Another Side.〖愚者の寓話〗 勧誘

 

 人混みに紛れる異質な男を見つけた。特に普通の服だけど、黒髪が目立つ。


 彼こそ、私――キャンディの探していた人物。あの武人の極みにいる動きが私に確信させた。

 気付かれないようにし、彼の袖を掴む。




「ん? あ、ハロー?」

「……」


「えーと??」



 彼の目の奥を見る。

 とても澄んで美しいが宿っている。

 もったいない。それを自身の力だと認めていないみたい。


「私、あなたと一緒に行きたい」

「日本語……いや、むむ? 君、親御さんは?」


いない」

「えぇ……?」


 彼は困惑しながらも何か思案している様子。

 通り優しい人。



「……はぁ、戸籍漁りに行くか。君、名前は?」

「キャンディ」


「分かった。ちょっとここでこのアイスでも食べて待っててね」

「うん」


 そう言って消えた。

 しばらく大人しく冷たい棒のやつを食べて待っていると、彼は面倒くさそうな顔をしながら戻ってきた。



「……キャンディちゃんはアメリカ出身?」

「さぁ?」


「じゃあ帰りたい?」

「帰る場所、ない」



「そっか、なら俺らのとこに来な。辛い思いもするかもしれないけど――」

「大丈夫」



「本当? 人を殺すかもしれないし、逆に狙われるかもしれないよ」

「大丈夫」


「…………分かった。ついてきて」

「うん」



 路地裏に連れてこられた。

 人の目が無いのを確認し、彼は変身して声を変えた。


「――我が忠実なる下僕となってその身を捧げるか?」

「うん」



「この子本当タフだなぁ……んんっ! では我に従え。誰もが辿り着けぬ境地を見せてくれよう」

「おー」


 そして彼の転移で拠点らしきお城に連れられ、そこでアポストルと名乗る無口な人と用事が終わるまで待つことになった。

 ――思ってたのとは違う形だけど、彼のやることはとても楽しそう。



 ▽▽▽



 あの悪夢のような日から3年ほど経ったろうか。

 世界にダンジョンなるものが現れた2日目、彼が儂――リュウ 云志ウンシーの前に現れた。



『――久しいな老師』

「……! こちらの言葉を扱えるようになったのか」



 以前儂が率いていたギャング組織を1で壊滅させた少年には言葉は通じなかった。目の前の青年は言語だけでなく異様な成長をしていることになるが、彼の瞳の奥にある殺気は間違いなくあの日の彼と同じものだ。



『まぁな、今日は貴様を勧誘しに来た』

「勧誘?」


『うむ。世界を変えるための組織だ』

「……この老耄にそのような大層な集団についていけると?」


『クックック……貴様が言うと皮肉にしか聞こえんな。――構えよ。貴様が投じていたのは武と実力の沼。ならば我と戦い、敗北し、我に従え』

「フッ、やはりそうなるか。では精一杯の足掻きをするとしよう」


 即座に掌底を叩き込む。

 相手の受け流しすら読んで腹部に入――


 躱されたっ!?

 予備動作無しで跳躍したようだ。

 ――速い。かつての彼とは格が違う。一体どれほどの修練と修羅場を超えたのか。そして何が彼をそこまで駆り立てるのか。


『今度はこちらからいくぞ!』

「っ!」


 縮地で距離を詰められた。合わせて蹴りを置いたが殴打の姿勢から足の掴みに移行された。そして投げ飛ばされた。受け身はとれるだろうが追撃を警戒すべきだ。



『楽しもうではないか!』

「破ァ!」


 彼は自身も空中へ赴き、儂との乱打戦に持ち込んできた。得意分野ではあるが、彼の方が上手か。着地と同時に間合いを空ける。


「消え……いや、後ろ――違うな上か!」

『正解だ』



 着地の瞬間に再度跳躍し視界から外れたか。

 重みの乗った拳を何とか受け止めるが、重すぎる。衝撃は逃がしきれずに戦場である山奥の小屋をも貫通して吹き飛ばされてしまった。



『――我の勝ちだ』

「そのよう、ですな。御心のままに、儂も共に世界を変えましょうぞ」



 どのような過程であれ、彼の強さは世界のためにあるのだろう。偉大なる野望を抱えた強者と共にまだ見ぬ高みを望めるのなら、この朽ちかけの肉体、骨のカスまで捧げよう。

 儂はそう決心して彼に忠誠を誓うのだった。




 ▽▽▽



 ――1日、たった1日で私の人生は壊れてしまった。暗闇の中、私は地元の洞窟の隅で縮こまっていた。正面の入口は派遣された軍人が見張っていて、脱出なんてできないだろう。


