながら食事をとる風景。なんて平和なのだろう。


 協会の放任的な立ち位置的に、このままいけば俺の目論見通りダンジョンはアトラクション感覚で行ける場所になるだろう。はそれでいい。そうすることでより世界の昇華が進むのだ。



「――束の間の日常を噛み締めよ」

「幸樹君何か言いました?」



「ちょっと尿意がって言った」

「ご飯中です!!」

「あははは! 下品! 幸樹、はやくトイレいっといれ〜……ぶふっ……」



 乃愛の小学生以下のツボにはノーコメントでトイレへ向かった。教室から出るまで羨ましがるような視線を感じた。主に男子生徒から。

 乃愛め、迂遠な精神攻撃を仕掛けやがって。今度おっぱい爆撃されたら避けるとしよう。


 視線もあったため、念の為ちゃんとトイレで用を足してから、階段でわざわざ別の階を経由して元の階へ戻ろうと歩く。

 うちの教室の二つ隣にトイレがありその横に階段があるといった順番なのだが、遠回りすることで2-Aの教室を通過して戻らなければいけなくなる。


 要するに、俺が今から行く2-A教室へ行くには、直通ルートだと乃愛に気付かれて自然な流れで乱入できないのだ。

 遠回りするのは自然な流れなのかって? 乃愛に絡まれるよりはマシだ。




「おっ、ちょうどいいタイミング」


 覆面で顔を隠した完全武装集団が階下から一直線に、2-A目掛けて走っていくのを踊り場から眺める。加藤も上手い具合に監視カメラの細工と警備員の誘導を行えたようだ。


 ここまで仕込んでくれたからには、俺も全力で最高のシチュエーションを堪能しなければ失礼というもの。


 2-A教室の前に来た。銃を構えたテロリスト共の背後に回り、背伸びして中の様子を覗き見る。



「キリノカナ、ダナ?」

「なぜ私を――」


「オトナシクツイテコイ!」

「離しなさいって!」


「コイツラ、ドウナッテモイイ?」

「くっ……」



 カタコトの日本語で霧野を脅すテロリスト氏。

 良質な「くっ」、頂きました。と、そんなのはどうでもいい。彼女の性質をある程度把握したい。もう少し様子見しよう。


かしらァ、こいつ食っていいんでしょうね?』

『ああ、お前らで好きに回せ。そこは特に何も言われてねぇからな。ただ、ここからはさっさとずらかるぞ。日本がザルとはいえ、この場でおっぱじめるのはナシだ』


 おー、典型的なゲスだ。霧野本人をはじめとした周囲の反応的に今のは日本語じゃないな。肌と同化するように変態させた【変態指輪メタモルリング】の翻訳で俺だけ分かったようだ。


 しかし、舐め回すような粘着質な視線を感じた霧野はその目に嫌悪感とともに闘志を宿した。


 ――引き金が軽い場面、霧野神奈、お前はどう動く?



「はぁぁ!」



 霧野は滑らかな動きで手近な銃を叩き落とした。

 距離のあるテロ集団の一員が慌てて歯向かった彼女に銃口を向けた。



 ヤツらが霧野以外に手を出さない保証なんてない。それを把握した上で自身にヘイトを向けて人柱になろうというのか。

 ……違うな。たとえ撃たれようと一矢報いるため、彼女は椅子に手を伸ばす。教室にある椅子でも頭部を狙えば何とかできる可能性はある。

 猶予は彼女の近くにいる親玉っぽいやつが銃を拾うまで。

 だが、どのみち彼女は死ぬだろう。



 ――俺がここで現れなければな。



「失礼しまーす、2-Cの佐藤幸樹でーす。斉藤先生いらっしゃいますかー? なんちゃって」


 場違いな俺の登場に、恐怖に陥っていた生徒も、殺意を滾らせていたテロリストも、死を覚悟していた霧野も、全ての視線が俺に集まる。


 挨拶もそうそうに、俺は入口付近のテロリストを片っ端から手刀で気絶させた。所詮おもちゃ頼りの有象無象だ。最後に信じられるのは己の肉体と技だけだというのに。


『何者だ!』


 この中で唯一脳みそが股間に支配されていない親玉が冷静にハンドガンをこちらに向けた。

 判断の早さは優秀だ。それが命に関わる局面なら尚更。

 だが、その早さよりも速さの方がもっと大事だ。


 躊躇なく放たれた弾丸が俺の眉間に向かう。俺は軽くステップで避け――あ、騒ぎを聞きつけた乃愛が後ろにいるな。流石にここで退場されては俺の計画が狂ってしまう。

 致し方ない。



「ほいっ」


 片手かつ素手で弾をキャッチした。

 最初師範せんせいに教えてもらった時は結構痛かったけど、上手いこと衝撃を逃がせるようになってから痛くも痒くもなくなった。

 それはいいとして、お返しのパンチを親玉の顔面にめり込ませる。縮地術を使ったのでそこらへんのテロリストである彼には防ぎようはなかったようだ。


「あれ? テロリストってもっと強くないといけなくない?」



 よしよーし、〈004.教室に現れたテロリスト集団相手にイキリ無双(素手で)〉も鮮やかに達成できたな。帰ったらチェックしよっと。


 遅れてやってきた警察。

 これは事情聴取される流れかな。別に今やったことにはやましいことなどないのでさっさと済ませよう。ウンさんのことだから足がつくようなミスはしないだろう。



「待って……!」

「ん? 何?」

 

 現場をおさえていた俺の後に事情聴取はされるだろう霧野は、先に警察について行く俺を引き止めた。


「えっと……」


 どうやら何も考えずに咄嗟に呼び止めたらしい。じゃあ俺が言いたいことだけ言って立ち去ろう。



「咄嗟の機転も勇気も、それを存分に活かせる力が無きゃただの無駄死にのバカと一緒だ。見ているだけの凡人の方が余程優秀だぞ」


「……」




 見下すような視線を向けて、俺はその場を立ち去った。最後チラッと見えた彼女の目を見るに、布石は上手く撒けたようだ。

 俺は内心ニヤケながら漫画のマネをしたと警察に言ったら注意されたりしたが、まあ大した問題では無いだろう。

 後で乃愛と委員長にも無理するなと注意されたのも言うまでもない。……探求者シーカーになるなら彼女らもこれくらいで気にするなとは思ったが、機嫌を損ねられても面倒なので言わないでおこう。



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