 いや、しようと思えばできる。

 私に彼らを焼き殺す覚悟さえあれば。



「失敗、してしまった……」


 私――ネフェルはエジプトに生まれ、ちょっと裕福な家の姉妹の姉として育ってきた。

 しかし、転機は訪れた。それも昨日の話だ。

 地下空洞ダンジョンに行きたいと妹と潜り、順調に進んだのだ。進めてしまったのだ。

 私と妹はそれぞれオーブとよく分からない物を宝箱から拾った。


 帰ってから家でオーブを一緒に使った。

 その時は何も無かった。いや、今思えば妹が使ったオーブのおかげで何も無く済んだのだろう。


 まだ少し早い時間だったから外に出ては起きてしまった。

 近くを歩いていた何の罪も無い人間が唐突に燃え、焼け爛れて死んでしまったのだ。周囲の人間も驚き、私はそちらも見てしまった。

 そして――私の左目で見た生物は妹という例外を除いて焼死してしまったのだ。


 すぐに異変に気付いて左目をおさえた頃には、私は化け物として恐れられていた。そして現在、この洞窟に監禁されているといった流れだ。



「うぷ……」


 1日経った今でも吐き気がする。

 私は、私は――――



『惨めだな』

「ッ!!?」



 不審な人物だった。

 丈の長い黒いコートで身を包み、フードでその素顔は見えない。



「一体どこから――」

『凡百がするような下らぬ質問など求めていない。我はEvil、Mr.Evilだ。貴様を勧誘に……む、その閉ざした左目はなんだ?』


「っ! ダメ! これは……ぁ」



 男は興味を持ったのか、弱っている私のか弱い制止を無視して強引に左目を開けさせてきた。

 彼の瞳と視線が交差する。


 瞬間、彼の肉体が炎で覆われ――


『素晴らしい。実に美しい瞳だ』

「――ぇ?」



 私の左目を覗き込みながら、彼は地面を強く踏みしめると彼を焼き尽くさんとしていた炎が霧散した。ただの風圧で消したようにも見えたが気の所為だろう。

 同時に、彼の瞳に黒い炎が宿っているのが見えた。



 こんな恐ろしい左目なんかより、よっぽど彼の瞳の方が私には美しく映った。



『ふむ、ますます貴様が欲しいな』

「!? ……うるさい! 私の左目は醜く恐ろしいものだ! あなたにはこの苦しみは分からない!」



 唐突な愛の告白のような言葉に心臓が跳ねる。

 ……違う、別に彼のことが気になる訳では無い。きっと酷く扱われた後に優しくされたからほだされそうになっているだけ。


 たまたま私の左目の炎に耐えられる力を持っていただけで、彼自身の魅力ではないのだ。きっとそのはずだ。


『その様子だと気付いていないようだな。まさか我が見かけだけで美しいなどと評価するとでも? 我は貴様の、“罪を背負いながらも未だ希望を見出そうとする”瞳だからこそ、称えたのだ』


「なに、それ……どういう…………」



『貴様はどうしたい? その瞳を生涯隠し、活かすことなく枷として扱うつもりか?』


「そ、れは…………」



 分からない。

 ……ただ、唯一理解できるのは、たとえ左目を閉ざしたとしても、私が殺した人々はもう戻らないということ。



「…………私に、何かできるのでしょうか」


『貴様が望むのなら、その瞳は世界を照らす希望の炎と化すだろう。――我らと共に来い! 罪を重ね、背負い込み、それら全てをまとめて償う気概があるのならば! 我の手をとるがいい!』


「Evil……」



 私は彼の手を強く強く握った。

 ――直後、私は彼に抱きかかえられていた。



「!?」

『なかなかの不意打ちだったな。だが、実戦経験が足りんな』


 両手が塞がった彼と、抱きかかえられている私の前に見知った顔が。

 私の妹、ティティだ。普段はわがままながらも優しい彼女が、怒りの感情を顕にしている。

 まずい、彼女にはとてつもない強力な武器がある。



「Evil様、今すぐ逃げて――」

「お姉ちゃんを返せ」



 ティティが古びた杖をこちらに向ける。

 瞬間、視界を焼き切るほどの光線が放たれてしまった。





『ふむ、靴が消し飛んだか』


 Evil様が片足の靴の底を光に向けていた。

 裸足になってしまったが、すぐに修復された。

 どういう理屈かは不明だが、あの光線を受け切ったようだ。



『まさか一発で終いではなかろうな? もっと――楽しませてくれよ?』


「っ! 次は八本同時に!」



 再び杖が向けられ、8柱の光が襲いかかる。

 ティティは私を助けるつもりのようだけど、それすら頭に残っていないようだ。


『フハハハハ!! 伸びしろのある火力だな! もっと寄越せ!』

「このっ……!」



 Evil様はまるで踊り子のように避けられるはずのない光の群れを滑らかに避けていった。光速なんて、彼にとっては大した速度でもないのだろうか。



『次はもっと楽しませてくれよ?』

「カハッ……」


 Evil様はかかとをティティの首にトンと当てた。ティティは崩れ落ちたが息はしている。どうやったのかは理解できないが、意識だけ刈り取ったらしい。

 さすがはEvil様だ。

 私も彼のような確固たる強さでおのが信念を貫きたい。



 その後彼の転移で拠点に移動し、同志との交流を経てから正式に彼の配下となった。彼から使いこなすまではと眼帯と名前のプレゼントまで頂けた。

 私は殺めてしまった人々に償うためにも、そして何より彼のためにも罪を重ね――最後にまとめて精算しよう。



 それが新しい私の――ホルスの生き方なのだ。



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